
北野武が監督・脚本およびビートたけし名義で主演を務めた『Broken Rage』が2月14日からPrime Videoで世界独占配信を開始した。本作は約60分の映画を前後半に分け、前半は警察とやくざとの間で板挟みになった殺し屋ねずみの奮闘を描くクライムアクション、後半は前半と同じ物語をコメディータッチのセルフパロディーとして描く。本作で、ねずみに捜査協力を依頼する刑事を演じた浅野忠信と大森南朋に話を聞いた。
−これまでの北野武監督の作品とはちょっと違った感じでしたが、最初に脚本を読んだ時の印象は?
大森 一応、きちんと書かれた脚本はあったのですが、多分それ以上のことが現場で起きるというのが北野組の大前提ですので。特に今回は、Aパターン、Bパターンというような、斬新な狙いで作る映画ということは何となく聞いていたので、なるほどこういう形で来たかということと監督のチャレンジ精神に驚きました。
浅野 何度も脚本を読み返しました。Aパターンを読んでからBパターンを読んで、またAパターンを読んで、それで「あれっ」ってなって、またBパターンを読んで「ああこうなるのか」とか。頭の中でこんがらがっている部分が何なのかを確認して、それがどういうことなのかをもう一度再確認しました。でも、大森さんが今言ったように、それでも現場でこの通りにいくなわけがないよなとか、Bパターンは特にそうなんですけど、脚本を読むだけで安心しない方がいいみたいなところはありました。そういう意味では本当に面白かったです。
−お二人は互いの存在をどう見ているのでしょうか。
大森 僕が小さい映画やVシネマをやっていた頃、浅野くんはすでに第一線の映画でメインを張っていたので、みんなが「浅野くんになりたい」って言っていました。その前は永瀬正敏さんでした。それで永瀬さん、浅野くんの次は誰がなるんだって、下北あたりでワイワイガヤガヤしていました。でも誰も浅野くんにはなれないんです。その後、『殺し屋1』(01)という映画のオーディションの時にSABUさんが「おまえ新人の俳優か。どこの俳優だ」と冗談でいじってきたんです。そうしたら浅野くんが「SABUさんやめてください。大森さんはれっきとした俳優で頑張っていますから」と言ってくれたんです。言われたSABUさんも困っていて(笑)。だから「ありがとう」。そんな存在です。
浅野 僕はお兄さんって感じですね。だからずっと頼っている気がします。結局支えてくれるのは大森さんなんだと毎回思っています。それは映画だけじゃなくてバンドの時とかもそうですけど、大森さんがいる安心感って半端ないと思うんです。で、大森さんのお兄さん(大森立嗣監督)とお仕事をした時も、お兄さんまで大森さんを頼っていると思いました。今日も大森さんがいてくれるだけで安心感は半端ないですから。本当にお兄さんって感じです。これからもよろしくお願いします。
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−俳優ビートたけしをどのように見ていますか。
浅野 いろいろありますが、子どもの頃に『哀しい気分でジョーク』(85)を見た時に、普段お笑いをやっているたけしさんとは全くかけ離れたとこにいると感じました。それで気付いたら泣いていたんです。その時から、この人は一体何者なんだろうと思いました。その後、『戦場のメリークリスマス』(83)を見た時も、妙に切なくなったんです。俳優をやっている時のたけしさんの顔を見ると切なくなって涙が出てきてしまうんです。で、その後、たけしさんは映画を撮り始めて、僕も俳優をやっていますけど、あんな切ない顔はできないと思いました。やっぱり俳優は顔だと思ったというか、こういう顔ができなければ駄目なんだなと思いましたが、とてもまねはできません。僕らが見ていたたけしさんは、どちらかというとお笑いをやっている時のたけしさんであって、普段や何かを考えている時の顔は、演技をしている時のたけしさんに近かったので、めちゃくちゃ影響を受けました。
大森 影響を受けてきた世代からすると、芸人としても、俳優としても、監督としても超一流の姿を見てきたので、現場で一緒にお芝居をさせていただく時は、やっぱり引き込まれるというか、見ちゃいます。お笑いのパートは別として、真剣に向き合った時は、それが北野武なのかビートたけしなのかは分からないですけど、すごい迫力と存在感があります。本当にご一緒できて幸せです。
−先ほどの脚本の話もそうですが、前半と後半では全く演出が違ったと思うんですけど、演じる上で気を付けたことはありましたか。
浅野 気を付けることがあったとしても、いつ何が飛び出してくるか分からないので、それに反応できる状態でいようと思いました。だからキーワードとしての「鬼の福田と仏の井上」というのは結構助かりました。「俺は仏の井上なんだ」といつも自分に言い聞かせていました。
大森 1日の中で、同じセットでAとBを演じた時もあったので、Aはそこそこの緊張感を持って終わりましたが、次のBはどうやればいいんだというのが結構大変でした。でも、何があっても受け入れて対応できるように準備はしました。監督と段取り的なことをやった時は、一旦考えてから、監督の言葉を探しながら演じました。
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−後半は、笑いをこらえているような場面がありましたが、結構アドリブはあったのですか。
大森 もうほとんどがアドリブです。
浅野 決まっていることがあっても、予想以上のことがあったと思うんです。それでアドリブ的になるというか。
大森 AパターンとBパターンって同じカットを使うところもあるので、ワンカットしか撮らない時に「これはふざけなくていいんだっけ」と。
浅野 そうですね。そういうことがありましたね。
大森 ホテルを歩いてくるシーンだけはふざけなくてもよかったので、あそこだけは少し真面目にやりましたけど(笑)。
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−北野監督が今のタイミングでこうした実験的な映画を撮ったことについてはどう思いますか。
大森 さすがだなと。そもそも普通の日本映画とは全く違うことからやり始めて、『みんな〜やってるか!』(95)でまたそれをぶち壊して…。だから芸術家なんです。今回も、初めての配信作品で、短い60分の中でこれをやるという。すごい芸術作品で、素晴らしい人だと思います。もう誰もまねのできない領域じゃないですか。『首』(23)の撮影の時も、僕はあと3年ぐらいこの現場にいたいなと思っていました。
浅野 たけしさんのおかげで、いろんな側面を見させてもらっていると思います。だからすごいなと。みんな自分が結果を出した後は、知らない間に守りに入ってしまうところがあると思うんです。でも、たけしさんには全くそういう動きはないですからね。やっぱり誰が何を言おうが、自分が今思いついたことをやるということ。それに参加できるのはありがたい限りです。
−浅野さんは海外で仕事をすることもありますが、北野監督のことをどう感じていますか。
浅野 たけしさんには本当に感謝しています。日本の業界では、数字で物ごとを測る人が多い。そうすると僕みたいな俳優はなかなか誘ってもらえません。でも、たけしさんはピンポイントで僕を誘ってくれます。僕は僕なりに戦ってきたつもりだから、そういうものをたけしさんの現場で出せることにも感謝していますし、それで自信をつけることができます。そうやって自分が面白いと思うことを信じてやってくれている方がいて、そこに余計なことは一切抜きでチャレンジさせてもらえるのは、ありがたい限りです。
(取材・文・写真/田中雄二)
