
NHKで好評放送中の大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」。“江戸のメディア王”と呼ばれた“蔦重”こと蔦屋重三郎(横浜流星)の波乱万丈の生涯を描く物語は、快調に進行中。4月6日放送の第14回「蔦重瀬川夫婦道中」では、高利貸しで莫大な財産を築いた鳥山検校が罪に問われ、奉行所で裁きを受け、妻の瀬以(元・花魁の瀬川/小芝風花)とも離縁という結末を迎えた。ここまで鳥山検校を演じてきた市原隼人が、役に込めた思いを語ってくれた。
−鳥山検校は元々、盲人だったことで幕府の庇護を受け、高利貸しをしていたわけですが、それが罪に問われた結果、第14回で瀬以を巻き込まないように離縁しました。演じる上で、市原さんはその一連の展開をどのように捉えていましたか。
鳥山検校は、自分の行いの意味を理解していたと思います。人の痛みがわかるからこそ、人の心の隙に入り込み、高利貸しをやってきた。その中で、非道な行いも数多くしてきたことで、どこか後ろめたさもあったはずです。生きるすべとして、「悪」と呼ばれる道に進みましたが、善意で彼を支えてくれた人もたくさんいたはずです。そういう意味では、最後に彼の心にあったのは、「人道」だったのではないかなと。結局、人の道を踏み外すことができず、最後は瀬以に対してあのような行動を取ったのでは…と解釈しました。
−奉行所で離縁と聞かされた瀬以から理由を尋ねられた鳥山検校が答えたのは、「そなたの望みはなんであろうとかなえると決めたのは私だ」という一言だけでしたね。
ただ、鳥山検校が、それをどこまで本心で言っていたのかは、わかりません。しかも、その言葉によって、瀬以がこれから背負っていかねばならない思いが増えていくわけですから。ただ終わらせるのではなく、そうやって背負い続ける道を選ばせたことが、検校の瀬以に対する答えだったのかなと。そんなふうに、答えがあいまいでありながら、切なく、歯がゆい人間関係の妙を巧みに描くところが、森下(佳子)さんの脚本の魅力です。現場では、瀬以がどこまで気持ちを出せばいいのか、風花ちゃんが監督とじっくり相談しながら演じていたのが印象的でした。
−鳥山検校は、いつから瀬以との離縁を考えていたのでしょうか。
最初はまったく考えていなかったはずです。でも、ふと触れた時の脈がいつもより速かったり、自分が耳にしたことのない瀬以の弾むような声を聞いたりする中で、自分の知らない瀬以の楽しそうな姿に接し、徐々にそう考えるようになったのではないでしょうか。その決定打が、第13回の「重三(=蔦重)はわっちにとって光でありんした」という瀬以の言葉です。それを聞いた時点で、離縁を覚悟したと僕は思っています。
−瀬以の蔦重に対する思いに気付いた鳥山検校の中には、嫉妬のような感情も芽生えたようですが、その点はどのように解釈しましたか。
視聴者の皆さんの中では、蔦重が現れたことで鳥山検校の中に「嫉妬」の気持ちが芽生えたという意見が多かったようですが、僕はそうは捉えていませんでした。そもそも、瀬川に対する鳥山検校の気持ちは、ただの恋愛感情だけではなかったと思います。もちろん、寄り添っていきたい相手ではありますが、それはただ惚れたはれたということではなく、人に対して愛にあふれた瀬川の人柄に引かれたからではないかと。
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−というと?
クランクイン前、視覚障害支援センターに伺い、視覚に障害をお持ちの方に「目が見えない分、他の感覚が研ぎ澄まされていく」というお話を伺ったんです。衣擦れの音や声のトーンだけで、人の気持ちが理解できるようになるんだそうです。鳥山検校も、そんなふうに全てが見えていたはずです。彼の人生は、苦痛でしかなかったのではないでしょうか。そこに初めて差した一筋の光が、瀬川だった。吉原で初めて会ったとき、「花魁は初回、口を利かない」というルールを破り、瀬川は本を読んでくれました。そのとき、鳥山検校は共に共犯者になれたような気持ちだったに違いありません。そんなふうに寄り添う覚悟を持ってくれた瀬川に引かれたのでないかと。
−なるほど。
妻となった瀬以の心を自分に振り向かせることができない状況が苦しかった。そういう意味では、蔦重が現れたことで鳥山検校の中に湧き上がったのは、「嫉妬」ではなく、自分へのいら立ちや憎悪だったと思っています。正直、そこまで蔦重の存在は意識していませんでした。
−複雑な感情を秘めた鳥山検校を演じる上で、最も悩んだことは何でしょうか。
瀬以との距離感については、非常に悩みました。鳥山検校は、疑いを抱きつつ、それでも瀬以と寄り添っていきたいという矛盾を内に抱えていました。そのぎこちない距離感を、どう表現すればいいのか。結果的には、そんなふうに悩み続けるさまが鳥山検校と重なり、それを視聴者の皆さまに感じていただけることが一番の答えなのではないかと思いながら演じていました。
−盲目の鳥山検校を演じるに当たって、白濁したコンタクトレンズの使用をご自身で提案されたそうですが、そのお芝居もご苦労が多かったのではありませんか。
コンタクトレンズを装着すると、視界が20%くらいに制限され、ほぼ見えない状態だったので、本番のみ装着するようにしました。早めに先に現場に入り、“稽古前稽古”といった形で、どう動けばいいのか、念入りに確かめるようにしました。芝居も、目をつぶるか、開けたままやるか迷った末、目をつぶってしまうと生々しさがなくなるので、開けたままにしました。その上、盲目でありながら、すべてを見透かしていると思わせるように振る舞わなければいけないので、その加減がとても難しかったです。ただ、そこを考え続けることが役作りだと考え、その迷いが出れば…と思っていました。
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−瀬川役の小芝風花さんとの共演はいかがでしたか。
ちょっとした声や動きだけで、現場の空気を引き寄せる力があり、唯一無二の魅力を持つ方で、とても尊敬しています。撮影は、重いシーンが多かったのですが、常に風花ちゃんが花の咲いたような笑顔でいてくださったおかげで、私もすごく救われました。だから最後に、「あなたのお芝居のファンです」とお伝えしました。ご一緒できて幸せでした。
−鳥山検校を演じたことは、市原さんにとってどのような経験になりましたか。
一生忘れられない役になりました。どれほど寄り添おうとしても、寄り添えない役があるんだな、と気付かされたという点で。いくら私が鳥山検校に寄り添おうとしても、境遇がまったく違うので、100%理解することはできません。でも、寄り添おうとする最初の1%の気持ちを持つことが、役者の仕事にとっては大事なんだなと。自分の中ではそれが一つの答えになりました。
(取材・文/井上健一)

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