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世界柔道選手権で、イスラエルの選手との対戦を避けるため、イラン政府から棄権を強要された女子選手と監督との葛藤を描いた『TATAMI』が、2月28日から全国公開される。本作は、映画史上初めてイスラエルとイランにルーツを持つクリエーターが協働した作品とされ、イスラエル出身のガイ・ナッティブとイラン出身で『聖地には蜘蛛が巣を張る』(22)でカンヌ映画祭女優賞を受賞したザーラ・アミールが共同で監督した。ナッティブ監督に話を聞いた。※物語の核心に迫る記述があります。
−まず、映画化の理由と経緯を教えてください。
2019年に日本武道館で行われた柔道の世界選手権で、この映画の基になった事件があったことをある記事で知りました。それはライバル同士だったイランの選手とイスラエルの選手が対戦しないように上から圧力をかけられたというものでした。その記事にインスピレーションを受けて2022年に最初の脚本を書きました。実際は男性選手の話でしたが、その後、いろんな女性アスリートたちが政権に反対したり、亡命する選手も増えてきたので、男性を主人公にしてこの物語を語るのはどうかと思いました。そんな時に、『聖地には蜘蛛が巣を張る』を見て感銘を受けて、ザーラ・アミールさんと会いました。それで脚本を見せて、共同監督をすることになりました。撮影はジョージアにある元ロシアの施設で行いましたが、そこは面白いことに、イスラエルから2時間、イランからも2時間という場所でした。その地で、世界で初めてのイスラエルとイランの監督による映画を作ることになりました。
−映画をモノクロで撮った理由と、「TATAMI」というタイトルに込めた意味は?
モノクロで撮った理由は、イランの女性たちが住んでいる世界には色彩がない、モノクロであるというところからきています。例えば、洋服は白か黒かグレーであり、人前で歌うこともできないし、大声で話すこともできない。小さく生きることを強要されているわけです。ちょっと言葉はきついですが、犬のような扱いを受けていると感じたので、そういう色彩で表現しています。畳は柔道では運命を決めるマットレスになりますが、メタファーでもあると考えました。主人公は畳の上で自由を選ぶのか、あるいは従属を選んで安全を得るのかという大変な選択を迫られるからです。また、畳という言葉の響きに美しさも感じました。今回の音楽は日本古来の太鼓をベースにしていますが、柔道は最初に礼から始まります。異種格闘技などではあり得ない、相手に対する敬意が感じられます。この素晴らしい日本のスポーツへのオマージュとして描きたいと思ったのでこのタイトルにしました。
−この映画は政治的なメッセージや女性の問題も描いていますが、柔道の試合を描いたスポーツ映画としての側面もありますね。
実は、イランとイスラエルでは柔道はとても人気があるスポーツです。オリンピックや世界選手権でメダルを取るような強い選手もたくさんいます。僕自身も、子どもの頃から柔道をやっていて、柔道家を目指したこともありましたが、細身で身長が足りなくてやられっ放しだったので諦めました(笑)。でも、柔道に関して何かやりたいとはずっと思っていたので、今回は夢のような作品になりました。今でも柔道の試合を見るのはすごく好きで、スマートなスポーツだというイメージがあります。今回はジョージアの柔道チームの監督が協力してくれて、試合や選手の動きなどを監修してもらいました。柔道着も本物を借りることができたし、主人公が対戦する選手たちも全員地元の柔道家の方なんです。だから試合のシーンもリアルになったと思います。
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−レイラを演じたアリエンヌ・マンディさんは、柔道経験者でしたか。
彼女はもともとフィジカルは強かったのですが、柔道の経験は全くなかったので、ロサンゼルスで柔道のチャンピオンから半年間みっちりとトレーニングを受けて、リハーサルもたくさんした後で撮影しました。彼女が戦う相手は本物の柔道家たちでしたが、皆から「本当に今まで柔道をやったことがなかったの」と驚かれるぐらいの仕上がりでした。
−最後の方でレイラが頭に付けているヒジャブを取るところが印象的でした。
あの瞬間、レイラは息が詰まっているし、すごいプレッシャーを感じています。だからヒジャブを取るのは、自由を手にしたいという思いの表われです。あのシーンはザーラをはじめとするイラン側の女性たちのアイデアでしたが、ヒジャブを取った時に髪を後ろでまとめてアップにするという動きは、イランの女性たちにとっては革命の合図というか、シンボルなんだそうです。だからヒジャブを取ったことよりも髪をアップにすることの方に政治的なメッセージが込められているのです。
−アミール監督との役割分担についてお聞きしたいのですが。
最初は、うまくいかないこともあるかもしれないと思っていました。でも、実際に映画を撮り始めたら最高でした。例えば、僕がモニターで絵を見ていると、彼女がペルシア系やイランの役者さんたちを演出してくれる。ストーリーテイクが終わると、思っていることを2人で何でも話し合うみたいな感じでした。僕にとっては、主人公がイランの女性であることがとても重要だったので、ザーラの言葉にはしっかりと耳を傾けるようにしました。ちゃんとリアルなものとして描けているかというリアリティーのバロメーターに彼女がなってくれました。脚本やビジュアルに関しても、彼女が関わってくれたことで、より立体的で深いものになったと思います。
−この映画は、2023年の東京国際映画祭で審査委員特別賞と最優秀女優賞(ザーラ・アミール)を受賞しましたが、日本の観客や読者に向けて改めてメッセージをお願いします。
僕は、アートは有害な政府に勝つことができると信じています。例えば、僕とザーラは子どもの頃からあいつらは敵だと言われて育ってきました。でも、政府が敵だと勝手に決めつけた僕らが、こうしてコラボレーションをして皆さんに映画をお届けできたということは、ヒーリングというか、傷を癒やすことにもつながっていくと思っています。なので、もっとこういうことが増えるとうれしいです。政府は相手の国の人のことを嫌え、敵対しろと言いますが、実際に会ってみたら憎しみなんかないし、僕らは素晴らしい友情で結ばれている。この映画はそうした愛をお見せしています。日本の観客にもそれが届いてほしいです。政府が何かを言ったとしても、あるいは自分とは何かが違うと思う人がいたとしても、それをボイコットするのではなく、やっぱり実際に会ってみることが大事です。会ってみれば、もしかしたら僕らのように最高の友人になれるかもしれません。面白いことに、今年のアカデミー賞のドキュメンタリー映画の部門にパレスチナ人とイスラエル人が監督をした『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』がノミネートされています。このように僕らにとってアートは武器なので、これからも僕たちは映画を使って戦っていきます。
(取材・文/田中雄二)
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