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◆Stan Getz『In Stockholm』より「Over The Rainbow」
テナー・サックスの名手、スタン・ゲッツは長いキャリアの中で数々の名盤を残していますが、僕はそれほど世評の高くない『Stan Getz in Stockholm』をあえて“一生もの”の1枚として選択しました。「オーバー・ザ・レインボー」を聴いてください。
このレコードはタイトルのとおり、ゲッツがスウェーデンで録音したものです。バックのリズムセクションはすべてスウェーデンのミュージシャンです。
1955年の録音ですが、ゲッツはこの時期、麻薬とアルコールの濫用で身体がぼろぼろになって、ヨーロッパに逃げのびているような状態でした。おまけに感染症にかかって、重い肺炎を患い、しばらくのあいだ演奏活動もストップしていました。それでもなんとか体調を回復し、久しぶりに楽器を手に取って、現地のミュージシャンと共にスタジオに入り、レコーディングをおこないます。
でも、これがいいんですよね。決して意欲的なアルバムでもないし、取り上げられた曲も無難なスタンダードばかりだし、いつもとは違う環境で、おまけに肺炎あがりの身で、なんだか恐る恐る楽器を吹いているようなところもあるんだけど、そのぶん虚心坦懐(きょしんたんかい)というか、生来(せいらい)の歌心が穏やかに湧き出ていて、ゲッツ・ファンとしては、そのあたりがなんともいえず愛おしいんです。好調時のゲッツの熱っぽさは残念ながらここではうかがえませんが、そのぶん彼のアイドルであったレスター・ヤングを彷彿とさせる、温かくたおやかな演奏になっています。そんなわけで、僕はあくまで個人的にこのレコードをひいきにしております。
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エルヴィス・プレスリーもその長いキャリアの中で、実に数多くのアルバムを出していて、1枚を選ぶのに大変苦労します。僕は彼が陸軍を除隊したあとにおこなった一連の吹き込み「サッチ・ア・ナイト」なんかが入っているやつですね。そのあたりが個人的に好きなんだけど、1枚のレコードだけを選べと言われたら、やはりこの最も初期のアルバム、1956年にリリースされた彼のデビューLP『Elvis Presley』に手が伸びてしまいます。レコード会社はRCA。これはまた、僕が最初に買ったエルヴィスのレコードでもあります。高校時代、レコードが擦り切れるまで聴き込みました。だから今日おかけするのは後日、新たに買い直したレコードです。
このアルバムの中で僕がいちばん気に入っている曲を聴いてください。
「ワン・サイディッド・ラブ・アフェア」です。「ブルー・ムーン」もいいですが、これは以前にこの番組でおかけしたことがあります。20歳になったばかりのエルヴィスの歌声は、メーターが振り切れるくらい力強く、そして異様なばかりに生々しいです。
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2月23日(日)放送分より(radiko.jpのタイムフリー)
聴取期限 3月3日(月)AM 4:59 まで
※放送エリア外の方は、プレミアム会員の登録でご利用いただけます。
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<番組概要>
番組名:村上RADIO〜村上の一生ものレコード〜
放送日時:2月23日(日)19:00〜19:55
パーソナリティ:村上春樹
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/
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