ハイブリッド車レースに不可欠な存在。高電圧から現場の人々を守るFIA e-セーフティ・デリゲートとは

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2025年02月28日 19:50  AUTOSPORT web

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サルト・サーキット(ル・マン)のインディアナポリスでクラッシュした7号車トヨタGR010ハイブリッド。マシンにかけられているのは、マーシャルや救援スタッフの身を守る為のシートだ
 2月28日にカタールのルサイル・インターナショナル・サーキットで行われる決勝をもって、いよいよWEC世界耐久選手権の2025年シーズンが開幕する。これに先立ち、レースを安全に開催するために日々尽力する“FIA e-セーフティ・デリゲート”の仕事を聞いた。

 今年は8メーカーから計18台がエントリーしているWECのトップカテゴリーは、2021年に従来のLMP1に代わり、現行のル・マン・ハイパーカーに移行している。当初はその新たなクラスに興味はあるものの様子を見る自動車メーカーが多数という状況だったが、北米のIMSAウェザーテック・スポーツカー選手権でLMDhカテゴリーが誕生発足したことで、2023〜24年にはLMDhを含めた“ハイパーカー”のフィールドが急激に広がった。

 そして今季2025年は新たにアストンマーティンが加わったことで、そのフィールドはさらにに大きな賑わいを見せている。その様子はかつてこのスポーツで輝きを放ったグループC時代を思わせるほどだ。

 そんな各社のハイパーカーの多くはハイブリッドシステムなどの最新のテクノロジーを用いるが、これらのクルマが安全にレースを行うため、FIA国際自動車連盟ではLMP1時代からより一層強化された安全管理体制を敷いている。今回はその体制を監督する立場にあるFIAe-セーフティ・デリゲートのヨーゼフ・ハルター氏に、彼らの仕事の裏側を聞いた。

* * * * * *

――ハイパーカークラスは2021年にスタートしました。とくに2023年以降は参加メーカー数が増加し、2024年以降さらに増加し​​ています。以前と比べて安全基準はどのように強化されましたか?

 ヨーゼフ・ハルター「ハイブリッドカーは以前からWECに参戦する車両の一部ではありましたが、その参加台数が飛躍的に増えたのは最近になってからです。今日ではハイパーカーグリッドの大半の割合を占めるのはハイブリッド車両となりました」

「FIAがモータースポーツにおける高電圧技術の管理で長年の経験を持っているという事実は変わりません。これには、たとえばフォーミュラEだけでなく、さまざまなシリーズでBEVやハイブリッド車の取り扱いが含まれています。それらの豊富な経験をもとに、FIAはWECのハイブリッド車両に関連するリスクを軽減するための一連の高電圧安全手順を新たに構築しました」

「ハイブリッド車両の走行上の安全性に関しては、FIAは既存の高電圧安全規則を研究し、現場の専門家らとの相談のうえ、医療・救助・復旧クルーを含む役員やボランティアであるコースマーシャル向けの機器の手配やその手順を徹底するブリーフィングを行うなど、現場で携わる者らがすべて周知をする新しい『FIA e-セーフティ・レギュレーション』を策定しました」

「数年前に導入された新しい役割である“FIA e-セーフティ・デリゲート”は、新たな規則と手順の実施を監督し、各チームが所有する機材を検査・評価する役割を持っているとともに、FIA e-セーフティ・ブリーフィングを実施してトラック上での安全を管理・調整します」

――数年前からFIA e-セーフティ・ブリーフィングがレース開催前に行われていますが、その内容と目的について教えてください。

ハルター氏「e-セーフティ・デリゲートが開催するブリーフィングの目的は、ハイパーカーを扱うすべての人が潜在的な危険と脅威を認識し、事故が発生した場合にどのように行動するかを周知することです」

「各レースイベントではコースマーシャル、救出チーム、医療チーム、事故車回収チームを含むすべてのボランティアスタッフにもブリーフィングで説明を受けることが義務づけられています。さらに、シーズン中に一度、ドライバーとエンジニア向けの個別の説明会も開催しています」

――ハイパーカーがコース上で停止すると、e-セーフティ・デリゲートのあなたが最初に到着されていますが、あなたの役割について説明していただけますか?

