柏戦後、サポーターへ深々とお辞儀をした佐々木翔 [写真]=J.LEAGUE キックオフ直前に自分のコールが響くと、DF佐々木翔は紫に染まった南スタンドに向かって深く一礼し胸を叩いて応えた。声援がいつも以上に力強かった。キャプテンはその熱を確かに受け取っていた。
「アップの時から本当に素晴らしい雰囲気を作ってくれた。いまのチーム状況をサポーターたちも前向きに後押ししてくれていることを非常に感じた。だからこそ、チームとして前に進むという時に、しっかり勝ち切れるのが1番良かったので、なおさら悔しい」
サンフレッチェ広島は16日、明治安田J1リーグ第6節で柏レイソルをホームに迎え、激しい攻防の末に1−1で引き分けた。広島にとっては2月8日のFUJIFILM SUPER CUP 2025で迎えたシーズン開幕から5週間で公式戦10試合目。連戦と遠征による過酷なスケジュールの中で果敢に戦い抜いた。
初代王者を目指したAFCチャンピオンズリーグ2では絶望も味わった。3月8日の準々決勝第1戦ではホームでライオン・シティ・セーラーズ(シンガポール)に6−1の大勝を収めたが、この試合でデビューしたFWヴァレール・ジェルマンに出場資格がなかったことが発覚。クラブの確認不足による規定違反で処分を言い渡され、第1戦は没取試合となり0−3の敗戦扱いとなった。5点リードから一転して3点を追う状況となった12日の第2戦、高温多湿の気候と人工芝の敵地で健闘したが、退場者を出した影響もあって1−1の引き分けに終わり、無念の敗退を喫した。
異国の地で失意に陥ってから中3日の柏戦は、心身ともに難しい状況だったが、心強い応援がホームに戻ってきたチームの背中を押した。試合前には白いハートのコレオの中央に「どんな道も共に歩んでいこう」の横断幕。チームへの愛情が紫のスタンドに浮かんだ。そこから響く突き刺さすような大声援。サポーターたちの情熱がスタジアムを包んだ。試合開始から5分間続いた「Ale'! Ale'! Hiroshima」のチャント。揺るがぬ熱意がチームを後押しした。圧倒的なホームの雰囲気を作った心強い味方。それが選手たちの勝利への意志につながった。
紙一重の攻防が続いた72分、右サイドのMF新井直人が中央にボールを送ると、こぼれ球をMF中島洋太朗が華麗にダイレクトパス。ペナルティエリア前で収めたFWジャーメイン良がターンして右サイドへ展開した。このパスを受けたのは「ガッツが自分の仕事。みんな疲れているので自分が盛り返したい気持ちがあった」という途中出場のMF越道草太だった。
「ジャメくんがしっかりタメを作って自分に優しいボールを出してくれたので、練習通りのクロスができた」。狙いは逆サイドのMF東俊希が入るであろうファーポスト。越道は、「完璧には見えてなかったけど、ムツくん(加藤陸次樹)が相手の間に入ってくれていて、仲間が来るのも遅かったので、ふんわりあげて時間を作った感じだった」と振り返る。
後輩のクロスを信じてゴール前に入った東は、気持ちの入る大きな決定機だったが、「練習でも同じ形で決めていたので落ち着いて蹴れた」と冷静だった。「僕の好きな形だったので自信を持って打てたし、イメージ通りに力を抜いて振り抜くことができた」と武器の左足で鮮やかなボレーシュートを叩き込んだ。先制点を決めてスタジアムが歓喜に沸く中、背番号24が熱いガッツボーズを見せて紫に染まるスタンドの前で吠えた。
「いろいろあったけど、みんながこの試合にぶつけるという思いで入っていた。僕もやっぱり悔しい気持ちがあったし、それは忘れられないと思うので、この気持ちを毎試合にぶつけたい」
ホームの応援にいつも以上の熱を感じていた。東は、「入場した時に横断幕を見て一緒に戦ってくれていることを感じたので、サポーターのみなさんのためにも勝ちたかった」と振り返り、アシストした越道も、「毎回すごいと思うけど、今日は接戦だったので歓声に助けられたところはたくさんあった」とサポーターからの後押しを力に変えていた。
広島は柏の質の高い攻撃を受けて何度もピンチを迎えたが、粘り強く守って応戦した。佐々木が立て続けにゴール前で体を投げ出し渾身のブロックを見せるなどチーム一丸で奮闘。守護神のGK大迫敬介は、「翔くんを中心にみんなが体を張って守れた。コンビネーションで崩される場面もあったけど、最後の最後をしっかりと全員で守れたところは自分たちの強みが出せたと思う」と手応えを口にした。
しかし、86分に相手の強烈なカウンターを受け、途中出場のFW細谷真央にゴールを許して同点。最後まで細谷に喰らい付いた佐々木は、「失点は僕のところで守れたと思うので悔しい。先制して、あの失点がなければ勝てたのでDFとしては特に悔しい」と話し、大迫は「最後の失点シーンを耐えてこそ自分たちの守備は評価されるので、今日やられた以上はもう1歩甘いところがある」と悔しさを滲ませた。
白熱の試合で大きな勝ち点1をつかみ、リーグ戦は5試合戦って3勝2分で唯一の無敗をキープ。難しい状況の中で勝ち点を積み重ねているが、佐々木は、「負けないことはいいことだけど、引き分けが続いたらポイントとしては足りないし、やっぱり勝ちを目指さないといけない」とより勝利への意欲を強める。
「負けがないのは非常にいいことだけど、負けたところからがチームとして試される部分でもあると思うので。まずは自分たちがブレないようにしっかりと一戦一戦に目を向けていく。負けがないことは非常に重要だけど、勝ち切ることにしっかり焦点を当ててやっていきたい」
広島は激動の公式戦10試合を終え、シーズン最初の代表ウィークでやっと一息つける中断期間に入った。佐々木は試合後にチームのメンタル面について、「もちろん、消化しきれない部分はあるかもしれないけど、しっかりこの一戦に向かってみんな準備できたと思うし、メンタルを整えて前に進んでいるので大丈夫だと思う」と明かし、自身のコンディションについては「疲れたけど、ここまでチームとしてもいい戦いができたと思うので、リフレッシュしてまた力を溜めたい」と話して前を向いた。
開幕からタフで濃すぎる連戦を戦い抜いたが、まだシーズンは始まったばかり。中断明けは3月29日に敵地で行われるJ1第7節の京都サンガF.C.戦。心強い声援を背に広島は歩み続けていく。
取材・文=湊昂大