Netflixで話題『エレクトリック・ステイト』の原作者でSFアートの重要人物シモン・ストーレンハーグの魅力

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2025年03月05日 08:00  リアルサウンド

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グラフィック・ノベル『エレクトリック・ステイト』(グラフィック社)

 3月14日にNetflixにて配信予定の映画『エレクトリック・ステイト』。『アベンジャーズ』シリーズでの活躍で知られるルッソ兄弟が監督を務め、ミリー・ボビー・ブラウンやクリス・プラットといった豪華キャストが出演する作品だ。この映画の原作となったのが、スウェーデンのアーティストであるシモン・ストーレンハーグの同名グラフィック・ノベル『エレクトリック・ステイト』(グラフィック社)である。



「現代SFアート界の最重要人物」シモン・ストーレンハーグとは?

 シモン・ストーレンハーグは、現在のSFアートにおける最重要人物の一人だろう。作風は極めて写実的でどこか不気味。湿度が高い冬の黄昏時や、乾燥した炎天下の砂漠など、その場の空気の匂いすら感じられるほど生々しい。そしてそんな写実的な風景の中に、どこにも見たことがない異物が紛れ込んでいる。


 そしてストーレンハーグの作品における最大の特徴が、90年代前後の時代へのノスタルジーを感じさせる点だ。作品内に描かれている広告やガジェットのデザイン、家や車の形状がどこか懐かしく、どこかで見た風景のように感じられるのである。1984年生まれの彼は90年代に少年期を過ごしたはずであり、そのころの思い出や印象が画面に強く反映されている。90年代の匂いがして、リアルで、不気味。それらの要素がセンスよく盛り込まれたストーレンハーグのアートワークは、現在のトレンドに極めて合致したものと言える。超売れっ子になるのも納得なアーティストなのだ。


 そんなストーレンハーグの作品は、すでに一度映像化されている。Amazonプライムビデオのオリジナル作品として配信された『ザ・ループ TALES FROM THE LOOP』がそれである。こちらはオハイオ州にある地下研究施設「ループ」と、その施設に関わりのある人々の物語だった。「ノスタルジックで、どこか不気味で、ビジュアルは鮮烈」というストーレンハーグ作品は、『ストレンジャー・シングス』などがヒットする現在の配信ドラマの環境にマッチしているのだろう。『エレクトリック・ステイト』の映像化も、そんなトレンドに乗ったものだと言える。



原作版『エレクトリック・ステイト』の魅力は?

 原作版『エレクトリック・ステイト』は、一言で言うと「荒廃した世界を舞台にしたロードムービー的なグラフィック・ノベル」である。背景となる設定については、さほど細かくは語られない。どうやら過去にアメリカ全土を巻き込む大戦争があったらしく、その戦争はドローンを多用して戦われたらしいことは、早いうちに明らかにされる。そしてそのドローン操縦のために脳とデバイスを直接接続する技術がエンターテイメント用の大型VRゴーグルに転用され、多くの人がそれに中毒した結果「現実」がおざなりにされるようになっている。物語の舞台となっている1997年には多くの人がオンライン上に意識を移し、ゴーグルを被ったまま死んでしまう人も続出。一方でオフラインの世界は荒廃の一途を辿っている。


 そんな荒んだ世界で、主人公の少女ミシェルは小型のロボット「スキップ」とともに旅をしている。西海岸の砂漠からより内陸へと車で走り、特定の目的地へと移動し続けるミシェルとスキップ。一人と一機の目指す場所と目的は、一体何なのか……というのが、『エレクトリック・ステイト』の基本的なストーリーである。


 アメリカを大移動する旅を、ストーレンハーグの画力は質感まで再現しながら描く。熱く乾燥した内陸のモハーベ砂漠から始まり、西海岸沿岸へ徐々に向かうにつれて風景は暗く、陰鬱になっていく。暗く湿った空気の中に企業のキャラクターを模した大型ドローンや擱座した巨大兵器がうずくまり、空気遠近法を駆使したイラストレーションによってその巨大さと異形ぶりが表現される。ページをめくってイラストをぼんやり眺めるだけで、壊れてしまったアメリカを横断するロードムービーのような味わいが感じられる。


考察も楽しめる重層的なストーリー

 さらに、謎めいたストーリーも本作の魅力だ。主人公ミシェルは、スキップを連れてひたすら西を目指す。イラストに添えられたテキストは、ミシェルの視点から移動中におきた出来事を描写する。それだけではなく、ミシェルの語りは時折過去へと遡り、徐々に彼女の目的と一緒に連れているスキップの出自が明らかになる。この謎を追うだけでも、十分に読み応えを感じられるはずだ。


 加えてもう一人、本作には別の語り手が登場する。その語り手が登場する時だけ、テキスト部分は黒地に白抜き文字となり、さらにイラストの視点人物も別の誰かに置き換わる。この「ミシェルとは異なる語り手」の存在が本作のストーリーをさらに重層的にし、『エレクトリック・ステイト』の世界の語られざる設定や世界観について、あれこれと想像を巡らせるキーとなっている。別の語り手のテキストを交えつつ二度三度と読み返す楽しみがあり、読めば読むほど「こういうことだったのか?」と新たな側面が見えてくる。強烈な印象を残すビジュアルだけではなく、ストーリーの面でも読者による咀嚼と解釈を要求する作品なのだ。


 映画版『エレクトリック・ステイト』の予告を見る限り、ミシェルに加えてクリス・プラット演じる元軍人の男性キャラクターが追加されているようであり、またSFアクションとしての味付けも加えられているようだ。ルッソ兄弟のことだからおそらくちゃんと面白い作品になっているはず……と思いつつ、原作の静謐でどこか物悲しくも不気味で、滅びゆくアメリカをノスタルジックに描いた作風も捨てがたい。映画版の印象で作品が塗り替えられてしまう前に、未読の方はぜひ一度読んでおいてほしい……! 『エレクトリック・ステイト』は、そう強く思わされる傑作グラフィック・ノベルなのだ。




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