四海ゆりさん 高級ブティックやお洒落なBarが立ち並ぶ銀座は、伝統と革新が入り交じる成熟した街だ。この街でホステスとして働き、今年44歳になる四海ゆりさん(@4kaiyuri)は、その傍らで結婚相談所を経営する。洗練された大人の女性だが、学生時代の写真にその面影はない。彼女が夜の街で生きる理由とは――。
◆「変わろう」と思ったきっかけは?
――現在のお姿を拝見すると、学生時代の面影がありませんが(笑)。どういうきっかけで「変わろう」と思ったのでしょうか。
ゆり:学生時代の私はアニメに熱をあげていました。高校生になると声優の養成所に通うなど、アニメ関連の仕事に就くことを希望していました。もちろん、今でもアニメは大好きです。ただ、違うところは、当時は身なりに関心がなかったことです。何しろお小遣いは全額アニメに注ぎ込んでいました。目の前にアニメさえあれば幸せだったんですね。
変わったきっかけというか、「見た目は大事なんだな」とわかった瞬間なら覚えています。高校時代、球場でアルバイトをしていて。一緒に働いていた女子大生たちはみんなキラキラしていて、可愛い人たちで……。私に向けられるお客さんの態度と、彼女たちに対するそれが明らかに違うことに気づいたんです(笑)。「きれいな方が幸せだなぁ」とぼんやり考えたのを覚えています。
◆ギャルの同級生に「メイクしてみない?」と…
――なるほど、それがきっかけでメイクなどに関心が出てくるわけですね。
ゆり:いや、当時はまだそれでエンジンがかかったわけではなく(笑)。本当に「きれいな人は得だなぁ」くらいのぼんやりした感じでした。ただ、メイクに少しだけ関心を持ったのは、高校のクラスメートにメイクをされたときですね。同級生にギャルがたくさんいる学校のなか、私は生徒会に所属するような、見た目通りの真面目キャラでした。
ある日、ギャルの子たちが「メイクしてみない? やってあげるよ」と(笑)。天然パーマなので、アイロンで伸ばしてくれたりして。鏡で対面した自分に、「そんなイケてなくはないかも?」と少しだけ自信が持てたんですよね。ギャルの同級生たちのからっとした明るさが、違う自分を見せてくれました。
◆「実家のスナック」で働いてみたものの…
――ゆりさんは結構早くから水商売をされていますが、スロースターターだったんですね!
ゆり:そうですね。実は実家は四谷でスナックを営んでいます。母がそのスナックのママで、父は中卒で黒服などをやっていた水商売の生き字引みたいな人です。血統的には向いていそうなのに、当時の私はコミュニケーションを取るのがお世辞にも上手ではありませんでした。しかも最初は実家のスナックに勤めたものだから、昔から知っている馴染みのお客様ばかりで、全然修行にならなくて(笑)。
結局、父から「銀座のスナックであれば勤務してもいい」と言われ、自力でお店を探して入店しました。しかしメイクの研究などをして、見た目の印象は少し変わったはずなのですが、なかなか会話は上達しませんでした。コミュニケーションが苦手で、出勤前にお酒を飲んでテンションを自分であげないとお客様としゃべれないダメなホステスでしたね(笑)。
◆「結婚できない男女」をサポートするワケ
――そんなゆりさんがホステスとしても人気になり、婚活で悩む男女をサポートする事業にまで手を広げたのは、なぜでしょうか。
ゆり:私は途中で昼職などを経験して、一度はホステスを辞めたのですが、この世界に戻ってきました。それは、「コミュニケーションで悩んでいる人の助けになりたい」という思いが根底にあるからだと思います。銀座の夜はさまざまなお客様がいらっしゃいます。私たちホステスも、お客様に育てられた部分が大きいと感じます。だからこそ、学んだことを困っている誰かに伝えていけたらと思っているんです。
――結婚ができなくて悩む人はそんなに多いですか。
ゆり:多いと思います。きっかけは、「モテない」と悩んでいる人向けのセミナーを主催する人から、当事者たちにアドバイスしてほしいと頼まれたことだったのですが、その根本にはコミュニケーションの苦手さがあると思いました。モテとか非モテという言い方が一時期盛んにされました。見た目の問題もないとは言いません。ただ、最も大きいのは、些細な気遣いとか言葉遣いの積み重ねで差ができてくるのだと思います。
――銀座できれいに遊べるお客さんのなかには、いわゆる“モテ”がたくさんいますよね。
ゆり:私が見ていて感じるのは、「異性にだけモテる」という人はあまりいないということです。モテる人は必ず、同性からも支持されています。それは、信頼されている証拠だと思います。私は、“モテ”とは信頼のことではないかと考えています。たとえば仕事ができる人は一般的にモテますよね。それは、任された「この人なら任務を全うしてくれる」という信頼があるからだと思うんです。銀座のお客様のなかには、そうした期待を持たせてくれる素敵な男性がたくさんいます。
◆“銀座で飲む男性”の共通点とは
――そんな男性たちに共通することはありますか。
ゆり:仕事ができるのは先ほどお話した通りですが、最も感じるのは「愚痴を言わない」「周囲に感謝している」ということでしょうか。ビジネスの最前線にいる方ばかりなので、緊張感のある場面を幾度も経験していると思いますが、ほとんど愚痴は聞いたことがありません。お酒を飲んでも、楽しいお酒になる方が多いです。また、「いい部下を持った」といって、立場にかかわらず相手へのリスペクトがあり、感謝できる人が多いといつも思っています。
――どんな仕事においても通じる話ですね。
ゆり:そうだと思います。それこそ私たちのような水商売においても、ナンバーワンなどの成績を残せる人は、お客様はもちろんスタッフにも敬意があるし、日頃から仲良くしていますよね。「キャスト同士がいがみ合っている」というイメージを持たれる人もいるのですが、実際には、軋轢があると売上は伸びていきません。ある意味で水商売もチーム戦のようなところがあり、キャスト同士が仲が良く、スタッフとも信頼関係で結ばれているお店が順調に売上を伸ばせる世界だと思います。
――結婚相談所の経営者としては、これからどんな展望がありますか。
ゆり:かつての私のように自分のコミュニケーション能力が低いと悩む人たちに対して、克服するきっかけになれれば嬉しいですよね。「相手の立場に立って物事を考える」「常識的な振る舞いをする」など、字面で見れば「そうだよね」と誰もが納得することでも、実践できるかどうかといえば結構難しかったりもします。そういう一つひとつを丁寧に一緒に考えていって、その先に会員様が望む結婚という未来があればいいなと思っています。
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人とコミュニケーションするのが苦手でも、アニメがあるから幸せだったゆりさんの学生時代。けれども人とのつながりがあれば、好きなものについて語り合うこともできる。人生を深め、豊かにしていくために、人は人と語る。銀座の一等地で対話を売り物にして生き抜いてきたひとりのホステスの挑戦が、結婚できずにくじける若者たちの未来を明るく照らす。
<取材・文/黒島暁生>
【黒島暁生】
ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki