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フリーアナウンサーのみのもんたさんが、1日未明家族が見守る中、80歳で亡くなったことがわかった。
1月16日に都内の高級焼き肉店で食事をしていたところ、肉を喉に詰まらせて救急搬送。一時は意識不明の重体だったというニュースが報じられ、わずか1か月半での訃報に多くの悲しみの声が上がっている。
「みのさんは昨年3月、直木賞作家・伊集院静さん(享年73)のお別れ会に出席していました。商売道具の“声”はかすれて真っ白な髪の毛も伸び放題で、かつてのエネルギッシュで若々しい面影はないようにみえ、その体調が心配されていました」(スポーツ紙芸能記者)
23年5月には動作の遅延や手足の震えなどの症状が起きる「パーキンソン病」を患っていることを公表。それでも《前向きに行くしかない》と、治療の日々を送っていることも明かしていた。
みのさんは1967年に文化放送に入社し、退社後はフリーアナウンサーへ。『午後は〇〇おもいッきりテレビ』や『みのもんたの朝ズバッ!』『秘密のケンミンSHOW』などで司会者として活躍。
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父の健康管理をするひとり娘
「私生活についてはあまり語る人ではありませんでしたが、2012年に40年以上連れ添った奥さんに先立たれたときのみのさんの落ち込みようは、それは見ていられないほどでした。奥さんはみのさんの専属スタイリストを務めていたので、ずっとそばにいる存在でしたので。奥さんを亡くし5年間は何も手につかず、心に大きな穴があき気力がないと言っていましたね……」(前出)
当時、3000坪の敷地に建った地上2階、地下1階の240坪の豪邸でひとり暮らしとなったみのさん。妹さんが頻繁に通って身の回りの世話をしていたという。2人の息子と1人の娘の父でもあり、離れて生活をするも娘さんは人一倍父親思いだったというのは、近隣住民。
「近所のベーカリーでショーケースに並んだパンを見て迷っていましたが、みのさんはメロンパンが食べたかったみたいでした。でも、娘さんに“それはカロリーが高いからダメだよ”と注意されていましたね。結局、小さめのクロワッサンを2つ買っていました。会計を済ませると、お店の人に大きな声でお礼を言っていましたよ」
晩年はパーキンソン病との闘病するも、今年の1月には元気に肉を召し上がるなど、テレビ出演こそないが家族の支えのもと元気に暮らしていたというみのさん。もうあの“おもいッきり”な笑顔が見れないのは寂しい限り。ご冥福をお祈りしたい。
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