
高齢になれば誰にでも起こりうる白内障。しかし、スマホなどの影響で若い世代でも増加している。実際に白内障になり、手術で視力を回復したという演出家・宮本亞門さん。症状や手術に至る経緯、術後の見え方の変化まで詳細に語ってくれた。
近視が進行しているのだと考えていた
「1年ほど前から星がよく見えなくなったんです。周りの人が“満天の星々だね”と言っても、僕には北極星と月しか見えなくて。でも年を重ねると誰しもこんなものだろうと諦めていたんです」
そう話すのは、演出家の宮本亞門さんだ。今年の1月末に眼科で検査を受け、白内障の診断が下ってからわずか3日後。2月3日に手術を受けた。今回は手術のきっかけや、術後2週間が経過した現状について語ってくれた。
「年齢とともに目が疲れやすくなったり、視界がぼやけることはありましたが、まさか白内障とは思わなくて。近視と乱視はあったけれど老眼ではなかったので、近視が進行しているのだと考えていたんです」
異変を感じたのは、度々滞在している沖縄で、車の運転をしていたときだった。
|
|
「おかしいと気づいたのは、5か月前ですね。対向車のライトがものすごく眩しく感じて、全体的にぼんやり明るく見えるようになったんです。一方でトンネルに入ると、一段と暗く感じてよく見えない。沖縄は街灯も少ないですし、いつ人や動物が飛び出してくるかわからないので、これは怖いぞと。
そこで片目ずつ手で隠し、見え方の違いを確かめてみたところ、右目が完全にぼやけていることに衝撃を受けて。毎年視力検査はしていたけれど、今までは左の目で補うように見ていたんだと、そのとき初めて気づきました。
これはあくまで個人的な見解ですが、パソコンや携帯の画面の見すぎで、視力が急激に悪化した気がするんですよ。モニターの強い光で目が疲れますしね」
運転事故を起こしてからでは遅いと、宮本さんは白内障の可能性を疑い、情報を集めていく。白内障とは目のレンズの役割をする水晶体が白く濁り、視力が低下する病気で、症状が進行した場合は手術を行うのが基本だと知る。
手術は濁った水晶体を取り除き、人工のレンズに取り換える水晶体再建術というもので、短時間で終わると知り、病院を受診した。
|
|
「やはり白内障の診断でした。僕はコンタクトレンズを入れることすら怖いですし、目に異物が入るなんて耐えられない。でも先生の“手術をすれば赤ちゃんの目に戻りますよ、全部が見えるようになります”という言葉がうれしくて。それなら人生の中でたった30分くらいは我慢しようと自分に言い聞かせ、手術に臨みました」
医師と話し合った結果、両目同時に手術を行うことが決まり、運転のために遠くがよく見えるレンズが選ばれた。
ローラーコースターに乗っている気分に
「それでも怖かったので全身麻酔を希望したのですが、点眼麻酔で絶対に大丈夫だからと念を押されました(笑)。手術中、先生の手が見えた後は真っ白な強い光がずっと当たっていて。その中に3つの黒い点が現れてそこをじっと見るように言われるんです。その点が時々左右にぐわっと曲がり、まるでローラーコースターに乗っている気分になりましたが、手術は予定どおり30分で終わりました」
術後は痛みも痒みもなく、歩いて帰宅できた。しかし不安を感じる瞬間もあったという。
「ややぼけやた状態ですが、術後すぐでも目は見えました。でもまだレンズがピタッとハマらず異物感があり、めまいがすることはありましたね。平衡感覚がなくなる瞬間もあって、立ち止まりながらゆっくり歩いて帰りました。
|
|
光が眩しく疲れるので、仮眠をとってから夕方に外に出てみたんです。すると街灯から車のランプまであらゆる光が何重にも連なって大きな輪っかが見えるんですよ! はっきり見えるけど、すべてが眩しく輝いて見える異様な世界で、なんだこれは!?と。もしずっとこのままだったら……と恐ろしくなりました」
