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◆Arthur Prysock / Count Basie『Arthur Prysock / Count Basie』より「What Will I Tell My Heart」
アーサー・プライソックは日本ではあまり知られていませんが、ビリー・エクスタインの流れを汲む黒人歌手で、深いバリトン・ボイスでアメリカ本国ではずいぶん人気を博していたようです。ジャズというよりはクルーナーに近い歌手です。
でも、このカウント・ベイシーとの共演盤では、気持ちよく軽快にスイングするベイシー・バンドをバックに、しっかりジャズっぽく決めています。ちょうどコルトレーンをバックにしたときのジョニー・ハートマンみたいに。
聴いていただく曲は「What Will I Tell My Heart」。君と別れたこと、相手が他人なら、なんとでも言い訳できる。でも僕自身のハートに向かって、いったいどう説明すればいいんだろう? うーん、切ない失恋の歌ですね。
僕はたしか17歳のときに、神戸の元町商店街の日本楽器でこの輸入盤を買い求めました。17歳の少年が、どうしてこんな渋い内容のレコードを選んで買うことになったのか、そのへんの経緯はよく覚えていませんが、とにかくこのレコードをすっかり気に入ってしまい、長年にわたる僕の愛聴盤になっています。伝説的録音エンジニア、ルディー・ヴァン・ゲルダーの録音がとりわけ素晴らしく、とくにフレディ・グリーンの刻むリズム・ギターがくっきり明瞭に聞こえるところが、なんとも言えず良いです。
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永遠の好青年、ジェームズ・テイラー。僕は彼の作品はだいたい全部揃えていますが、中でもいちばん好んで聴いているのは「Walking Man」だと思います。
リチャード・アヴェドンのモノクロ写真を使ったレコード・ジャケットも秀逸だけど、中身の方も素晴らしい出来です。何度聴いても心がじんわりと和みます。まるで居心地の良い座り馴れた椅子に座ったみたいな。
収められたオリジナル曲はどれもそれぞれに、するめのような長持ちのする味わいがあるし、デヴィッド・スピノザのアレンジも見事です。ブレッカー・ブラザーズもバック・バンドに入っています。1974年の録音、この時代の最良のサウンドがレコード全体にぎっしりと詰まっているみたいです。
◆Members Of The Vienna Octet『Mozart Clarinet Quintet K. 581 / Divertimento In F K. 247』より「Clarinet Quintet K. 581:I.Allegro」
モーツァルトの室内楽曲で“一生もの”として選びたいものは、なにしろいっぱいあります。カルテットの「ハイドン・セット」とか、弦楽五重奏曲とかね。でもクラリネット好きの僕としては、最終的にはやはりイ長調のクラリネット・クインテットを選びたいと思います。いかにもウィーン風のたおやかな雰囲気を持つ名曲です。クラリネット協奏曲もいいですが、こちらの方が音楽の構造がより立体的に見通せて、何度聴いても飽きません。
そんなわけで、この曲、優れた演奏はたくさんあるんだけど、いかにもウィーンという風情が濃く漂う、ウィーン八重奏団メンバーの演奏したレコードを選びました。肩の力がすっと抜けていて、でも音楽の背骨は半端なくまっすぐ伸びています。ウィーン八重奏団はウィーン・フィルハーモニーの楽団員で構成された室内楽団で、ここでは名手アルフレート・ボスコフスキーがクラリネット・ソロを受け持っています。1963年の古い録音ですが、実に聴き飽きしないんですよね、これが。頭から尻尾までピュアなモーツァルトが詰まっています。「クラリネット五重奏曲」の第一楽章「アレグロ」を聴いてください。
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2月23日(日)放送分より(radiko.jpのタイムフリー)
聴取期限 3月3日(月)AM 4:59 まで
※放送エリア外の方は、プレミアム会員の登録でご利用いただけます。
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<番組概要>
番組名:村上RADIO〜村上の一生ものレコード〜
放送日時:2月23日(日)19:00〜19:55
パーソナリティ:村上春樹
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/
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