画像:福井のすごい若旦那|山口高澄 Instagramより(以下同じ)大バズりしたショート動画、イケメン男性3人(NipponBoyz)による「タイに来たらいいと思う」をご存知でしょうか。そして、なぜかその福井県バージョンを制作し、260万回(※2025年2月時点)という驚異的な再生回数を記録しているのが、福井県の老舗旅館「あわら温泉 グランディア芳泉(ほうせん)」。
若旦那の山口高澄さんが旅館のSNSチームとともにこの動画を企画し、なんと自ら出演をしています。一見、ただのおもしろ動画に見える「福井に来たらいいと思う」ですが、そこには大手旅行会社を退職し、福井県を盛り上げるために奔走する山口さんの覚悟が込められていました。
◆「地方で旅館業をやっても未来はない」と言われて
――山口さんは現在、福井県のグランディア芳泉で若旦那として旅館の常務取締役をされていますが、以前は大手旅行会社にお勤めだったとか。会社を辞めて現在に至った経緯を教えてください。
山口高澄さん(以下、山口)「『グランディア芳泉』は僕の祖父が創業した旅館で、僕はここで生まれ育ちました。その後東京の大学に進学し、卒業後は旅行会社のJTBに入社。金沢支店で営業として3年ほど働いた後、実家である旅館に戻ってきました」
――見聞を広げたうえで、実家の旅館を継ぐために戻ってきたということですね。
山口「いやいやいや……。実家に戻ってきた当初は、そんなにかっこいいものでもなかったですね。会社を辞めるときも、『地方で旅館業をやっても未来はないぞ』と言われて心が揺らいだりもしました。そもそも、小さい頃は自分の家が旅館をやっているというのも嫌だったんです」
――それは意外です。
山口「グランディア芳泉は昨年60周年を迎えたのですが、先代が作り上げてきた旅館なわけです。僕の意思は関係なく、生まれた時から自分の生活の一部としてそこにあったものなんですよね。
グランディア芳泉に限らず、僕の知る限り当時の旅館業では、今のように仕事とプライベートを分けるという発想もなくて、家族も従業員もいつも一緒にいる状態でした。それが若い頃の自分にとっては窮屈だった部分もあります。
あとはやはり、『旅館の息子だから旅館を継ぐんでしょ?』という決められたレールに乗ることに反発していた時期もありました」
◆他の観光地を知れば知るほど、あわら温泉の良さが分かってきた
――そこから、どのように“若旦那”になられたのでしょうか。
山口「やっぱり、自分が旅行会社で何十、何百という観光地や旅館を知っていく中で、福井県もあわら温泉も先代が作り上げてきた旅館もすごくいいものだなという実感が湧いてきたんです。当時はなんの根拠もなかったんですけどね。他の観光地や旅館を知れば知るほど、一番良い場所なんじゃないかと思うようになりました。もっと多くの人にこの魅力を伝えたいという気持ちが膨らんできたというところですね。
あとは、決められたレールに乗るのが嫌だと思いつつも、心のどこかで実家の旅館のことが気になっていたんです。だから、思いきって実家に戻ってグランディア芳泉に入社しました。今から12年前、僕が25歳の時です」
◆接客方法やルールが「言葉にしなくても分かっていた」時代
――実家の旅館に戻られてきていかがでしたか?
