放送システムを「ソフトウェアベース」で作るには FOR-Aならではのアプローチと、“フルIP化”への懸念

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2025年02月28日 10:21  ITmedia NEWS

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 FOR-Aこと朋栄は、放送機器の中ではメインのスイッチャーも作っているが、もともとは各種映像周辺機器に強いメーカーである。シグナルプロセッサ、コンバーター、キャラクタージェネレータ、ルーティングスイッチャーなど、放送に必要な周辺機器が何でもそろっている点では、システム内では一番柔軟な対応が求められるメーカーでもある。


【画像を見る】テレビ朝日が去年11月に報告した障害の原因


 2020年のコロナ禍や働き方改革といった流れ、あるいは地方におけるハードウェア技術者不足により、テレビ局内のワークフローは大きく変える必要性が出てきた。FOR-Aでも過去10年来続くIPソリューションに対応すべく、ビデオサーバなども製品化しているが、ここ2〜3年で急速にハードとソフト両対応を進めている。


 そうしたFOR-AのDNAというか、これまでの知見の集大成のような製品が、「FOR-A IMPULSE」である。24年のInter BEEではそのUIも含めて初めてプラットフォームが披露され、注目を集めた。


 FOR-A IMPULSEでは、FOR-Aが得意とする周辺機器は全てソフトウェア化された「ノード」という形で組み込まれている。スイッチャーでさえノードの一部だ。そしてそれらのノードを、UIであるGraphEditor上で「配線」していき、ライブ中継・配信等に最適化された放送システムを作り上げる。こうして作られたシステムは、「パイプライン」と呼ばれる。このパイプラインは複数制作することができ、さまざまな規模や機能のセットを、パイプラインの切り替えで使っていくというイメージだ。


 従来のSDI型ライブ放送では、その規模に応じてサブを用意し、スイッチャーを中心に入出力の接続、周辺機器が足りなければ別の部屋や機材庫から持って来てケーブル配線やパッチベイ対応するなど、事前準備に大変な手間と労力がかかっていた。もちろんそれには人手も必要だし、システムを組み上げる知識を持った人が少なくとも1人はセットアップを指揮する必要がある。


 こうしたシステム構築は、あらかじめ配線図を紙で作っておき、それを実機上に移していくといった方法が取られる。規模が大きくなるほど、実際にどの信号がどこの何番にきているのかといった対応表がなければ、手が付けられないからだ。


 さらに言えば、周辺機器は必要になるかもしれない最大限の台数を保有しておかなければならず、中には1年も2年も使われないという機材も出てきていた。


 一方FOR-A IMPULSEでは、各機材はIN/OUTがあるノードになっており、それらの配線は全てGraphEditor上でつないでいくだけである。ノードの接点にマウスオーバーすると、そこに来ている映像がサムネイルで表示される。実際に何が来ているのか確認しながら配線できるので、頭の中で考えているシステムイメージを表出させるツールとしても使える事になる。


●システムを周辺機器側から見る


 ソフトウェアベースで放送システムを構築していこうというソリューションは、すでにいくつかある。Panasonicの「KAIROS」はソフトウェアスイッチャーであるが、ライブ対応という点では方式変換やマルチモニター対応も含め、ライブシステムのハブとして利用するという流れもできてきている。


 昨年12月にお伝えしたソニーの「Contents Production Accelerator」はまだ現物がないが、オールインワンパッケージでライブ放送ソリューションをSaaS化していこうという考え方である。


 GlassValleyの「AMPP」では、スイッチャーやミキサーをモジュール化して、それを接続する形でシステムを構築する。AMPPは基本的にクラウドベースで、オンプレでも動きますよ、というスタンスだ。


 一方FOR-A IMPULSEは、AMPPよりもっと細かい単位に機能を分けてノードを用意し、カスタマイズを容易にした点で違いがある。まずはオンプレミス版からスタートし、今後クラウド版にも展開するという点でも、アプローチに違いがある。


 日本の放送局はセキュリティに対して厳しいことから、局によってはクラウドへ接続するのを嫌うところもあれば、一部分であればクラウド接続もやむなしといった考え方の局もある。どちらでも行けるようにするには、オンプレミス版から仕上げるというのは妥当である。


 FOR-Aではすでに23年からIMPULSEのプロトタイプを持って一定の放送局などを巡ってヒアリングを行い、機能を練り上げていった。スポーツライブで昨今好まれる「スティンガー」、リーグロゴなどをあしらった画像はめ込みの転換を経由してリプレイへ行くといった機能も、顧客からのリクエストから実装されている。


