米大統領にドナルド・トランプ氏が返り咲いて、早速各方面に存在感を放っている。ウクライナとロシアの戦争では停戦交渉を仲介し、WHO(世界保健機関)からは脱退を表明。気候変動問題の国際的な枠組みであるパリ協定から離脱する大統領令にも署名した。
一方、ウクライナにはレアメタルなどの資源の優先提供を要求するなど、したたかな交渉ぶりも見せている。
また、米国の貪欲な市場には世界中から商品が持ち込まれている。貿易の不均衡が起きていることを問題視しているトランプ大統領は、海外製品の関税を引き上げることを宣言した。
これにより、多くの国が対応を迫られる事態となっている。中国のように報復関税を即座に表明した国もあれば、欧州各国のように検討段階の国もあり、その対応は分かれるところだ。
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トランプ大統領は「相互関税(お互いに関税を課す)」という表現を用いて、あたかも対等であるような印象を与えようとしている。だが、中国とは貿易戦争を起こすのに十分なきっかけとなるだろう。
●自動車関税の狙いは「現地生産の拡大」だが……
関税(正確には国境関税)とは、国内に商品を持ち込むなら税金を納める必要がある、という制度だ。 国家は予算を確保するため、国民に税金を課し、国債を発行して資金を調達している。
関税は海外から持ち込まれる物品に対して輸入する者が支払う税で、個人輸入でもビジネスとして輸入しても徴収され、相手国や品目により税率などが定められている。最終的に経済のバランスを国家単位でとる以上、これは当然のことだ。
特に自動車は高価であり、購入後もメンテナンスなどで部品が販売されるため、輸入金額も大きくなる。
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関税はクルマ本体だけでなく、部品レベルでも課せられることが多い。どんな品目をどんな税率にするかは輸入する国が決めるので、交渉によってお互いにゼロ関税として貿易を行いやすくしたり、輸入品の価格調整によって自国産業を保護したりすることに利用されている。
トランプ政権が目指したのは、関税を引き上げることにより、海外で生産して米国内で販売しているクルマの生産拠点を米国内へと移させることだった。これにより国内産業が活気付き、強い米国を取り戻す、というのが、国民に向けたトランプ大統領のメッセージだった。
しかし、事はそう単純には進まない。あくまでもトランプ大統領は自分の実行力を米国民に証明することを優先して、過激な発言や行動を起こしているだけなのだ。その証拠に、すでに何度も関税に対する条件は変更されている。それによって、より現実的な政策へと修正していく、行き当たりばったりの手法なのだ。
米国と貿易している国はそれに巻き込まれている状況で、米国債市場や米国株式市場、為替市場も乱高下するなど、米国内の経済も混乱に陥っている。
中でも自動車業界への影響は大きく、各国の自動車メーカーの経営陣は動揺を隠せない。
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●日本の自動車産業が直面してきた、米国との貿易摩擦
日本においてもそれは同様で、これまでの自動車関税交渉の歴史が思い起こされる。日本の自動車メーカーは、オイルショックや排ガス規制を乗り越えた1980年代から米国市場でシェアを伸ばし始め、その結果、貿易摩擦が生じた。
日本車が北米市場で人気を得ると、貿易摩擦により米国側からさまざまな要求が突き付けられ、その対策として現地生産を進めてきたという歴史がある。したがって、すでに日本の自動車産業は、米国内に生産拠点をいくつも持っている。
日本自動車工業会(自工会)によれば、2024年末時点で、会員企業は米国内での製造に累計660億ドル(約9兆円)超を投資してきた。現在は、27州で24の製造工場、43の研究開発施設、70の物流拠点を運営し、11万人以上の米国内直接雇用を生み出し、経済波及効果も含めれば220万人以上の雇用を支えているという。
現地生産化は北米だけでなく、欧州でもASEANでも行われている。今や日本の自動車メーカーでも、多くは海外の方が生産比率が高いのである。
●米国の国民と企業にも大きなダメージ
