映画『チア☆ダン』のモデルとなった福井商業高校の素人チア部は、なぜ全米1位になれたのか? 顧問が語る、本の魔法

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2025年04月18日 13:00  リアルサウンド

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映画『チア☆ダン』のモデルとなったJETSの顧問長谷川裕子さんと初著書『いつだって人は変われる』

 まったくの未経験だったにも関わらず、「全米1位になる!」と夢を掲げて、バトン部をチアリーダー部「JETS」に変革。素人集団だった福井商業高校を見事、全米チアダンス選手権大会優勝へと導いたのが、顧問の五十嵐裕子さんだ。


 『チア☆ダン』の名で映画化・ドラマ化されたので、そちらを知る方も多いだろう。実は、その後もJETSは全米1位を重ね、通算で9回もの優勝を誇る名門校に育っている。


  そんな五十嵐さんが、最近初めての著書『いつだって人は変われる』を上梓。チームと自分を世界トップにまで導いてくれた“コトバ”について記し、話題となった。


 「できっこない」を成し遂げるまでに至らせたのは、どんなコトバだったのか?  「いつだって人は変われる」と言えるワケとは?今も福井商業高校で体育教師と『JETS』顧問をしている五十嵐さんに伺った。



本との出会いで変わった「落ちこぼれ」教師

――五十嵐さんが福井商業高校でJETSを起ち上げてから、もう20年目に入ったそうですね。


五十嵐:早いですね。ただ、福井商業はずっと野球部が甲子園大会出場常連の名門校。あちらは100周年ですからね。まだまだです(笑)。


――それこそJETSは野球部の試合を応援するバトン部が前身。五十嵐さんが「全米1位のチアダンスチームになる!」とチアダンス部に変えられました。ご自身もチームも未経験の中で、その夢を叶えたのは痛快でもありますが、実際は大変だったのでは?


五十嵐:大変でしたよ。そもそもは偶然観た神奈川の高校生チーム(厚木高校ダンスドリル部IMPISH)が、全米チアダンス選手権大会で優勝したテレビ番組に触発され、突然、「全米1位を目指そう!」と言い始めたのがきっかけ。生徒たちからは「何を言っているんだ、あのおばさん」と思われる。他の教師や親御さんからも「あの人、おかしい」と後ろ指を刺される。そんな具合でした。ただ、それはそうですよ。私は体育教師で、過去はバレーボールの経験はありましたが、チアダンスの経験はゼロ。芽生えた“思い”だけで突っ走っていましたからね。


――転機となったのは、自分が教えるのではなく「プロデューサーに徹しよう」と考えられたことだと思います。その発想はどこから?


五十嵐:本にも書きましたが、私は福井商業高校に来る前任校で、「ドラマに出てくるような熱血教師になろう!」と空回りした経験があったんです。熱血漢の教師がラグビーを通して生徒たちを日本一にしていくテレビドラマの『スクールウォーズ』世代だったので、あんな先生になりたいと、生徒の誰しもに厳しく熱血指導をした。


  ところが、生徒は誰もついてこない。むしろ嫌われて、卒業式では「もう五十嵐先生に会わなくすむ」と捨てゼリフをはかれるほどでした。もうショックで、メンタルをやられて、本当に不登校寸前になったのです。一時は、教師をやめようとすら考えました。だから、別の学校でイチからやり直せるなら、「自分が! 自分が!!」と引っ張っていこうとするのではなく、違うやり方をしなくてはダメだ、と強く思ったのです。


――前任校では、「自分が指導してやろう」という気持ちが強すぎて、失敗したから、反転したわけですね。


五十嵐:「みんなついてこい!」と格好つけて先頭を走っていたつもりが、振り向くと誰もついてきていませんでしたからね(苦笑)。大失敗をしてどん底になったからこそ、変われたのだと思います。以前の私なら、チアダンスを自ら習い始めて、「私が教える!」とやっちゃっていたと思います。しかし、一か八か勇気を出して厚木高校を全米1位に導いた前田千代コーチに声をかけて、実際のチア指導をお願いしたところ奇跡的に引き受けてくださったのです。私は、そうした環境づくりとともに、選手たちへの声がけをする役割に徹しようと考えられた。変われたのです。本との出会いも大きかったんですよ。


――そのときに出会った本とは?


