
F1フォトグラファー対談 2025 後編
世界各地を飛び回るF1フォトグラファーの熱田護氏と桜井淳雄氏による対談。後編(全3回)では、オーストラリアGP(3月16日決勝)で開幕する2025年シーズンの展望と、世界的に巻き起こっているF1ブームについて語り合ってもらおう。日本ではあまり知られていないが、実は今、F1の観客数やビジネス規模が急拡大。新たな日本のメーカーの参入も噂されている。そんなF1の現状と今後の可能性について、長く現場を取材するふたりに聞く。
【ブームを背景に日本企業もF1復帰へ?】
ーートヨタがF1への関わりを深めていますが、2010年シーズン限りでF1を撤退した世界的なタイヤメーカー、ブリヂストン(BS)のF1復帰もささやかれています。
桜井淳雄(以下、桜井) BSは2026−2027年シーズンから4年間、電気自動車のフォーミュラカーレースであるフォーミュラEの単独タイヤサプライヤーを務めることになります。その次のターゲットは、F1だと言われています。
熱田護(以下、熱田) F1で現在、タイヤサプライヤーを務めるピレリは2025年から2027年まで契約がありますので、BSがF1に復帰するとすれば、そのあとの2028年シーズン以降となりますね。
|
|
桜井 まずはフォーミュラEでのタイヤ供給を足がかりにして、BSは最高峰のF1復帰という道筋を描いていると思います。そのためにBSはかつてF1タイヤの開発に従事し、そのあとマクラーレンに移籍してエンジニアとして長く活躍していた今井弘さんを引き戻したのでしょう。今井さんは、3月からBSのモータースポーツタイヤ開発・技術を担当する常務役員に任命されています。BSは着々とF1復帰の準備を進めているという印象です。ホンダやトヨタ、BSといった日本の自動車関連の大企業がF1に関心を示しているのは、アメリカを中心にした世界的なF1ブームが影響していると思います。
ーー日本にいるとあまり感じないのですが、2016年にアメリカの大手リバティメディアがF1を買収したあと、グローバルで高い人気を集めています。F1関連のビジネス規模は過去5年で約2倍に拡大し、観客動員も増え、SNSでも空前の盛り上がりを見せているようです。
桜井 海外ではすごく盛り上がっています。世界中のサーキットでお客さんが増えていますが、とくに若い人が目につきますね。たとえば、スペインGP。数年前までは朝、ホテルから車で30分くらい走っていけばサーキットに着きましたが、今では2時間くらいかかります。道が渋滞で車列が動かない。帰りに夜10時頃にサーキットを出ようとしても、まだ渋滞しています。
【日本は海外ほどの盛り上がりなく...】
ーー観客動員が30万人を超えていた1990年代から2000年代の日本GPは、まさにそんな感じでしたね。
桜井 あの時代の日本のような熱気が今、世界のサーキットで渦巻いています。アメリカで1年間に3回レースが開催されて人気が爆発しているとよくメディアで報じられていますが、ヨーロッパでも盛り上がっています。チケット代やホテル料金もすごく上がっているのに、簡単に取れなくなっているようです。
|
|
熱田 海外はお客さんが間違いなく増えています。とくに北米ではNetflixのF1ドキュメンタリー番組『Drive to Survive(栄光のグランプリ)』の影響もあって、若いファンがサーキットに来ています。一方で日本に関しては、一時期(2010年代の前半)よりも人気は上向きになっていますが、海外ほどの盛り上がりは感じません。
桜井 2016年にリバティメディアがF1を買収したあと、より魅力的なエンターテインメントになっていると感じます。2025年はF1創設75周年を記念して開幕前に史上初となる全チームによる新車の合同発表会「F1 75」をロンドンのO2アリーナで開催しましたが、そんなファンをより楽しませるための取り組みを積極的にしています。レースに関しても、ひと昔前であればF1のセッションの間にサポートレースがちょこちょこ入っていて、コース上をマシンが何も走っていない時間が1〜2時間も続くこともありました。でも今は、スケジュールをギュッと詰めて、ファンを飽きさせないようにしています。さらに、バックステージではDJがライブをしていたり、子ども向けの体験ゾーンがあったり、サーキット全体でイベントを楽しめるようになっています。
【ハミルトン、フェルスタッペン...ふたりの狙う一枚は?】
ーー最近では、ルイ・ヴィトンがF1と10年間のオフィシャル・パートナー契約を締結しましたが、日本でもF1への注目度が高まってほしいと思います。最後にふたりが今シーズン、ぜひ撮影したいシーンを教えてください。
