『ヘンな名前の植物 増補版: ヘクソカズラは本当にくさいのか (DOJIN文庫20) (DOJIN文庫 020)』藤井 義晴 化学同人 「雑草という植物はない」という言葉は、昭和天皇が侍従から雑草を狩り残した報告を受けた際に述べた、として知られている。2023年に放送された朝ドラ『らんまん』(NHK)のモデルとなった植物学者・牧野富太郎氏も同様の言葉を発し、深い植物愛を示した。
世の中に雑草という草はなく、どんな草にだって名前がある。だが、中にはヘンな名前の植物があることも事実だ。そんなヘンな名前の植物に特化し、紹介している書籍が『ヘンな名前の植物 増補版:ヘクソカズラは本当にくさいのか』(化学同人)である。
植物の名前には世界共通の「学名」と、日本独自の「和名」がある。学名は国際藻類・菌類・植物命名規約によって世界共通の厳格な規則がある一方、和名には命名規則がない。発見者が名づけることができ、1つの植物につき1つとも限らず、地方名もあれば差別的な名前や、恥ずかしい名前の植物もある。しかし著者である藤井義晴氏は、ヘンな名前の植物には、そのヘンな特性ゆえに、もっと可能性があるという。
たとえば名前にへ(屁)と、くそ(糞)という汚い言葉が2つも入ったヘンな名前の植物が「ヘクソカズラ」。
「ヘクソカズラの葉や若い実を揉むとおならや大便のようなにおいがするといわれています。しかしそのにおいは、現代人のおならや大便ほど臭くありません。
ヘクソカズラのにおい成分の植物自身にとっての意義は、これを攻撃しようとする昆虫、微生物、他の植物から身を守る作用、すなわちアレロパシーであると思われます」(同書より)
動物と違って動くことができない植物が、身を守るために他の植物に影響を与える手段と考えられている「アレロパシー」。植物の一種である微生物にはアレロパシーがあり、「抗生物質」として人間の病気を治すことにも貢献している。
実際にヘクソカズラが含む「ペデロサイド」には植物成育阻害活性があり、酵素によって分解して悪臭成分となる「メチルメルカプタン」を生成。ヘクソカズラは臭いからこそ、他の生物との生存競争に有利で生き残ることができたと考えられている。
東京都世田谷区の「掃き溜め」で発見されたことが由来となって命名された「ハキダメギク」。ブラジルでは「金のボタン」という素敵な名前で呼ばれているそうだが、日本ではまさかのゴミ捨て場の名前をつけられるとはなんとも気の毒である。しかし命名者である前出の植物学者・牧野氏によると、ハキダメギクと命名したと思われている植物は、実はコゴメギクと呼ばれている植物であり、現在ハキダメギクと呼ばれている植物ではなかったようだ。
「先につけられた和名を優先するルールに従うと、現在コゴメギクと呼ばれている植物を『ハキダメギク』と呼ぶべきであり、いまハキダメギクと呼ばれている植物には別の名前、たとえば『クンショウギク(勲章菊)』とか、『キンノボタン(金釦)』と呼ぶべきかもしれません」(同書より)
この点にこそ、同書最大の魅力でもある「和名の自由度の高さ」がうかがえる。
また、同書は汚い名前以外にも、罵倒・誹謗中傷に関する名前がつけられた植物も紹介。バカナスなどのひどい名前をつけられた植物は気の毒ではあるが、名前から毒の有無や食用か否か、瞬時にわかるありがたい面もある。
「これらの植物はナスの近縁植物ですが、実に有毒成分を持ち食用になりません。それで、食べられないという意味でバカ、食べると気が狂ったようになるとの意味から気違い茄子と呼ばれたようです」(同書より)
植物につく「バカ」はどこへでもくっつくことや、どこでも簡単に栽培できバカみたいにたくさん実をつけることを意味することもある。「バカ」や「ひっつきむし」とも呼ばれる気の毒な植物がイノコヅチやオナモミ。かぎ状になった毛先で人間の服や動物の毛皮などにつくことで、繁殖範囲の拡大の手段としている。
しかしその「バカ」たちのひっつく構造が研究され続け、衣服などで重宝されている「面ファスナー」が発明されたのだからあなどれない。
同書では他にもセクシーな名前の植物や、他の植物の名前が入っている植物、めでたい名前の植物など、さまざまな「ヘンな名前の植物」が紹介されている。この本を読むことで、名前の面からも植物に対する興味を深められるだろう。もしも新種を発見したら、どのような名前をつけるか考えてみるのも面白いかもしれない。
『ヘンな名前の植物 増補版: ヘクソカズラは本当にくさいのか (DOJIN文庫20) (DOJIN文庫 020)』
著者:藤井 義晴
出版社:化学同人
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