五十嵐:原田隆史さんの『本気の教育でなければ子どもは変わらない』(日経BP)です。原田先生は、今は企業向けの人材教育などを手掛けていますが、もともとは大阪市内の公立中学校の先生で、学校を立て直すとともに、陸上部の顧問として、13回の日本一に輝かせる実績を作った方です。その原田先生が、本書で最も大切なのは、先生が生徒に強く何かを言っても、「“心のコップ”が上をむいていなければ意味がない」と説いていたのです。


――心のコップですか?


五十嵐:素直に言葉を受け入れるマインドが開かれていなければ、どんな言葉をかけても意味がないと。結局は、人を強引に動かすことはできない。誰かにいやいや動かされた人間が結果を出すことは難しいですからね。しかし、本人が自主・自立で動く、「こうしたい」という気持ちはものすごく強い。だから、まずは一人ひとりを自主・自立の気持ちに持っていくことこそが大事で、そうなれば、「心のコップ」が開く。素直に言葉を聞き入れてくれるようになる、といったことが書かれていました。


  まさに目からウロコでした。私が目指すべきは強力なリーダーシップではない。JETSのメンバー一人ひとりを自主・自立した存在にして、心のコップを開いて、そこにふさわしい言葉を注いでいけばいいだけだと考えたのです。


――なるほど。そのスタイルで素人集団だったJETSは、スポンジが水を吸い込むように、力をつけていき、全米1位にまでたどり着く。ご著書『いつだって人は変われる』にも紹介されていますが、言葉の力が本当に大きかったのですね。


五十嵐:そのとおりです。繰り返しになりますが、私自身は実績もなにもない人間でしたからね。拙い経験だけから言葉をひねりだしても、生徒たちには響かないと考えた。それならば私の言葉ではなく、本などに記された、すでに実績と力のある言葉を多く使わせてもらいました。うん、言葉の力は、本当に強いと実感していますね。


ほんの「1ミリの勇気」が未来を変える

――本書でも紹介されていますが、あらためてJETSが躍進するうえで、重要だった言葉をいくつか教えてもらえますか?


五十嵐:まずは「明るく 素直に 美しく」ですね。JETSに入部したら、この3つの言葉を必ず教えてきました。中でも「素直さ」はJETSの強さに直結しています。「素直さ」は先にあげた原田先生の本にもあったし、経営の神様として知られる松下幸之助さんの本などにもよく出てきますよね。何かにとらわれず素直な心があれば、人の意見も聞き入れられるし、正しい道に進める。加えて、とても大事なのが「明るさ」です。


――「明るさ」が強さになる理由は?


五十嵐:明るく笑顔でいる人を見ると、こちらも元気になりますよね。逆に暗く、ネガティブなことばかり言っている人が近くにいると、こちらまで落ち込んでしまう。ものすごく当たり前のことですが、チームや組織は暗いよりも明るいほうが前向きになって、夢に向かって走りやすくなるのです。「明るさ」に関しては、とくに松下幸之助さんも師事した中村天風さんの本で学びました。天風さんは身体が弱く、病をわずらっていましたが、師匠に「そんなくよくよした表情をするな。暗い顔でいて病気が治るならそうすればいいが、変わらないなら、明るくしていろ」といったことを言われます。


