「機動戦士ガンダム」シリーズにおけるシャア・アズナブルほど、名敵役としてのビッグネームは日本のアニメ作品にはそういないのではないだろうか。
異名は「赤い彗星」。シャアのパーソナルカラーとカッコいい単語の組み合わせだ。パーソナルカラー&カッコいい単語の組み合わせは、昔からごまんとある。『水滸伝』の「黒旋風 李逵(こくせんぷう りき)」は、「赤い彗星 シャア・アズナブル」と全く同じ構造である。
ただ、このシャア・アズナブル、元々はここまで存在が大きくなるキャラクターではなかった気がする。企画段階では、当時のロボットアニメのフォーマット通りのキャラだったのだと思う。ガンダム放映前、ロボットアニメで人気を博したのは「勇者ライディーン」「超電磁ロボ・コンバトラーV」「超電磁マシーン・ボルテスV」などのラインナップだった。
わかりやすいので、まずは主人公サイドのフォーマットから考えてみよう。
ライディーンの場合、ロボに乗るのは主人公ひとりだが、周囲にはサポートメカの搭乗員など、複数の仲間がいた。コンバトラーV、ボルテスVは合体ロボットなので、主人公以外もロボットに乗り込む。で、そのメンバーにはある種の類型がある。
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主人公は中背の熱血で、次にニヒルでクールな味方ライバルポジションがいて、デカいヤツがいて、ヒロインがいて、ちょっと小柄な男子キャラもいる。これが通例だ。
で、ガンダムに当てはめると、これがピッタリはまる。主人公アムロ・レイは熱血とは言えないが、変に熱いところはある。余談だが、当時のマンガ版ガンダム(画:岡崎優)のアムロは「変」以上に「熱い」ので、その名残だろう。で、アニメにおいては、ニヒルでクールがカイ・シデンかブライト・ノア、デカいのがリュウ・ホセイ、ヒロインがセイラ・マスかフラウ・ボウ、小柄なのがハヤト・コバヤシという構図だ。
そして、本命である主人公の敵側サイドを考えてみる。だいたい、侵略者の悪者ボスがいて、おおむねいかついので、ガンダムではデギン・ザビだな。そして、このボスに使われるポジションに必ずいる存在がある。美形の敵側ライバルキャラクターだ。ライディーンではプリンス・シャーキン、コンバトラーVでは大将軍ガルーダ、ボルテスVならプリンス・ハイネルという名前になる。
この3名、とにかく、見た目がカッコいい。でも、初手から主人公らとぶつかる。主人公が負けるわけにはいかないので、彼らが負け続ける。すると、「こんなに負けたら、普通は左遷やろ!」とシナリオが進み、悲壮な決意で主人公に挑む、という展開になりがちだった。でも、そこに通りすがりの敵ではない物語性が生まれた。そもそも、3者すべてを演じた市川治の声がカッコいいので、勧善懲悪の悪役なのに変な人気となった。
そして、ガンダム。この美形の敵側ライバルキャラクターは、ガルマ・ザビでもマ・クベでもない。シャア以外にありえない。
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だいたい、この類型の祖でもあるプリンス・シャーキンは、富野由悠季(当時は喜幸)監督の発案だという。ついでに、マスクをしていて、プリンスだ。シャアと同じだ。いや、“シャー”キンなんだから、そもそも原型という説もある。
ただ、シャーキンもガルーダも負けまくって壮絶に退場するし、ハイネルに至っては、すでに裏主人公のような格さえ得て消える。勧善懲悪の物語なら、そうなるしかない。
でも、企画段階は違ったにしても、ガンダムは物語が進むにつれて、ロボットアニメのフォーマットを離れ、いわゆる「リアルロボットアニメ」という路線を作り上げていく。シャアは序盤負けまくったが、シャーキンやガルーダのように死なずに一時退場で済む。生きているのだから再登場し、「ニュータイプ」というSF的味付けを用い、新女性キャラのララァ・スンを主人公アムロとの間に置いて両者の因縁を濃くする。結局、シャアはハイネルみたいに壮絶に散らず、生きているのか死んでいたのかわからない形で終わった。
現在から考えれば、これがスタッフの大英断だったのだと思う。
そしてその後、ガンダムという作品は映画化を機に大ヒットし、ビッグコンテンツとなった。数年後には続編が発表される。「機動戦士Zガンダム」だ。ガンダムシリーズはさらに続き、「機動戦士ガンダムZZ」が放映される。だが、この作品にはシャアもアムロも登場しない。物語は新世代の若者たちを描いた。でもファンは、シャアとアムロの決着はどうなった? と思った。
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同じことは富野監督が一番思っていたようで、映画「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」の制作がその後発表された。こうして、ようやく日本アニメ史で類を見ないほどの長い因縁を持つ主人公と敵役に、ケリをつけるだけの物語がつくられる。
この映画によってシャアは一定型の敵役キャラから、アニメ史稀有のライバルキャラとなったと言えるだろう。伝説の同人誌『機動戦士ガンダム-逆襲のシャア-友の会[復刻版]』(編:株式会社カラー・発行:アニメスタイル編集部)が復刻されている。当時の熱を感じ、アニメ史に思いを至らす意味からも、「逆シャア」はいいコンテンツなのである。
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