『男爵と魚 (オーストリア綺想小説コレクション 2)』ペーター・マーギンター こんな作品があったとかという驚きを味わわせてくれる好企画《オーストリア綺想小説コレクション》の第二弾である。最初の一冊、ヘルベルト・ローゼンドルファー『廃墟建築家』は、この欄でも取りあげた(https://www.webdoku.jp/newshz/maki/2025/01/14/113000.html)。ほとんどのできごとが巨大地下シェルターのなかでおこる『廃墟建築家』とは対照的に、本書はめまぐるしく物語が移り変わる。ヘンテコな小説が好きな当方にとっては、その落ち着きのなさがとても魅力的だ。
クロイツ‐クヴェルハイム男爵は魚類研究家として名高い独身貴族だったが、政治的に対立するカワウソ党の陰謀により故郷オーストリアを追われ、親類筋にあたるスコットランドの城に身を寄せる。彼に付き添うのは、ふとしたきっかけで男爵と親しくなった青年ジーモン・アイベルと、男爵の忠実な従者である黒人のペピだ。
スコットランドの城では、六百三十一歳になったご先祖がウィスキー樽のなかから登場。このあたりのラブレー的な狂躁感がなんともステキだ。ご先祖さまが男爵にアドバイスしたのは、気球によるオーストリア急襲である。さっそく気球戦団が組織され、意気揚々と征伐への途につくが、嵐に見舞われて行き先を見失ってしまう。男爵、ジーモン、ペピが乗った気球は、ピレネー山麓に不時着。そこから軍勢を立て直すかと思いきや、さにあらず。
男爵は地元住民たちが噂する歌う魚の伝説にすっかり魅せられ、もうオーストリアのことなど二の次だ。いざ、歌う魚が棲むという洞窟へ探検に行かん!
学術的興味を優先する社会的地位のある壮年(少し変人)、彼と肝胆相照らす仲の青年(読者が感情移入しやすい人物)、優秀な使用人(人種的マイノリティ)、この三人のチーム編成。気球や洞窟といった道具立て。博物学的蘊蓄をふんだんに織りこんだ叙述。そうやって要素を取りだしてみると、この作品はジュール・ヴェルヌの《驚異の旅》シリーズを彷彿とさせる。
もっとも、近代のテクノロジカルな感覚を主体としたヴェルヌ作品と対照的に、『男爵と魚』は錬金術医的な世界観、偶然が連鎖する劇的運命論、人智がおよばぬ超越的な宇宙の予感などが、平然と織りこまれる。全体的にみればオカルティックというわけではないが、すべて辻褄が合って終わる物語でもない。
洞窟探険の顛末に加えて、千里眼を持つ老女、空中浮揚、原子の間隔を縮める縮小扉、人造人間(ホモンクルス)などが、男爵たちの行く手に絡んでくる。
描かれている事物、冒険ロマンの波瀾万丈においてヴェルヌと同時代の雰囲気がある作品だが、終盤の登場人物の議論のなかでサルトルについて言及されるなど、一筋縄ではいかない。ちなみに発表されたのは1966年である。
(牧眞司)
『男爵と魚 (オーストリア綺想小説コレクション 2)』
著者:ペーター・マーギンター,垂野創一郎
出版社:国書刊行会
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