
今春の選抜高校野球大会(センバツ)は、浦和実(埼玉)のエース左腕・石戸颯汰が旋風を巻き起こした。初戦で滋賀学園(滋賀)を完封するなど、18イニング連続無失点を記録。チームはセンバツ初出場にして、ベスト4に進出した。
誰もが一度見たら忘れない石戸の変則投法は、理にかなっているのか。その疑問を解消するため、山本昌(元・中日)に分析を依頼した。山本昌はプロで32年の現役生活を送り、130キロ台の球速ながら通算219勝を挙げている。"レジェンド"の目に、稀代の変則左腕はどのように映ったのだろうか。
【リリースの形は本格派】
── 浦和実の石戸投手の存在はご存知ですか?
山本昌 もちろん、知っています。120キロ台の球速なので、みんな「なんで打てないの?」と不思議がっていましたね。フォームも途中までは、現役時代の私に似ていると言われます(笑)。
── 石戸投手のフォームについて、どんな印象を受けましたか?
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山本昌 まず彼のすばらしいところは、手の位置なんです。真上から左手が出てきますよね。岡島秀樹くん(元・レッドソックスほか)のリリースポイントに近い。ボールに角度がつくので、スピードガンの数字以上に打者に食い込んでくるストレートが投げられる。捕手に向かって、しっかりとラインを出せるのもポイントです。
── ストレートがすばらしいと。
山本昌 始動がごちゃごちゃっとしているので変則タイプに見えるんですけど、リリースの形は本格派に近いと感じます。私は投手を見る際に、リリース時の手と腰の位置関係をよく見るのですが、彼は左手と腰が離れている。この使い方だと、カーブがよく曲がる投手が多いんです。チェンジアップも縦にしっかりと抜けています。
── 変則に見えて、実際は本格派なんですね。
山本昌 体重移動する際に左ヒザが割れて、一瞬上体が倒れるんですけど、リリース時には体を起こして左手が真上から出てくる。村田兆治さん(元・ロッテ)みたいに、最後はきれいなリリースの形になっているんです。野茂英雄くん(元・ドジャースほか)もそうですけど、独特な始動であっても、最終的にどんな形でリリースするかが大事なのではないかと思います。
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【「なんで打てないの?」とは感じない】
── 石戸投手の場合、これだけ頭を振ってもコントロールがいいところが不思議に感じてしまいます。
山本昌 たしかに頭は大きく振られるんですけど、最終的にいい位置まで戻ってきているのがポイントです。左腕を縦に振れる、ちょうどいい位置に頭が戻ってくる。捕手に向かってラインを真っすぐに出せるので、コントロールもいい。カーブも真上からしっかりと切れる。タイプは違いますが、ライデル・マルティネス(巨人)もそんな体の使い方をします。
── プロにも通ずるメカニズムがあるわけですね。
山本昌 私は石戸くんを見て、「なんで打てないの?」とは感じません。ちゃんとした腕の振りと角度があり、しっかりとスピンがかかっているから速く見えるのでしょう。初動の独特な動きにとらわれがちですが、立派な速球派ですよ。
── 130キロ台の球速で勝ってきた山本さんが言うと、余計に説得力を感じます。
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山本昌 角度で言えば星野伸之(元・オリックスほか)に近いですよね。真上のラインから左腕が出てきて、カーブもいい。私は同級生で仲がいいんです(笑)。石戸くんがドラフト候補に上がってくるかどうかはこれから次第ですが、大学以上でも十分に勝負できると感じます。
── 石戸投手の活躍を見て、「球速がすべてではない」と勇気づけられた高校球児も多かっただろうと想像します。
山本昌 高校生はストライクが取れるストレートと変化球がひとつあれば、そうそう打ち込まれることはありません。私は母校の日大藤沢(神奈川)で臨時コーチをしていますが、高校生は四死球から失点するケースが非常に多いですよね。その点で、石戸くんはコントロールもいいので、これだけの成績を残せたのでしょう。
山本昌(やまもと・まさ)/1965年生まれ。神奈川県出身。日大藤沢高から83年ドラフト5位で中日に入団。5年目のシーズン終盤に5勝を挙げブレイク。90年には自身初の2ケタ勝利となる10勝をマーク。その後も中日のエースとして活躍し、最多勝3回(93年、94年、97年)、沢村賞1回(94年)など数々のタイトルを獲得。2006年には41歳1カ月でのノーヒット・ノーランを達成し、14年には49歳0カ月の勝利など、次々と最年長記録を打ち立てた。50歳の15年に現役を引退。現在は野球解説者として活躍中