2月4日に開催されたパナソニックHDの2024年度第3四半期決算説明会では、「パナソニック株式会社」を解散し、事業再編すると発表された。この「パナソニック解散」という字面の強さが一人歩きしてしまい、一時大騒ぎになってしまったようだ。
【画像を見る】実はパナソニックは複数の会社で構成されている(全4枚)
現在のパナソニックグループは複数の事業体に分社化されているため、なかなか複雑だ。だが実際の製品には「Panasonic」のブランド名が記されているので、一般の人には全てが「パナソニック」としか見ていない。
パナソニックグループは22年の持株会社化に伴い、9つの事業会社に分かれている。全体像はこちらのリクルート情報のサイトが一番分かりやすい。この中の一つで、かつての名前を引き継いだ「パナソニック株式会社」は、家電・電気設備・空質空調・食品流通事業を担当してきた。
パナソニック株式会社自体もさらに事業部ごとに5つの社内分社がある。くらしアプライアンス社、エレクトリックワークス社、空質空調社、コールドチェーンソリューションズ社、中国北東アジア社だ。
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2月に発表された経営改革案では、その担当事業を別の線引きで分け直して3つに分社化するので、「パナソニック株式会社」は解散するという事になった。現在発表されているところでは、スマートライフ、空質空調-商品流通、エレクトリックワークスという仮称になっているが、それぞれが他の事業会社のように「パナソニックナントカ」という会社になるのだろう。わざわざパナソニックという看板を降ろすメリットはない。
ただこのパナソニックナントカが多すぎるというのも、一部の人には混乱を招いているのも事実だ。存在しない「パナソニックナントカ」を名乗る電話詐欺も発生しており、パナソニックHDからも注意喚起が出されている。今後の社名にも注目しておきたい。
●時代に挑戦し続けたテレビ事業
もう一つ、経営改革の目玉として注目されたのは、これまで「聖域」として守られてきたテレビ事業にもメスを入れることに言及したところだ。現在テレビ事業を担当しているのは、「パナソニック エンターテインメント&コミュニケーション社」であり、上記のパナソニック株式会社とは別の会社だ。
テレビ事業は成長を見いだせない課題事業とされており、売却も検討するが買ってくれるところはないだろうとの見方も示している。事業撤退の可能性も含め、さまざまなパターンを検討するという事であろう。
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仮にどこかへの売却が成立するならば、VIERAブランドもそれに付いていく可能性は高い。工場や人員などの事業だけ受け継いでも、ブランドが付いてこないのであれば、買う側としてもメリットがない。17年、東芝がテレビ事業を中国ハイセンスに売却した際も、社名とともにブランドの「REGZA」の名前が付いてきた。ブランドには市場と顧客が付いてくるので、それだけ価値がある。
パナソニックのテレビ事業は、プラズマ投資の失敗や液晶工場閉鎖といった、経済的な紆余曲折も多いが、実は売れる・売れないだけではない戦いの歴史がある。
実際VIERAは、かなり攻めた戦略を取ってきた。「プライベート・ビエラ」はチューナーとディスプレイが分離し、ワイヤレスで視聴できる製品だ。ディスプレイ部は防水性を高め、お風呂テレビとしての需要も満たした。
ディスプレイとチューナー部を分離するアイデアは、もともと00年にソニーから登場した「エアボード」に端を発する。以降各社からも同様の製品が出てきたが、時代が付いてこなかった。そのうちこうした技術は「ロケーションフリー」に結実するわけだが、これを使ってハウジングサービスを行った事業者が、著作権法の送信可能化権と公衆送信権違反で敗訴すると、次第にテレビをワイヤレスで、という方向性は失われていった。
メーカーとしても、テレビ局とケンカしてまで得られる利益は少ないと考えたのだろう。だがその中でも可能性を見いだし、しつこくしつこく製品を作り続け、結局それをやるならVIERAしかないというところまで生き残った。
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プライベート・ビエラはバッテリーで駆動できる小型ポータブル商品だったが、それをコンセント駆動で大型化したのが「レイアウトフリーテレビ」だ。脚部がついてどこにでも転がしていける。テレビを見るだけにとどまらず、リモート会議やPC仕事にも移動可能な大型ディスプレイとして使える。テレビの置き場所は固定されているもの、という考え方を撤廃した製品だった。
個人的にパナソニックの先見性に感心したのが、13年に起こった、「テレビ局スマートビエラCM拒否事件」だ。当時の最新モデルであった「スマートビエラ」のCMを、テレビ局が放送することを拒否し、大きな問題になった。
これはスマートビエラの仕様が、家電メーカーとテレビ局で合意した技術ルールに適合しないということに起因する。具体的には、テレビ画面の中でテレビが映っている部分を小画面化し、その周囲にさまざまな情報を出すというものだった。テレビのデータ放送画面を自前でやるみたいな感じである。
