イメージです beeboys - stock.adobe.com 第97回アカデミー賞で10部門にノミネート、2部門を受賞した『ウィキッド ふたりの魔女』が日本でも公開され、2024年以降公開の洋画実写史上No.1の大ヒットスタートとなった。作品評価は絶賛が多く、現在Filmarksでは4.3点のハイスコアを記録している。
だが、SNSで物議を醸していることがある。それは、スターバックスのコラボレーション宣伝だ。コラボ商品のタンブラーやカードギフトそのものは好評だが、「コラボをしたこと」自体が批判されている印象だ。
◆問題への議論には意義がある
このことを炎上と捉えることも可能だろうが、糾弾をする声はあるものの大きく拡散されているわけではなく、背景をまとめた投稿に対して「正直まったく知らなかった」「本当にいろんな人にちゃんと伝わってほしい」などといった反応もある。
「世界的に批判されているスターバックスの問題があるのにも関わらずコラボをしてしまうのは、映画の内容からしてもとても残念」といった声もあり、それは正当な意見だと同意する。何より、この機会に現実の世界にある問題を認識し、議論をすることには、大きな意義があると思えたのだ。まとめていこう。
◆批判されたシオニズム、労働組合への提訴もあった
なぜスターバックスは批判されているのか。それはスターバックスが「シオニズム支援企業」だとみられているためだ。
シオニズムとは、19世紀末ヨーロッパにて、ユダヤ民族の間で高まったユダヤ人国家建設運動のこと。現在のイスラエルの建国の理念で、パレスチナ問題の根底にある思想である。創業者兼元CEO、現・大株主であるハワード・シュルツが、自身のユダヤ人としての背景やシオニズムへの支持を公言している。
イスラエルによるパレスチナのガザ地区への侵攻に対し世界各地で抗議活動が起きている中で、虐殺や民族浄化を支持していると捉えられ、そうした声は中東を中心にボイコット運動へも発展し、その影響でマレーシアでは実に50店が閉店に追い込まれたとの報道もあった。
ボイコットの是非ももちろん議論されるべきではあるだろうが、スターバックスの他にもイスラエルへの支持をしているとみられ批判されている企業は存在しており、確かな根拠と信条に基づいての批判と意志そのものは、個々人が持ち続けていっていいものだろう。
また、2023年10月にはスターバックスの「労働組合」がパレスチナへの連帯をXで表明したが、スターバックス本社から「投稿が多くの顧客を怒らせ、会社の評判を傷つけた」として同社ロゴ使用の差し止めを求める提訴をされている。会社と労働組合との間でこういった対立と分断があることも、認識しておいたほうがいいだろう。
◆『ウィキッド』本編にある社会問題と戦争のメタファー
『ウィキッド ふたりの魔女』は社会問題のメタファーを多く含んでいる。主人公の1人「エルファバ」が緑の肌を持つために侮蔑的な目で見られる様は人種差別やルッキズムの問題そのものであるし、とある陰謀により不当な社会的制裁がまかり通る様からはファシズムの恐ろしさが伝わってくる。
人間や世界を「善」「悪」と単純で二元論で捉えることへの危険性も発信している。歴史上での「魔女」は、現代でも「魔女狩り」という言葉が残っているように、無実ながら不当に断罪された存在でもあり、劇中で後に「西の悪い魔女」と呼ばれるエルファバも、その悲劇へ足を踏み入れていた(かもしれない)ことが示されている。歴史学の教授を務めるヤギ「ディラモンド教授」も明らかに「スケープゴート」としての不当な処分を受けてたりもする。
そして、1995年に刊行された『ウィキッド』の原作小説では湾岸戦争を、2004年に初演となったミュージカルはイラク戦争を反映しているという話もあり、今回の映画からまさにイスラエルによるパレスチナのガザ地区への侵攻、それに至る国際的な状況を連想した人もいる。「パワーバランスが明らかに一方的」な様と迫害が描かれ、それがさらなる悲劇へとつながることを想像させるからだ。
そのように『ウィキッド』は差別やファシズムの問題、一方的な善か悪への決めつけへの危険性を示し、さらに原作小説とミュージカルと映画、それぞれの時代の戦争を映してもいる。その作品の精神からしても、シオニズム企業として世界的に批判され続けているスターバックスの姿勢とは反しており、そのコラボという「選択」が批判されていることは、やはり多くの人が知るべきことだと思える。
なお、主人公の1人「グリンダ」を演じたアリアナ・グランデは2024年に、停戦を宣言するようイスラエルを説得する請願書に署名している。俳優はもちろん製作者が、現実の戦争や悲劇を作品に反映しているのは間違いないし、だからこそスターバックスとのコラボは残念という声もまた正当なものだろう。
◆長編ドキュメンタリー賞受賞作との共通点も
「『ウィキッド ふたりの魔女』はこちらとコラボをするべきだったのでは」という声が寄せられている映画も現在公開されている。それは、アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞した『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』だ。
同作では、パレスチナ人居住地区に住む青年の元に、イスラエル人ジャーナリストが訪れ、そこでのイスラエル政府の非人道的な行為が、2023年10月までの4年間にわたって記録されている。ただそこに住むこともままならず、あらゆる物資が取り上げられ絶望的な状況へ陥る中でも、2人がささやかな友情を育んでいることもわかる。
『ウィキッド ふたりの魔女』での、性格や境遇がまったく異なる女性2人が、差別的な価値観がまかり通り、迫害をされてもおかしくない環境の中でも連帯をしていく様は、『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』の青年2人に重なるところがあった。あまりにひどい世界で、対立をしてもおかしくない立場の人間同士が、お互いを思い連帯することに、か細くはあるが確かな希望も得られるだろう。
改めて、今回のスターバックスとのコラボの問題からシオニズムにより批判されている企業があること、または『ウィキッド ふたりの魔女』『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』や本編の内容から、世界にある戦争、分断や差別の問題に触れるきっかけになるのであれば、やはりそれは意義のあることだ。ぜひ、考えてみてほしい。
<文/ヒナタカ>
【ヒナタカ】
WEB媒体「All About ニュース」「ねとらぼ」「CINEMAS+」、紙媒体『月刊総務』などで記事を執筆中の映画ライター。Xアカウント:@HinatakaJeF