企業のAI活用はまだ1合目 メタリアルCTOの米倉氏に聞く日本のAI開発・活用

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2025年03月18日 12:30  OVO [オーヴォ]

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OVO [オーヴォ]

「東洋経済四季報AIカンファレンス2025」で議論する(左から)安野貴博さん、茂木健一郎さん、米倉豪志さん

 東京都内で2月18日に開かれた、人工知能(AI)をテーマにした「東洋経済四季報AIカンファレンス2025」(東洋経済新報社など主催)。金融関係者ら約100人が参加した冒頭のセッションで「これからのAIはどうなるか」を問われた登壇者3人は、「(予測しても)ほとんど外れそうだなあ」と未来のAIを予測する難しさを口にした。

 脳科学者の茂木健一郎さんは「いまは朝起きたら(昨日と)変わっていたというような世界だ」とAI進化の激しさを強調。起業家でAIエンジニアの安野貴博さんも「ことし1月に登場したディープシークの生成AIを“もう昔”と感じてしまうぐらいAI進化の加速ぶりは尋常ではない」と同調した。作曲家でAI開発者の米倉豪志・メタリアル取締役CTO(最高技術責任者)は「AIの細かい日々の変化を追っても切りがない。私は半年間隔でAI進化の本筋を追っている」と話した。

 高度な生成AIの開発・活用が先進諸国を中心に急速に進む中、「日本のAI開発・活用は遅れている」として、政府は2月28日、悪用を防ぎつつ研究開発・活用促進を目指す、AIに特化した初めての法案「人工知能関連技術の研究開発及び活用に関する法律案」を国会に提出した。

◇      ◇      ◇

 AIの未来を巡っては期待と不安が交錯している。登壇者の1人でセッション参加のため来日したカナダ・バンクーバー在住の米倉豪志さん(49)に、開発者の立場から、AIの現状や進展、日本のAI開発・活用の課題などを聞いた。米倉さんは四季報データを活用した「四季報AI」やキャラクターAI翻訳エンジン「ELLA(エラ)」などを開発している。

 ―AIはどこまで進化するのか。

 僕の考えるAIの可能性からすると、AIはまだ2%ぐらいしかその能力を発揮していない。AIができることはまだまだたくさんある。

 —ビジネス分野のAI活用の現状は。

 生成AI「チャットGPT」の登場でAIへの関心が一般社会で高まったが、ビジネスの分野ではまだ、どう本格的に活用するかを具体的にイメージしている日本企業はまだ少ない気がする。AI事業を展開するわが社メタリアル(東京都千代田区)では、興味を持った企業には、まずAI活用の具体的イメージを示す。そこで初めて「こんなことに使えるAIが欲しい」と企業側の具体的な要望が出てくる場合が多い。

 ―芸術分野でのAI活用は。

 ビジュアル系やメディアアート系の画家は早くからAIを使っている。昨年は芥川賞を受賞した小説家のAI使用が話題になった。そもそも芸術とテクノロジーは深い関係にある。例えば音楽。音楽は感性の世界と考える人が多いが、実は理系の世界だ。ピアノはテクノロジーの塊。ベートーベンやバッハだって、当時の最新テクノロジーを使っている。AIを使って音楽はまだまだ変わるだろう。

 ―絵画でのAI活用は。

 AIを活用して素晴らしいイラストや動画を作っている女性芸術家がいる。ルネサンス時代の、目に見えるのと同じような距離感で対象物を画面に描写する「遠近法」は当時のテクノロジーであり、絵画の表現形式を変えた。19世紀フランスの芸術運動である印象派(大気と光を感じさせる画面を創出。マネやドガらが主導)の登場は「チューブ型絵の具」の発明が後押しした。屋外で描くことが容易になり、印象派の特徴である自然光を描く“舞台道具”が整った。テクノロジー抜きに芸術は語れない。

 ―芸術分野ではAI活用はさらに進む?

 芸術家のイマジネーション(想像力)の世界と、膨大な情報を処理する大規模言語モデルのAIとが影響し合い、新しい芸術表現が生まれるはずだ。


 —中国の新興企業「DeepSeek(ディープシーク)」が先端半導体を使わずに低コストで開発した高性能な生成AIへの評価は。

 「田舎の貧しい人たちがAIを使えるような世界をつくる」というディープシークのメッセージにはむちゃくちゃ感動した。創業者の梁文鋒(リアンウェンフォン)氏は自社の生成AI開発は「イノベーション(技術革新)の民主化だ」と述べている。このメッセージをただのPRとは思わない。ディープシークは、頭を使い創意工夫で米国資本の「マネーパワーの壁」(米国による先端半導体輸出規制など)を乗り越えた。「お金がなければできないと思わされていた世界」にディープシークが創意と工夫で闘いを挑んだ。そこにAI開発者としては一番共感する。