テレビ局は、これがARIBの規定違反だというわけである。ARIB TR-B14 第二編 9.3 節に、以下のような記述があった。
「放送番組及びコンテンツの提示中に、それと全く関係がないコンテンツ等を意図的に混合、または混在提示しないこと。例えば、提示中の放送番組の表示にその番組と全く関係が無いコンテンツや告知、広告を混合提示し、意図的にそのコンテンツや告知、広告が放送番組と一体であるかの様な誤解を視聴者に与える提示を行う機能がこれにあたり、テレビ放送画面とインターネットのブラウザ画面が一体であるかのように視聴者に誤解させるような機能を装備することなどを指す。なお、受信機の機能として、上記の様な誤解を与える事を目的とせず、ユーザーの操作により複数のコンテンツを一画面に同時提示する事、例えば 2画面表示、小画面表示機能はこれにあたらない」
これは筆者が11年ごろに確認した内容であり、現在は改定されているかもしれないことをお断わりしておく。なおARIBの規定は以前は誰でも閲覧できたのだが、現在はARIB会員になるか、有償で購入するしか確認できなくなっている。
この規定、すなわちそのディスプレイがテレビである以上、テレビ放送の内容と関係ない情報を意図的に表示しないように求めている。またそのように情報を混在させる場合は、ユーザーによるリモコン操作を経るなど、意図的な操作を求める事になっている。だが13年のスマートビエラの場合、電源を投入して最初の画面がこの状態であったところが問題視された。
この規定は、特に罰則を設けているわけではなく、「望ましい」としているのみである。だが望ましくない相手に対して、テレビ局側はCMを拒否するという制裁に打って出たわけである。当然そこに至るまでには、水面下で折衝があったのだろう。だがパナソニック側が折れなかったことで、こうした事態になった。
当時パナソニックがやろうとしていたのは、当時米国において開発競争が加速していた「スマートTV」の流れを、日本流に翻案するという事だった。今考えればこのような規定など、別にどうということでもないように思える。消費者はそういう仕様であると分かって購入するわけだし、テレビの情報は多くの情報の一つでしかない。デフォルトでこの画面だからなんだ、という話である。
だがこの事件をきっかけに、日本では「テレビはテレビ」として、マルチメディアディスプレイとしての可能性をもぎ取られる事となった。今のテレビは、外部入力にHDMIを備え、PC画面も表示できるが、単に入力切り替えできるだけで、アンテナ線も同時につながっているのにテレビ画面をPC画面の上に、任意の大きさでオーバーレイ表示ができない。せいぜい一部のモデルで2画面表示ができる程度である。テレビ画面を隅っこに浮かべながらPC仕事したい人もたくさんいると思うが、そうしたつまらないところでつまづいている。
●「テレビ」でなければ?
日本の家電メーカーの多くがテレビを手掛けていたのは、一家に一台三種の神器と言われた時代から、それだけ需要がある家電だったからだ。核家族化して世帯数が増えたことで、さらにテレビも売れた。21世紀に入ってからはアナログからデジタルへの転換、薄型化、HDから4K、ネットサービス化といった技術的イノベーションが立て続けに起こり、走り続けることができた。
だがそれは日本だけに起こったことではなく、世界中で起こった。日本のテレビが品質で負けたとは思わないが、価格競争で中国メーカーに負けた。現パナソニック株式会社の中に「中国北東アジア社」があることからも想像できるように、パナソニック全体にとって中国市場は収益の柱である。その中国市場に食い込めないテレビは、キツいというわけだ。
とはいえ、情報社会まっただ中の現在、ディスプレイは至る所に使い道がある。PC用ディスプレイは大型化が進み、湾曲タイプも広く受け入れられている。またモバイル用として小型拡張ディスプレイも好調だ。デジタルサイネージもまだまだ伸びしろが大きい。チューナーレステレビも登場するたびに、大きな話題になる。にもかかわらず、こうした分野も中国メーカーに取られた。
日本企業のテレビ産業は、テレビ局との蜜月関係があるかぎり、聖域でいられた。番組をスポンサーし、テレビCMでテレビを売っていくという、メディア産業と構造が一体化していたために、あまりにも特殊すぎたのだ。
多くの人がパナソニックという企業に持っているイメージは、丈夫・壊れない・安心といったところだろう。「ナショナルって言う聞いたことないメーカーの製品があった」という話がときおりネットでバズるように、現役で動き続ける製品も多い。ナショナルブランドがなくなったのが08年だったので、少なくともそれ以前の製品という事である。
テレビ事業も、チューナーがないディスプレイならVIERAブランドがほしい人は多いのではないだろうか。最先端を追わなくとも、ネットコンテンツを見たり、PCをつないだりといったデカい汎用モニターとして、10年以上壊れない製品なら、高くてもVIERAを選ぶ。業務用ならなおさら中国メーカーは選べない。壊れた場合の責任の所在と処理が面倒だからだ。
「テレビ」という冠を外してしまえば、ディスプレイはやれることが多いはずだ。近未来のスマートライフは、「テレビはもういいよ」という前提の先にあるとは考えられないだろうか。
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