 そもそもスイッチャーが総体で1つのノードになっているわけではなく、クロスポイントやキーヤーの機能が個別のノードになっているので、ある意味やりたい効果を前提として、スイッチャー自体をパイプラインによって組み上げるようなスタイルになっている。またコントロールは従来のハードウェアパネルで操作する事もでき、ハードウェアパネルに慣れたオペレーターの手早いスイッチングにも対応できる。


 FOR-A IMPULSEのメリットとしては、やはりこれまでいくつも機材を用意しなければならなかったフォーマット変換や色域変換など、たくさんの専用コンバーターを用意して結線するというコストと手間から解放されることが大きい。


 FOR-A IMPULSEには管理ツールとして、FOR-A IMPULSE Managerがある。これにより既存のリソース管理予約システムと連携し、他社製ハードウェア製品と組み合わせてシステムを拡張することも想定されている。


 またメーカーサポートの効率化も重要なポイントだ。ハードウェア製品では、都内ならサービスマンが向かうことになるが、地方では代替機を送って入れ替えてもらったり、サービスマンが出張対応になるため、即時対応が難しかった。ただ現場は生放送であり、日時が決まっていることから、こうした対応の遅れは致命傷になりかねなかった。


 一方FOR-A IMPULSE導入後は、現場での使用状況がサポートセンター側で確認できるため、トラブルシューティングも即時対応可能になる。以前のようなハードウェアベースではないので、一部のボードが壊れたといった細かい故障は無くなることから、ユーザーから上がってくる問題の質や、それに対応するサポートの内容も変わってくる事だろう。


 今回はInter BEEの機会に詳しい話を取材したが、ソフトウェアスイッチャーをメインに据えるのではなく、むしろスイッチャーが他メーカーになっても、周辺機器は多数のFOR-A製品があり、それをFOR-A IMPULSEで一元的にまとめる、という印象を持った。従来のようにスイッチャーを中心としたシステム構築ではなく、周辺機器側からシステムを組み、むしろスイッチャーは何に入れ替わっても同じ操作性とUIで対応できる、という考え方である。


 こうしたソフトウェアシステムのオペレーションは、現代のサブの中とはかなり変わったものになる。壁全体に大量のラインモニターが設置されているようなサブは姿を消し、いくつかの大型ディスプレイにマルチ画面を投影したものを見ながら、オペレーターの手元にはPCしかない、という格好になるだろう。


 操作する機材のUIはブラウザ経由で操作するだけなので、高性能なPCは必要ない。画面が大きなChromebookや、iPadなどのタブレットになる可能性もある。


●「IPだけ」でシステムが組めるか


 既存システムの機材更新が迫っている放送局も多く、今後はこうしたソフトウェアのシステムだけになってゆく……と考えられてきたが、どうもそういう未来を安易に予想することができなくなってきた。


 事の発端は、昨年7月に起こったテレビ朝日の放送事故である。ネットワークスイッチ内のメモリでエラーが発生し、送出サーバが制御不能になったという。番組送出サーバはバックアップも含めて3系統あり、監視システムも2系統あった。問題のネットワークスイッチは監視システム側にあり、2台の監視システムがループ障害を起こしたため、大量のデータが流れてきて送出系の3サーバが操作不能になった、という経緯のようだ。


 ネットワークスイッチのエラーの原因は、その後の調査検証で「中性子線の衝突」とされた。原因の特定方法などについては賛否あるところだが、ネットワーク上の何らかの障害が、システム全体の制御不能につながる具体的な事故が起こったことで、バックアップシステムの構築法を再考せざるを得なくなった。


 テレビ朝日の場合は、マスター設備で障害が起こったために影響も甚大だったが、制作のあちこちがIPベースでつながった状態になれば、末端の故障の影響がシステム全体に及ぶということも考えられる。仮にIPライブシステムが制御不能になった場合、どのようにバックアップを構築すべきか。


 旧来のSDIベースの放送システムも、現存するならバックアップシステムとして残しておいて、ハイブリッドで運用していくという方法も考えられる。だがその場合、IPシステムの特徴である省人化や効率化ができなくなる。もしものために余剰人員をスタンバイさせておくのであれば、結果的に省人化もできないことになる。


 昨年のテレビ朝日の障害は、今後システム更新する放送局のバックアップシステムの作り方に大きな問いを投げかける。省人化が必要なのは、人を減らしたいのではなく、すでに人がいなくなっているからだ。この対応は避けられない。


 25年はFOR-A IMPULSEやソニーContents Production Acceleratorなど、複数の放送IPシステムが登場してくることになる。実際に導入するとなれば、じゃあ現実問題としてバックアップシステムはどこまでやるかということも、議論になっていくだろう。



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