しかし翌朝には目の調子も戻り、経過は順調だ。術後1週間は目の保護のため洗髪をしない、1か月はサウナや海水浴を控えるほか、眩しいものを見ないようにサングラスをする、目にホコリが入らないように眼鏡をかけるなどの注意が必要だが、現在は1日4回の点眼以外は、普段どおりの生活を送れている。
「翌朝には植物の色から空まで全部がはっきり見えて、子どものようにぼーっと周りを見渡して、感動しましたね。もう一生、満天の星を見られないと思っていたので、また新たな人生がスタートした気分。
手術から4日後と1週間後に検診に行きましたが、経過は順調です。目が疲れやすかったり、手元を見るときはやや不安定ですが、まだ2週間しかたっていないですから。すべてが順応するには1か月ほどかかると言われているので、今はしばらく様子を見ています」
視力が回復したことで、より意欲的に日々を送っている。
「舞台演出では照明を丁寧につくり込むのが好きなので、一段と美しい舞台をつくっていきたいですね。役者たちは僕がまた細かいことを言い出すんだろうと怖がっていますが(笑)。白内障の手術を受けるか否かは“自分がどんな人生を歩みたいか”に尽きると思うんです。
多少見えにくくても構わない方は、無理に手術をする必要はないかもしれません。ただ僕の場合は夜空を見て感動したいし、美しいものを見て幸せだと感じたい。死ぬまで五感を磨き続けていたいんです。それを叶えてくれた技術の進歩に大感謝ですし、人生をより味わいたい方は、手術を受けるのも選択肢のひとつだと思いますね」
予防でいちばん差が出るのは60代
白内障は50代の約半数、80代では99%が罹る身近な病気で、日本では年間150万件以上もの手術が行われている。手術を受けるタイミングや注意すべき点について、眼科医の平松類先生に話を伺った。
「白内障の予防でいちばん差が出るのは60代です。紫外線を浴びた量や目の酷使度合いによって、手術すべきか否かが変わってきます。日本では70代で手術をされる方が最も多いのですが、これは40代から始まった老眼の進行が70代で止まるので、目のピント調節機能などの状態に変化がなく、術後の経過もよい場合が多いからです」
目安としては視力が0.3〜0.5を下回ったときは手術を受けたほうがよいそう。
「白内障がかなり強い状態なので日常生活に支障が出ますし、放置すると悪化し、超音波乳化吸引術という水晶体を砕いて吸引する施術の際に強い力を加える必要があり、場合によっては角膜内皮細胞が弱くなったり、負荷がかかるリスクが生じるからです」
手術を受ける際にも、患者が気をつけるべきポイントが3つあるそう。
「1つ目は、目をつぶろうとしないこと。ベル現象といって、人は目をつぶると黒目が上を向くんです。目を閉じようとするだけでも上向きになり、手術できる範囲が狭まってしまいます。2つ目は、強くいきんだり力を入れないこと。力を加えると眼圧が上がってしまい、新しいレンズが入りにくくなることがあるんです。
緊張すると血圧も上がりがちなので、深呼吸をしてできるだけリラックスしましょう。3つ目は、目をきょろきょろ動かさないことです。何が起きているのか見たくなったり、強い光を当てながら手術をするので、真っすぐ前を見続けるのは眩しいと思います。ですが、眼球が動くと手術の難易度が上がってしまうので、我慢しましょう」
もし視力の低下が気になったら、過度に手術を怖がらず、早めに眼科医へ相談してみよう。
取材・文/小野寺悦子
みやもと・あもん 演出家。1958年、東京・銀座生まれ。2004年には東洋人初の演出家としてオンブロードウェイにて『太平洋序曲』を上演し、同作はトニー賞4部門にノミネート。ミュージカル、ストレートプレイ、オペラ、歌舞伎など、ジャンルを問わず幅広く作品を手がける。