

10歳の時、『リバー・ランズ・スルー・イット』(92)で映画デビューし、『500)日のサマー』(09)や『スノーデン』(16)などでも知られる名優、ジョセフ・ゴードン=レヴィット。11歳で子役としての活動を始め、監督としての長編第3作『ブルータリスト』(24)でアカデミー作品賞、監督賞ほか10部門にノミネートされたブラディ・コーベット。このふたりが主演し、90年代、ニュー・クィア・シネマのムーブメントをけん引したグレッグ・アラキが監督した『ミステリアス・スキン』は2004年にヴェネチア国際映画祭でのプレミア上映を皮切りに各国映画祭で上映されて大きな反響を呼んだ伝説的作品だが、製作から約20年が経ち、ついに劇場公開されることになった。
舞台は1981年の夏、カンザス州の田舎町ハッチンソン。8歳の少年ブライアン(ブラディ・コーベット)とニール(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)は、共に所属していたリトルリーグのコーチから常習的に性加害を受けていた。精神的なショックから自分の身に起きたことを失ったブライアンは、やがて宇宙人に誘拐されたために記憶を失ったのだと思い込むようになるが悪夢や失神や鼻血の後遺症に悩まされる。一方ニールは幼い頃から自らのセクシャリティを自覚していたこともあり、コーチとの間に愛があったと信じ込み、年上の男性に体を売りながら生きていく。少年ふたりが恐ろしい被害に遭っていた時期から10年が経ち、ブライアンは自分に何が起きていたかを知ろうとし、ニールの存在を突き止める──。
幼い少年への性加害という凶悪犯罪をテーマにしながらも、原作となっている自らの実体験をもとにしたスコット・ハイムの同名小説を踏まえ、キラキラとした青春映画のような質感に仕上がっている『ミステリアス・スキン』。製作から現在に至るまでの間には、#MeToo運動をはじめ、過去の性的被害を告発する動きが多く起こった。そのことも含めて、グレッグ・アラキ監督に聞いた。
――『ミステリアス・スキン』が制作から20年が経って日本で公開されることに対してどう思いますか?
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昨年日本で『ドゥーム・ジェネレーション』(95)と『ノーウェア』(97)が公開されていましたが、『ミステリアス・スキン』も公開されることになり、とても興奮しています。グレッグ・アラキ・ルネッサンスが始まるのではないかと思っています。
――この20年間で『ミステリアス・スキン』の影響や反響を感じた出来事はありましたか?
『ミステリアス・スキン』はおそらく私の監督作品の中で一番感傷的でエモーショナルな反応が巻き起こった映画であり、私にとって特別な作品です。ざっくりとした統計ですが、アメリカでは4人に1人が性的な被害を受けています。本作のブライアンのようにトラウマを心の奥に隠して蓋をしていたんだけれど、映像で見ることで思い出してしまう人もいるでしょう。上映会でも泣いている人たちがいました。そういった強い影響を及ぼす作品です。
──性加害というテーマを描いた作品ですが、キラキラした青春映画のような質感に仕上げたのはどうしてだったんでしょうか?
原作はスコット・ハイムによる同名小説です。スコットと私は大体年齢が一緒でふたりともクィアです。スコット自身の経験が多く反映された小説を映画化するにあたり、できる限り原作に忠実に制作しました。私が原作を好きな理由のひとつが、ダークなテーマを扱っているにもかかわらず、叙情的でとても美しい、夢のような雰囲気が漂っているからなんです。スコット自身、本作を執筆している際にオルタナティブやシューゲイズの曲をよく聞いていて、インスピレーションを受けたと言っていました。なので、映画の劇判をコクトー・ツインズのロビン・ガスリーに手がけてもらいましたし、劇中でスロウダイヴやライドの楽曲を使いました。
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──ブライアンとニールは同じ性加害にあっていながらも、全くタイプの違う記憶として認識しています。私はニールがコーチの行為や想いを真実の愛、自分だけは特別だったと捉えていることにとても恐怖を感じたのですが、監督がこの物語において強い恐怖を感じたところはありましたか?