また、関税は製品価格に反映されるため、最終的には米国の関税を負担するのは米国民ということになる。もちろん関税によって価格が上昇すれば消費者に選ばれにくくなってしまうから、日本や欧州の自動車メーカーは利益を削って値上げ幅を縮小しようとするだろう。
しかし25%もの関税を課せられたら、値上げは避けられないため、米国民の懐も直撃するのだ。これによりインフレが進んで米国経済が悪化すると投資家(ファンドを含む)が判断して株式市場は一気に下落、その後もドル安、株価の乱高下が続いている。
仮に日本車が現在より20%前後値上がりしたら、米国民はどうするだろうか。別のクルマを選ぶといっても、ドイツ車も韓国車も同じように値上がりする。安かった韓国車は日本車以上に値上げ幅が大きくなりそうだ。
日本車の現地生産率が引き上げられるだろうか? それも対策の一つではあるが、そもそも労働者が足りず賃金も高い状況では、今以上に生産台数を増やすのも難しそうだ。
つまりトランプ大統領が当初唱えていた、現地生産比率を高めるための関税引き上げは机上の空論でしかなく、実効性は薄い。
しかも米国メーカーのクルマですら、米国内で生産されてはいるが、その多くは組み立て作業だけで、部品の内製率は北米生産の日本車よりも低い。つまり、米国が自動車関税を引き上げると、ダメージを負うのは米国メーカーも同じなのである。
●日本はどう交渉していくのか
そして中国製のEVやPHEVは今後、米国内で価格が急上昇し、競争力が大きく低下していくと考えられる。これまでダンピングに近い行為が行われていたが、関税によって是正されれば中国企業は急速に勢いを失い、中国国内の景気も悪化するだろう。いかに大きな中国市場でも、実はそれを支えていたのは、米国や欧州市場などで外貨を獲得するために補助金で後押ししていた中国政府だからだ。
中国は、今回のトランプ政権の決定を不服として、100%を超える報復関税を打ち出している。米国からは主に燃料や穀物などを輸入しているが、その価格が倍以上に跳ね上がれば、中国の国内経済もかなりのダメージとなるはずだ。
かつて米国と日本の貿易摩擦問題では、日本製品の関税を引き下げてもらう代わりに穀物の輸入量を拡大したという交渉もあった。今回も、クルマ以外の分野で不均衡を是正できるよう交渉すべきだろう。
クルマ以外の品目では、日本に需要がある米国製品も少なくないが、米国メーカーの製品であっても米国内で製造されていないことが多い。例えば、アップルのiPhoneだ。米国で稼ぎ頭の巨大テック企業でもハードウェアを作っているところは少なく(一応Googleもスマートフォンを作っているが)、しかもそのほとんどは米国内で生産されていない。
そう思っていたら、この原稿を書いている途中で、スマホと半導体は相互関税を免除するとトランプ政権が発表した。これはGAFAMなど米国企業への対応であり、米国民の負担増による不満を解消するのも狙いのようだ。その後も、追加の相互関税について90日間の発動猶予を発表するなど、相互関税の内容は目まぐるしく変化している。そのため、世界の政府や企業は振り回されている。
トランプ大統領が目指しているのは、米国民が納得する成果であり、相手国の政府や国民がどう思おうとどうでもいいのだ。だから「日本はコメに700%も関税を課している!」という事実に反する暴論(実際には200%らしい)も平気で言い放つのである。
そして中国は、報復関税の発動を発表すると同時に、レアアースの輸出制限を始めたようだ。完全に有利な立場かと思えたトランプ大統領も、毎日のように発言してはその内容を修正したり、新たな条件を付け加えたりしている。
結局、相互関税は誰も得をしない政策だといえるだろう。だからFTA(自由貿易協定=お互いに関税をゼロにする協定)やTPP(環太平洋パートナーシップ協定)などの非関税の枠組みづくりが進められてきたのだ。
4月14日には自動車関税を見直すことを検討していると言い出すなど、今後のトランプ政権の動きはまったく予測できない状況と言っていい。思い通りの方向に進んでいないことに、いら立ちを感じているのではないだろうか。
日本は今後、自動車関税に対して有効な妥協策を打ち出せるのか。トランプ政権の迷走ぶりとともに、日本側の交渉ぶりも見守っていきたい。
(高根英幸)
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