
3月24日から、スターバックスに緑のプラストローが帰ってきた! でも、なぜスタバは紙ストローを廃止したのだろうか? そのワケを掘り下げると......えっ、そもそも紙ストローって環境にやさしくない!?
■紙ストローの発端は一匹のウミガメ
スターバックスが、2020年から採用している紙ストローの提供をやめた。各店舗で順次、プラスチック製ストローへの変更を進めている。脱プラスチックムーブメントの象徴だった紙ストローを、なぜ廃止するのだろうか?
まず、スターバックスやマクドナルドをはじめとしたグローバル企業がこぞって紙ストローを採用した理由を、経済活動の環境負荷について研究をしている、東京大学大学院の中谷隼(なかたに・じゅん)准教授に聞いた。
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「脱プラスチックの動きは欧米を中心に起こっていましたが、世界中で紙ストローの採用が始まった最大のきっかけは、一匹の亀でした。15年にネット上で拡散された、鼻にプラストローが刺さったウミガメの動画を覚えていますか? あれが火をつける形で紙ストローへの転換が一気に進んだのです」
動画ではウミガメの鼻からストローを抜く様子が映されているが、いかにも痛そうで、人々の共感を誘ったのは間違いない。
紙ストローなら万が一、海に捨てられても分解されるため、海生生物を傷つけるリスクは大幅に減りそうだ。おまけに環境にも良いならどんどん広まっていきそうなのに、なぜスターバックスは提供をやめるのか?
「直接の理由はお客さんの評判が良くなかったことだと思いますが、根本的には『紙ストローが環境に良い』という主張には根拠がなかったのが原因です。私も『エビデンスもないのによくやるなあ』と思っていました」
自然素材から作られる紙ストローなら石油から作るプラストローよりも環境に良さそうな気がしますが、違うんですか?
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「ちょっと整理しましょう。まず、地球温暖化をもたらす温室効果ガスを削減するためには、石油の使用量を減らすのが効果的です。温室効果ガスにはいくつか種類があるのですが、石油などを燃やすと出るCO2の影響が大きいためです。
その意味では『脱プラストロー』は環境に良いのですが、紙ストローで代替するとなると話は変わってきます。原材料の収集から廃棄までの過程全体で比べると、紙ストローのほうがプラストローよりもCO2排出量が多いらしいことがわかってきたためです」
やや意外なデータだが、どうしてそのような結果になるのだろうか。
「紙ストローは、木材→パルプ→紙→紙ストローと進む生産工程で、プラストローを上回るCO2を排出します。
焼却時に出るCO2は同じくらいですが、紙ストローは『原材料の木だったときに吸収したCO2の分は焼却時のCO2から差し引ける』という国際ルールがあるため、紙ストローのほうが有利ですね。とはいえ、過程全体で見ると、おそらく紙ストローのほうがCO2を出していると考えられます」
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中谷先生は、もともと紙ストローの流行を冷ややかに眺めていたという。
「そもそも目的があいまいでしたよね。例えばプラ製品を減らすためなのか、それとも海洋生物を守るためなのかでも、取るべき手段は異なります。その観点でも紙ストロー化は不思議でした」
■メーカーが語る紙ストローの欠点
実は、ここ数年の紙ストローブームに流されなかったストローメーカーがある。国産業務用ストローのシェア5割を誇る、岡山県のシバセ工業だ。
「『紙ストローが流行してますけど、御社はやらないの?』と何度も聞かれましたが、そのたびに『やりません』ときっぱり断ってきました」
シバセ工業営業部部長の玉石一馬氏はこう言う。
「私たちのお客さんはストローや食材を扱う商社さんなのですが、『紙ストローを扱ってくれ』という要望はたくさんありました。でも、そのたびに『今はブームだけど、いずれ確実に消えるから、在庫があると負担になりますよ』と言ってきました」
そう言い切れる根拠はどこに?