桜井 世界中でハミルトンに注目が集まっているので、やっぱり彼がF1でもっとも伝統と歴史のあるフェラーリで勝つところを撮りたい。もしハミルトンがフェラーリで勝つことができれば、世界的にも大きなニュースになるはず。今、若いF1ファンが増えていると話しましたが、結局、彼らが一番支持しているのはハミルトンだと思います。7度の世界チャンピオンに輝く彼は、ただ速いだけじゃありません。全身にタトゥーを入れ、個性的なファッションでパドックを歩いたり、さらに人種差別の撤廃を訴えたり、タレント性がすごくありますよね。私も古い人間なので「サーキットでチャラチャラした格好をして......」と思うことも正直あります(笑)。でも、そんなハミルトンの姿に世界中の若者が魅了されているのは事実。ハミルトンは現代F1のアイコンです。フェルスタッペンだけでは、世界中でこれほどのF1ブームは起きていなかったと思います。
|
|
熱田 たしかにフェルスタッペンはファンサービスをあまりしませんし、レース以外のことにほとんど関心がないように感じます。サーキットでは勝つことだけに集中しています。でも、それがスポーツ選手の本来の姿だし、僕はそこに好感を持っています。ハミルトンと対照的に、フェルスタッペンは毎戦レッドブルのロゴが入ったチーム支給のキャップにポロシャツかブルゾン、ジーンズにバックパックを背負ってサーキットに登場します。そのへんにいる大学生みたいな格好で、全然チャラチャラしていません(笑)。でも、いったんコースに出れば勝利に貪欲で、めちゃくちゃ熱い走りでファンを楽しませてくれます。そこがかっこいいです。
桜井 フェルスタッペンの実力は別格だと認めますが、幅広い層のファンに支持されているのはやっぱりハミルトンのおかげだと思いますよ。とにかく、彼がフェラーリで活躍すればF1は間違いなく盛り上がるので、表彰台に上がる姿を撮りたい。でも、ハミルトンとコンビを組むシャルル・ルクレールも難しい立場ですよね。ルクレールはフェラーリと2029年までの長期契約を結んでおり、エースドライバーですが、もし移籍してきたばかりのハミルトンが先に優勝してしまったら、面目丸つぶれです。ルクレールにとっても今シーズンは正念場です。あと、ハミルトンに弾かれる形でフェラーリを出され、ウイリアムズに移籍したカルロス・サインツJr.の活躍も見たい。彼だって見返してやるという意地が絶対にあるでしょう。サインツが表彰台に上がって、喜びを爆発させるところも撮りたいですね。
熱田 僕は角田裕毅選手の初表彰台と、フェルスタッペンがマクラーレンやフェラーリをやっつけて勝つところですね。でも気になるのは、今年のレッドブルのマシンの出来です。昨シーズンの中盤戦以降は、フェルスタッペンが頑張ればかろうじて勝利に手が届くだけの競争力がありましたが、今シーズンは天才デザイナーのエイドリアン・ニューウェイが抜けたあとの初めてのマシンになります。せめて表彰台に上がれるくらいの力があれば、フェルスタッペンは勝てるチャンスはあると思いますが、どうなるのか......気になります。
ーーその答えは、アルバート・パーク・サーキットで行なわれる開幕戦オーストラリアGPで明らかになってくると思います。
熱田 でも開幕戦の結果はひとつの目安に過ぎません。何が起こるかわからないのがF1です。昨シーズンの序盤戦は、レッドブルとフェルスタッペンが勝ち続け、日本GPの頃にはもうタイトルは決まったと話している人もいました。でもシーズンが進むにつれて戦況は一変し、最終的にはマクラーレンが26年ぶりのコンストラクターズ・チャンピオンに輝きました。そんな展開になるとは誰も予想していなかったと思います。今シーズンも開幕戦とシーズン中盤、終盤では勢力図がガラっと変わる可能性はゼロじゃない。結局、どうなるのかわからないから面白いのであって、そこをみんなで楽しめばいいと思います。
桜井 そうですね。各チーム、ドライバーたちが予想もしなかったドラマを見せてくれるのがF1の魅力です。どんなシーンが撮れるのか、楽しみにしてまずはメルボルンに行ってきます!
終わり
前編から読む
<プロフィール>
熱田 護 あつた・まもる
1963年、三重県鈴鹿市生まれ。2輪の世界GPを転戦したのち、1991年よりフリーカメラマンとしてF1の撮影を開始。F1取材は2019年に500戦を超え、2025年は600戦を迎える予定の、日本人最多取材回数を誇るF1カメラマン。アイルトン・セナ没後30年プレミアム写真集『Ayrton』(限定999部・インプレス刊)が2025年5月末まで販売中。また、写真集とは別カットも使用したアイルトン・セナの2025年カレンダーも販売。
桜井淳雄 さくらい・あつお
1968年、三重県津市生まれ。1991年の日本GPよりF1の撮影を開始。これまでに400戦以上を取材し、まもなく500戦を迎える。F1やフェラーリの公式フォトグラファーも務める。現在、鈴鹿サーキット公式ホームページ内の企画『写真で振り返る2025年シーズン:プレシーズンテスト』で作品を掲載中。YouTubeで好評だった『ヒゲおじ F1徒然日記』は一時お休み中。近日中に再開予定だという。