ハルター氏「FIAの安全部門ではさまざまなチャンピオンシップに適用されるe-セーフティ・レギュレーションを開発しました。安全に対しての一般的なレギュレーションはどのカテゴリでも同じですが、各チャンピオンシップで特定の条件が加わります」

「私の典型的なレースウイークの役割は、マシンがコース上へ出走する随分と前から始まります。ピットの各チームの安全設備の監査や指導、個人用保護具の設置、コースマーシャルと事故回収チームが適切な装備を身に着けているかどうか確認作業から始まります。その後は各種ブリーフィングがあり、やっと最後の工程として、セッション中はピットレーン出口でe-セーフティ・デリゲート用のセーフティカーの中で待機し、何か起きた際には真っ先に駆けつけられるようにしています」

「事故や高電圧システムの故障が発生した場合、e-セーフティ・デリゲートが最初に現場に出て状況を確認し、救助活動を調整します。その後、車両が安全に回収され、いわゆる“エリア51”に配置されることを確認する必要があります」

「エリア51とは、高電圧の安全性の観点から潜在的に危険な車両を隔離するゾーンです。これらひと通りの作業の流れは、すべての関係者とドライバーが危険にさらされないためにも正確に実行される必要があります」

■訓練を重ね、もしもに備える

――今年の例として、WECのスパ・フランコルシャン戦のフリープラクティスの終わりにランボルギーニがスパのオー・ルージュの手前で停止した際に多数の救助車両が現場に急行しましたが、どのような手順を踏まれたのでしょうか?

ハルター氏「スパで行われたのはいわゆる“レッドカー・エクササイズ”で、これは事故を想定しての演習が行われました。これはハイブリッド・ハイパーカーが事故を起こして、ドライバーが負傷し、マシンが高電圧安全の観点から危険であるという完全なシミュレーションのもとで行われた実地訓練のひとつです」

「この演習ではマーシャルの即時対応から始まり、レースコントロールによる事故管理、ドライバーの安全な救出、そして最後に車両の安全な回収までプロセス全体をシミュレートしました。したがってe-セーフティの代表である私の役割は、FIAのレースディレクターとつねに連絡を取りながら、地上でのすべての活動を監督する責任があります」

――昨年のル・マンのテストデーで、7号車トヨタGR010ハイブリッドをドライブする小林可夢偉(トヨタ・ガズー・レーシング)選手がインディアナポリスでクラッシュした際に私は偶然にその場に遭遇しました。その救出方法をとても興味深く見学しましたが、どのような作業が行われ、どのような影響がありましたか?

ハルター氏「この時は事前に予定をしていた演習ではなく実際の事故でした。FIAレースディレクターのエドゥアルド・フレイタスは、この機会を利用して、スパ・フランコルシャンのランボルギーニの例で説明したすべての手順を実行し“レッドカー・エクササイズ”として扱うことにしました」

「ドライバーの小林可夢偉は幸いにも無傷だったため、この演習の手順を認識しながら一緒にその工程に付き合ってもらいました。マシンのシステムは損傷しておらず完全に機能し安全でした。訓練目的のため、実際に起きた事故として扱いながら確認作業をひとつずつ行いました。写真でわかるように、医療従事者と救出チームを漏電や感電から保護する為に隔離ブランケットが使用されていました」

――昨シーズンは、スパで起きた2号車キャデラックVシリーズ.Rの大クラッシュや、ドリス・ファントールがドライブしていたBMW MハイブリッドV8のクラッシュなど、大きな事故がいくつかありましたが幸い負傷者はいませんでした。これはハイパーカーの高い安全性を証明していると思います。

ハルター氏「WECの各車両には高電圧システムの状態を示す安全ライトモジュールが装備されています。この2件の事故では高電圧安全システムが完璧に機能し、医療および救助隊は、非ハイブリッド車が関与する事故の場合と同じように作業を進めることができました」

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