 —ディープシークのような企業は日本で生まれるか。

 日本の企業では、大それたことをやってはいけない空気が強いと感じる。大それたことをやったり、言ったりすると、クレバーではない(賢くない)と評価される雰囲気があり、自ら設けたリミットに閉じこもる傾向がある。生成AIの基盤モデル(ファウンデーションモデル)は、「やったるぜ」という意欲がないと開発できない。これらを前提にすれば、現状では、AIの基盤モデルを作るより、AI関連技術の応用に傾斜していくのではないか。

 —日本のAI開発、活用で期待することは。

 女性がAIの分野で活躍してほしい。AI界はまだ男性優位の世界。その状況は醜い。弊社では製薬企業向けに提供する新薬開発支援の生成AIの開発で、聴覚障害者の子を持つ母親たちに開発工程の一翼を担ってもらった。「プロンプトエンジニアリング」という工程で、簡単に説明すると、どうやってAIに言うことを聞いてもらえるかを必死に考えて目的の出力をAIに生成させる仕事だ。AIは言うことを聞いてくれない子どものようなものだが、日ごろから健常者と聴覚障害者間など複雑なコミュニケーションをこなしているこの母親たちは、AIとコミュニケーションするプロンプトエンジニアリングで優れた仕事をした。男性の世界とは違った世界を見ている女性たちがAIの開発で活躍した一例として紹介したい。


 —AIの積極活用で政治の在り方も変わるか。

 AI、テクノロジーが進化すれば多くの課題は迅速、合理的に処理できて民主政治の機能は低下する、という考え方(加速主義など)が一方の極にあるが、単純すぎるかなと思う。政治、社会の背景にある世界はそんなに単純ではない。

 ―AIの暴走、悪用の恐れは。

 第1次トランプ政権(2017〜21年)の時に僕の住むバンクーバーでアジア人差別が目立った。政治リーダーの発言(当時のトランプ米大統領が新型コロナウイルスを中国ウイルスと呼んだことなど)で社会のタガが外れて差別が始まり、政権が終わるとぴたりとやんだ。人間の不思議さであり危うさだ。AIも人間から学ぶわけだから、危うい存在になる恐れはある。

 ―AIの暴走に直面したことは。

 某氏のAIクローン(本人の容姿や声、性格、考え方を模したデジタル上のそっくりさんで会話ができる)を開発して展示した際、来場者の暴言に反応して、そのAIクローンがすごい暴言を吐き出し始めたことがある。すぐその場でこのAIクローンを止めた。いまでいうフロントインジェクション(誤作動させる指令入力をAIに与え、禁止事項を生成させる攻撃)でハッキングされたような状態に陥った。AIがおかしな生成過程に入り、言ってはいけないことを言ってしまった。自制心をなくした人間の「キレる」という状況に似た現象がAIに起きた。

 ―AI規制の在り方は。

 誰の発言か忘れてしまったが、人間の危ういところは「やれることを全部やってしまうこと」だという。AIドゥーマー(AIによる人類絶滅を懸念する人々)の中では「AIは原爆と同じ」という考えもある。ナチスドイツに勝つためという理屈で米国は原爆を作り、ヒトラーのナチス政権は崩壊したのに日本に原爆を投下した。人間は行くところまで行ってしまう愚かな部分がある。何でも理由付けして、どんなうそっぱちでもそれなりに「正論」にしまう、危うい存在だ。23年のアルトマン騒動(チャットGPTを開発した米オープンAIの取締役会が最高経営責任者のサム・アルトマン氏を解任。AIの安全性などを巡る意見の対立が理由とされる。同氏は解任後5日で復帰した)でこの点が浮き彫りになった。AIに対するアライメント(AIの大規模言語モデルに人間の価値観や目標を埋め込んで、可能な限り有用で安全、信頼できるものにすること)の問題を、AI研究者・開発者は真剣に考えている。

 ―AI開発者になりたい人ヘのアドバイスは。

 誰の評価も気にせずに好きなことに没頭すればいい。粘土でも、料理でも、走るのでもなんでもいい。そこでは必ずAIを使う時が来る。誰よりも徹底して追求していれば誰よりも深くAIを使うようになる。僕は独学でAIを開発してきたので、偉そうなことは言えないが、言いたいことは一つ、小金を稼げる、目の前のキャッシュを作っているいわゆる商人が上で、クリエーターやアーティスト、エンジニアが下というようなくだらないヒエラルキーをなくすことだ。このヒエラルキーの中でこれまでばかにされ、踏みつけられ、雑草と思われている、虐げられた人たちがきっと何かを成し遂げる。そういう人たちを日本は大切にした方がいい。

 —AI開発者としてやっていることは。

 図書館を訪れ誰も行かないような本棚の本を読んだりする。宮崎駿監督の映画を見ると、いつもどうしてこの人はこういう世界が描けるのか感心する。おそらく誰も見ていないような本や映像、絵画、音楽などの芸術作品にもたくさん接しているのではないか。多くの人が目を向けないものへの僕の関心は、子どものころ、ピアノの先生の影響で聴く人が少ない「現代音楽」を聴くことで培われた気がする。衆目の評価が一定していないものにも関心を持ち、自分なりの審美眼を磨いたことが現在のAI開発にも役立っている気がする。

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