「総合的に考えると、明らかにメリットが小さいからです。まず、よく言われるように使用感が良くないですし、すぐにふやけたり折れたりと耐久性が低い。さらに価格も高いですから、飲食店にとっても扱いづらいんです。
それだけではなく、紙の味がしたり、飲料に紙粉が混じることもあります。さらに怖いのは、紙ストローは素材の紙をらせん状に巻いて作っているのですが、そのときに使う接着剤が人体に有害である可能性を否定できないこと。
紙ストローは海外製が多いのですが、果たして接着剤の安全性まで十分に配慮されているでしょうか? 確かに紙ストローならウミガメの鼻には入りにくいかもしれませんが、そもそもそんなケースは例外的です」
さらに最近は、中谷先生が語ったように、環境面でもメリットがないことがわかってきた。そこにスターバックスの紙ストローからの撤退が報じられたことで、風向きが一気に変わりつつある。
ユーザーや飲食店にあまりメリットがなかった紙ストローが世界中を席巻したのは不思議な気もするが、背景にはプラスチックへの根拠なき「悪者扱い」があったと玉石氏は言う。
「ひと言でまとめると、ストローが鼻に刺さったウミガメの写真のインパクトで『プラストロー=悪』のイメージが広がってしまったからではないでしょうか。そこでほかの素材を探したところ、なんとなくオーガニックで環境にいいイメージがある紙のストローが適切だということになったのだと思います」
中谷先生も同意する。
「ストローに限らず、プラスチックはなぜか批判されやすい気はします。でも、プラスチックの作り方や種類をきちんと理解している人は少ないのではないでしょうか」
ところで、紙ストローをやめたスターバックスだが、実は以前と同じプラストローに戻るのではない。植物性の原料から作る「バイオマスプラスチック」のストローに切り替えたのだ。
実はシバセ工業も、23年からバイオマスプラスチック製のストローを商品化している。ただし、スターバックスのバイオマスプラスチックとは種類が異なる。
「バイオマスプラスチックには、微生物に分解される『生分解性』のものと『非分解性』のものとがあって、スターバックスは前者ですが、われわれは通常のプラスチックとまったく同じように使える後者を選びました。
従来のプラストローに比べれば少し値は張りますが、見た目も触感も従来のプラスチックとまったく一緒ですから、飲み物の風味を損ねないのが強みです。
そもそもプラスチックは原油を蒸留して作られるのですが、原油の代わりに植物由来のアルコールから作るのが非分解性バイオマスプラスチックで、化学式は石油のプラスチックとまったく同じ。
つまり、物質的には同一なんですよ。でも、元は植物としてCO2を吸収していたわけですから、過程全体のCO2排出量は小さくなるというわけです」
一方でスターバックスが新たに採用する生分解性バイオマスプラスチックは作り方が違い、一般的にはCO2排出量もやや多いとされる。だが、米国ではゴミを埋めて処分することが多いため(日本は焼却が主流)、米国系企業であるスターバックスは生分解性を選んだのではないかと玉石氏は推測する。
■ストローが人類の未来を左右する
毎年、世界でおよそ5億トンも作られ、生活の隅々にまで浸透しているプラスチックは、現代社会に欠かせない素材だ。だが、そのプラスチックを巡る状況は日々、目まぐるしく変わっていると中谷先生は言う。
「繰り返しになりますが、地球温暖化対策としてプラスチックを減らさなければいけないのは間違いありません。また、今後はEVシフトが進むことで石油需要が激減すると予想されていますが、そうなると製油所の生産能力が縮小し、プラスチックの材料になる石油の価格が上がっていく可能性があります。
そういった観点ではバイオマスプラスチックが注目される流れは好ましいですし、実際、世界での生産量は急増していますが、それでも年間300万tほどしかありません。通常のプラスチックより2桁少ない。
すべてのプラスチックをバイオマスに置き換えるのはとても無理でしょう。また、原材料にはブラジルのサトウキビがよく使われるのですが、それが各国で奪い合いになるのも本末転倒です」
中谷先生は、喫茶店ではストローを使わないようにしているという。
「私たちの暮らしを支えるプラスチックの生産量は、今後もどんどん増えていくと予測されています。世界はプラスチックに依存してしまっているのです。地球環境のためにはこのままではいけないのですが、わかりやすい解決策はありません。
結局のところは、バイオマスへの置き換えやリサイクル、そしてプラスチックを使う機会を減らす努力を地道に続けるしかありません」
何げなく使う一本のストローが、人類の未来に関わっている。紙ストローの廃止は、前に進むための第一歩なのだ。
取材・文/佐藤 喬 写真/iStock