この物語の多くのことが私を怖がらせるし、監督として怖気づけさせます。同時にとても純粋で真実を描いた物語でもあります。だからこそ、とてもエモーショナルな作品であり、一部の人にとっては強く動揺させるものになっているんだと思います。実際に性的な被害に遭った人と話してみると、ニールのような受け取り方をすることがあると言っていました。ニールは事実を捻じ曲げざるを得ない心境になり、不健全な精神状態でおかしな行動を取るようになってしまった。幸運なことに私自身は性的な被害に遭ったことはありませんが、そういったことが実際に起こっていたということに光を当てることが重要だと考えました。
──ニールを演じたジョセフ・ゴードン=レヴィットは子役からキャリアをスタートさせ、今も第一線で活躍していますし、ブライアンを演じたブラディ・コーベットは今ではアカデミー賞監督です。当時、ふたりに対してどんな役者としての魅力を感じていましたか?
テーマがテーマだけに、ニール役とブライアン役のキャスティングはとても難航しました。なかなか良い出会いがなく、時間がかかる中、幸運にもふたりに出会えたのですが、ふたりともそれぞれの役を演じるにあたってとてもワクワクしていました。ふたりともすごくピュアなアーティストなんです。ニールとブライアンという役の持つ深みに強い興味を持っていたし、難役にチャレンジすることに対しても興奮していました。何の戸惑いや躊躇もなく役に飛び込み、120%の力を注ぎこんでくれました。
――この20年で #MeToo運動をはじめ、過去の性加害を告発する動きが増えていますが、それについてどう思っていますか?
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素晴らしいことだと思います。性的な被害は社会の裏に隠れているものです。みんな表出することを恐れているんですよね。『ミステリアス・スキン』に込められているメッセージともリンクしますが、裏に隠れているものに光を当てて表に出すことが重要です。例えば、ハーヴェイ・ワインスタインの事件が明るみに出て、#MeToo運動が起こったことで被害者が癒されていく。隠されていたものを表に出すことは性加害問題を解決する一番の方法です。何が起きたかを認めなければ何も始まりません。
――あなたは90年代のニュー・クィア・シネマ・ムーブメントを牽引しましたが、今ではクイア・シネマはムーブメントというよりは当たり前に存在するものになっていると思いますが、それについてはどう思いますか?
それもとてもいいことだと思います。特に若い人にとってLGBTQの人たちにスポットが当たることはとても大事です。私が若い頃、LGBTQであることをオープンにしている人は稀で、多くの人はバレることを恐れて生活していました。今は多くの人がLGBTQであることをオープンにした上で活躍しています。世界にはさまざまな人がいるということを知るのはとても大切です。アメリカは教会が強いこともあり、「これはやってはいけません」という抑圧が多い。そういった国で私がニュー・クィア・シネマ・ムーブメントの一端を担ったと思われていることはとても光栄です。私が『ミステリアス・スキン』を作ったのは『ふたりは友達? ウィル&グレイス』(1998年から放映の始まった主人公がゲイのシットコム作品)の公開前ですし、エレン・デジェネレス(コメディアンであり、ゲイであることをカミングアウトしている)が活躍する前でした。しかし、知られているのはまだ氷山の一角ですし、ようやく徐々に認知が広まっていった段階だと思っています。
──監督自身、表現がしやすくなっていたり、生きやすくなっていたりはするのでしょうか?
映画制作においては、インディーズ映画を作ることは昔からずっと大変です。そのビジネス自体がどんどん縮小しているので、昔より大変になっているかもしれません。自分自身の話をすると、私は60代になりましたが、歳を重ねると人間は賢くなっていきます。アメリカには「もうどうでもいいや」っていうひとつの概念みたいなものがあるんですが、私もそういう境地になってきました(笑)。90年代は人生に対して混とんとしていてストレスがたくさんあったのですが、「人生は短いからできるだけ楽しもう」という気持ちになったことでとても楽になりました。
──昨年撮影したオリヴィア・ワイルド主演の「I want your sex」の公開も楽しみにしています!
ありがとうございます! 私も楽しみです(笑)。

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【インタビュー】小松香里
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