山口「最初は、かなりしんどかったです。でも、それは当然ですよね。先代から何十年も続いてきた、基盤が既にでき上がっている組織ですから。若者が突然入ってきても、お互いにすぐに馴染むのは難しいと思います。一方で、当時、旅館業自体が過渡期を迎えていました。
さきほどの話にも出てきましたが、それまでのスタイルは、従業員が長時間働くのが普通で、寝食を共にしながらずっと一緒にいるのが当たり前でした。ずっと一緒にいるからこそ、暗黙の了解があったり、ルールや接客に対する認識の統一感があったりしたんですよね。言葉にしなくてもわかるわけです。
批判的な意味ではなくて、それがその時代の良さであり、みんながある意味あいまいな共通認識を持った状態でうまく働けていた時代だったんです」
◆刺される覚悟で実家の旅館の方向転換をした
――たしかに、ここ十年ほどでどの業界も残業時間や勤務時間など、きっちりするようになってきましたよね。
山口「そうですね。旅館業も残業時間や勤務時間の管理がしっかりと行われるようになり、昔みたいにずっと一緒にいるわけにもいかなくなりました。そのような中で、経営システムを今までと大きく変える必要が出てきたんです。それが僕の役割でした。
当然、突然やってきた若造の僕が、認識のズレや働き方の方向転換を図るのはとても苦労しました。さらに、働き方の方向転換をした上で、旅館のブランド力を高めて利益も上げないといけないわけです。大げさな言い方かもしれないですけど、当時は刺される覚悟で旅館内の方向転換に挑みましたね」
――グランディア芳泉の紹介動画を見る限り、従業員のみなさんも楽しそうに働いていますよね。
山口「私が会社を辞めてグランディア芳泉に入社して、今年で12年目になります。12年かけて、それまではっきり言語化されていなかった規則やルールが整ってきたというのがあります。モチベーションで乗り切るのではなく、働く上での認識のズレを徹底的に修正してきました。
例えば、調理部や接客部など、それぞれの部門に目標設定があるのですが、それがすごくあいまいでした。調理部の場合、お客様アンケートの料理評価を指標にしていたのですが、どんなにお客様からの評価が良くても、料理の原価が管理できていなければ経営的には回りません。そこで、指標を部門ごとに段階別に設定し直しました」
◆暗黙の了解や感覚的な認識をなくすためにAIも導入
――かなりの方向転換をされたんですね。
山口「指標を部門ごとに細かく出して、『この指標をクリアすることでこれくらい売り上げが上がって、給料もこれくらい上がる』というのも従業員に説明をしました。これにより、従業員の目線も揃っていったんです」
――巨人軍が福井県で試合をした際、グランディア芳泉に宿泊されていました。試合後に阿部慎之助監督が「20年間のジャイアンツ人生で一番良いホテル」とおもてなし力を絶賛されていましたね。
山口「おもてなしも『常に笑顔で』と言っても、人によって笑顔の認識が違いますよね。そういう感覚的な部分については、AIを導入して笑顔を点数化しました。感覚的なこともみんなの認識をあわせていったんです。小さなことかもしれませんが、小さな改善を繰り返していくことで、お客様に満足いただけるサービスが提供できていると思います」
――笑顔の点数まで……。徹底されていますね。
山口「最初こそ大変だったんですけど、認識のズレがなくなったことで、より効率よく働くことができるようになりました。結果として従業員の給与や働きやすさにもつながっています。時間に余裕ができたことで、動画の撮影や編集をする時間も持てているのかなと思います。妥協をしないで、失敗と成功を繰り返すうちにやっと組織っぽい会社になってきたっていうのが本音です」
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山口さんが経営するグランディア芳泉は、巨人軍のお墨付きだけでなく、「観光経済新聞社」が実施した2024年度「人気温泉旅館ホテル250選」の投票理由別ベスト100でも、4項目でトップ10入りを果たしています。クセの強い動画を撮る“若旦那”は老舗旅館を改革する凄腕経営者でもありました。
【山口高澄】
福井県あわら市で創業61年目を迎える、老舗温泉旅館「グランディア芳泉」の三代目。YouTube「若旦那の勝手に福井観光大使 グランディア芳泉」などで、旅館や福井県の魅力を発信。独創的な経営アイディアや動画が話題になっている。
<取材・文/瀧戸詠未>
【瀧戸詠未】
大手教育系会社、出版社勤務を経てフリーランスライターに。教育系・エンタメ系の記事を中心に取材記事を執筆。X:@YlujuzJvzsLUwkB