「トランプ関税」をきっかけに、世界経済は大混乱が続いている。株価や為替の乱高下に戦々恐々とする人も多い。しかし、それでもなぜ、資本主義のゲームから降りられないのか。その心理を、ある名作漫画から紐解いてみたい。
参考:【画像】松本光司『彼岸島 48日後…』連載400回を福本伸行、しげの秀一、南勝久ら人気作家がお祝い! 豪華コラボイラスト
◼︎人間はリスクを正しく評価できない?
取り上げるのは『カイジ』シリーズなどで知られる福本伸行が、1992年から1996年に双葉社「アクションピザッツ」で連載した『銀と金』だ。
『銀と金』は裏社会のフィクサーである通称「銀王」こと平井銀二と、平井に才能を見出された青年・森田鉄雄を主人公とするノワールコミック。大物政治家との裏取引や、連続殺人鬼との心理戦、巨額の金と命を賭けたギャンブル対決など、裏社会で暗躍する男たちの戦いが描かれる。連載時期がバブル崩壊の直後ということもあり、金に翻弄される人々の荒んだ心理描写が生々しい。
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その幕開けとなるエピソードが、株の仕手戦をめぐる攻防だ。ある企業の株を買い占めて売り抜けを画策する資本家・梅谷を、平井らが籠絡して仕手戦を乗っ取り、100億円にも及ぶ売却益をかすめ取ろうとする。
ここで注目したいのが、仕手戦を乗っ取られて放心状態の梅谷が、ふと口にするセリフだ。平井の手下である森田は、梅谷にかつてどのくらいの資産を保有していたのか尋ねる。梅谷の答えは50億円。梅谷は大手不動産・ホテルグループの経営者で莫大な資産を有していたが、仕手戦の攻防のなかでそのほとんどを失っていた。森田は呆れながら、なぜそれ以上の金を欲しがるのかと問い立てる。50億円を預金すれば金利だけで何不自由なく暮らせるではないかと。その言葉に梅谷はうつむきながらつぶやく。
「それは死人の考えや…」
梅谷は言う。人間は損を承知で生きられない。大金を得られる手段があるにも関わらず、銀行口座に塩漬けにしてちまちまと金利を得るのは損でしかないと考えるようになると。
梅谷のセリフからは人間の強欲と狂気を思わせるが、必ずしもそうとは言えない。2002年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者のダニエル・カーネマンと心理学者のエイモス・トベルスキーによると、人間には「利益」よりも「損失」を強く感じ、また確率を歪めて評価する傾向があるという(「プロスペクト理論」)。得られるかもしれないという大金への幻想により、巨大なリスクへ身を投じてしまう梅谷の行動は、プロスペクト理論に重なる。
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つまり、梅谷の狂気性というのは、決して特異なものではなく、万人に共通する特性なのだ。人が終わりなき資本主義のゲームから降りられない理由。それは金に目が眩んで人間性を喪失したからではなく、むしろその逆に、まっとうに人間的であるからなのかもしれない。
◼︎「勝つ」ためには人間性を捨てるべきか
Googleで「投資 鉄則」と検索すると、「株価に一喜一憂しない」といった記事が散見される。感情を排した意思決定こそ、投資における勝利への道筋と考えられているのだろう。
では、資本主義社会で勝ち抜くために、徹底的に人間性を排除すべきなのか。この点についても『銀と金』は示唆を与えている。物語の序盤、平井が森田を仲間に引き入れるシーンだ。
平井は森田の目の前に現金5,000万円を差し出し、ある取引を提案する。とある人物の殺害を手伝ってほしい。相手は死期の近い老人で家族も死を望んでいる。犯行は事故に見せかけるし、罪に問われない手筈も打ってある。この計画に加担すれば、対価として5,000万円を与え、仲間にもしてやろう、と。
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森田は激高し、その場を後にする。しかし、しばらくして舞い戻り、土下座して「殺しなど出来ない!でも…この世界で生きたい…!」と懇願するのだった。
その姿を目にした平井は森田の仲間入りを承諾する。殺害計画は森田の資質を見極めるための作り話だったのである。平井は「今の気持ちをよく覚えておくんだぜ。人を殺したくないという気持ちだ」と告げる。
大金を目の前に冷静さを失うのが人間であるならば、利得のために人間性を放棄したくないのも、本来の姿なのかもしれない。
(文=島袋龍太)
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