「確かにそうだな」と以来、笑顔でいるようになった。すると気持ちも晴れやかになるし、周りも明るくなる。心も身体もポジティブになる、というわけです。確かに、JETSの生徒たちを見ていても、明るい笑顔を絶やさない子のほうが、ぐんぐん上手くなっていくんですよ。成長の速度が違う。そうやって、本にあったことをJETSのみんなと実践して、体感すると、またさらに先人の言葉が響くようになる。結果として心のコップが上を向いて、また自立的に誰しもがんばるようになる……といういい循環が生まれるんですよ。


――経営者では京セラやKDDIの創業者で、JAL再建も果たした稲盛和夫さんの本からの言葉も引用されていましたね。


五十嵐:「自利利他」ですね。他人の利益と自分の利益を両立させること、他人の利益をないがしろにしないことが大事だと。もとは仏教の言葉ですが、まさに稲盛さんは「世のため人のため」が行動原則にあった。自分のために、ではなく、誰かのために動くほうがよほど力を発揮するということも知っていたのだと思います。


――ただ、利他の心と自分の利益を両立させるのは難しくないですか?


五十嵐:最初はそう思いますよね。しかし、これもJETSの子たちを見るとわかるのですが、「利他の心がある子のほうが強いな」と実感するシーンが多いんですよ。たとえば、チームの1軍はオーディションで決めます。これに落ちたときや直前の入れ替えがあったときに、大泣きする子は、なかなか再度上に上がれません。


――気持ちが強い、意識が高い子にも思えますが……。


五十嵐:自分のことだけが悲しくて泣いているからです。チームがよくなる、という目線が欠けている。たとえば、ひと一人の思いや力って知れています。誰かのために、みんなのために、と利他の思いが強いほうが、個人の力もうんと発揮できる。東日本大震災の直後の女子サッカー・ワールドカップで、神がかった試合を続けて優勝までいったなでしこジャパンなどが、そうでしたよね?  チームでは、ただうまい子よりも、そうした利他の心を持つ人間のほうが、確実に強いし、最後の最後に力を振り絞れるんですよ。


――なるほど。あと個人的には「1ミリの勇気」という言葉が印象に残りました。


五十嵐:ありがとうございます。本当に夢って、ほんの少し勇気を出して、1ミリだけでも踏み込んでみること。その連続が実現につながると思うのです。「チアダンスで全米1位になる!」と宣言してみること。前田コーチに「JETSのコーチになってください!」と手紙で頼んでみること。すべて1ミリずつの勇気を出した結果がつながっていった。実はこれ、若い頃からトレーニングを重ねた結果でもあるんです。新任教師の頃から、ちょっとした職員会議などでも必ず「はい!」と手をあげて意見するようにしていました。


  最初はドキドキするし、「くだらない」と一蹴されることもありましたが、慣れるんですよね。ほんの1ミリ、勇気を出して前に進むことが、慣れになる。すると、気がつけばものすごく前進することになっている。私が変われたのは、そのおかげだし、この本が『いつだって人は変われる』としたのも、こうしたちょっとした勇気で、誰だっていつからだって変われると実感しているからなんですよ。


――それこそ勇気をもらえる言葉ですね。本書を読んでさらに、五十嵐さんのルーツをたどるとしたら、どんな本をオススメされますか?


五十嵐:やはり原田先生の『本気の教育でなければ子どもは変わらない』(日経BP)と、松下幸之助さんの『指導者の条件』(PHP研究所)、そして稲盛和夫さんの『成功の要諦』(到知出版社)ですね。先人の言葉が、私とJETSを形作ってきた。まだまったく及びませんが、私のこの本も、誰かの心と行動を、1ミリでも動かす力になれたら、本当にうれしいですね。



五十嵐裕子『いつだって人は変われる』出版記念講演会のお知らせ


  2025年4月29日(火)福井県で開催される講演会では、五十嵐裕子さんの「夢をかなえる魔法の言葉」の数々を披露するとともに、チアリーダー部「JETS」のミニショーを合わせて開催。ぜひご参加ください。


詳細・申込はこちらから
https://peatix.com/event/4351825



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