
プロ野球の2025年シーズンが始まり活況を呈しているなか、残念なニュースが飛び込んできた。
NPBの外から球界に新風を吹き込んできた人物が、球団から発表のないまま3月限りで退団したという。2020年秋から2024年シーズンまでBCリーグの茨城アストロプラネッツでGMを務めた色川冬馬氏だ。
「昨年12月に球団の運営体制が変わり、私自身もひと区切りをつけることになりました」
【毎年のようにNPBに選手を輩出】
近年、独立リーグからNPB球団にドラフトで指名される選手が増えているが、アストロプラネッツは中心勢力だ。2020年から5年続けてNPBに輩出。過去2年は右腕投手の土生翔太(2023年中日5位)、内野手の陽柏翔(2024年楽天6位)が支配下で指名された。
アストロプラネッツは2019年からBCリーグに参入し、翌年は23連敗を含めて7勝49敗4分と東地区で最下位に沈んだ。そこからGMとして立て直しを図り、NPBへの人材供給源としたのが色川氏だった。
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ドラフトで指名された7人の日本人選手に加え、セサル・バルガス(元オリックス)やアンディ・マーティン(ロッテ育成)など4人の外国人選手がNPB球団とシーズン途中に契約。さらに小山田拓夢トレーナーを日本ハム、NHKディレクターから転身した伊藤悠一前監督を西武に人財開発担当として送り出した。
2004年に四国アイランドリーグplusが誕生してから20年が経過し、現在、独立リーグの球団数は約30に膨れ上がった。全球団の合計選手数は約1000人で、ドラフトでNPBに行けるのは毎年約10人。その確率は1%だ。
極めて厳しい世界だが、アストロプラネッツはその現実と冷静に向き合ったからこそ、毎年のようにNPBに選手を送り出せるようになったと色川氏は振り返る。
「NPBに行けるのは1%。つまり、99%はいつか一般社会で働くことになります。だからこそ、組織論を学ばないといけない。次に行なうのが個人の目標設定で、プラネッツ流の方法論を植えつけていきました。外国人も含めて毎年数人NPBに行けるようになったのは、そうして確率を高められたからだと思います」
組織論とは、球団の運営がどう成り立っているのかということだ。わかりやすく言えば、球団社長をトップとする事業部が収益を上げてくれるから、チームの運営費は生まれている。
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グラウンドで戦うチームは、いわばコンテンツだ。いかに魅力を創出できるかが、スポンサーの獲得、チケットやグッズ収入につながる。ビジネスオペレーションとベースボールオペレーションの両輪がうまく回ることで、球団は運営をうまく行なっていけるわけだ。
選手たちはそう理解することがチームへのロイヤルティにつながり、自らの価値を高めるためにも一層努力しなければいけないという意識につながっていく。それがアストロプラネッツ流の組織論だ。
【成功するためのロードマップを作成】
次に行なうのが、個人の夢や目標を達成するためのマインドセットを植えつけることだ。
日本全国の独立リーガーがNPB入りを目指しているなかで、投手たちはより明確な目標を立てやすい。「球速150キロ」を計測すれば、NPB入りに近づくことができる。色川氏が続ける。
「150キロを出したいなら、フィジカルワークをしなければいけない。除脂肪体重はこれくらい必要で、メディシンボールスローの数値はこれくらいほしいという数値が、今はすべて出ています。だからアストロプラネッツでは全員にクリアさせようと、フィジカルに振りきった球団づくりをしました」
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150キロを出せればスカウトの目に留まりやすいが、それだけでは勝てる投手になれない。一定以上の制球力と、ストライクや空振りをとれる変化球も必要になる。
では、各変化球はどれくらいの球速帯にすれば、より効果を発揮するか。そうしたデータもすべて統計的に出ており、ラプソードやハイスピードカメラを使用しながら改良していく。
色川氏が説明する。
「カットボールが得意な選手もいれば、落ちる球を武器にする選手もいます。それぞれの特色を見ながらマインドセットをバチっと決めて、成功するためのロードマップをつくり、キャリア教育をしていきます」
首脳陣では監督が中心になり、各選手を伸ばすためにコミュニケーションを密にはかっていく。コーチを含め、指導のスペシャリストを適材適所で集めるのがGMの役割だ。そのうえでチームの意思決定者として責任を負い、各選手がフィジカルやコンディション、技術の状態はどうなっているのかを首脳陣と一緒に見ながら個々を伸ばしていく。
【チーム内の環境をあえて変える】
チームづくりにおけるアストロプラネッツ独特の環境が、元メジャーリーガーなど経験豊かな外国人選手を加入させてきたことだ。その裏には、「選手たちをコンフォートゾーンに入れない」という目的もある。色川氏が語る。
「独立リーグは年間運営費で言うと、NPBの100分の1の世界です(※NPBは約100〜200億円、独立リーグは約1〜2億円)。僕らがコンフォートゾーンに入って、慣れが来たら終わり。だから、選手には常に居心地の悪い組織であろうとしてきました」
たとえば試合でヒットを打ったら満足したくなるが、同じチームの外国人選手がもっと鋭い打球を放っている姿を見れば、「自分はもっと練習しなければ」と感じるはずだ。
好例が、2021年に加入した右腕投手セサル・バルガスだった。身長188センチの長身で、鍛え上げた胸板はぶ厚い。ストレートの最速は159キロで、常時148〜152キロを記録する。さらにスライダーとカットボール、シンカーを操り、先発投手を務めるスタミナもある。
「周りの選手にすれば、『このクラスがNPBに行っていないの?』と感じると思います。次のレベルを目指すうえで、ロールモデルになりますよね。『このレベルの選手が来たら、自分の居場所はなくなる』と感じれば、『自分も成長し続けない』といけないと危機感を抱く。そういう組織づくりをしていきました」
以上のようにチーム内の環境を変えることで、アストロプラネッツは人材供給源へと生まれ変わった。結果、5年連続でドラフト選手を輩出し、近年は支配下でも指名されるようになった。
この春、色川氏は新シーズン開幕のタイミングで球団を離れることになり、「もちろん寂しい気持ちはある」と率直に語る。
「でも考え方を変えてみると、球団を出たから気づいたこともたくさんあります。それに『挑戦と改善をしろ』と言っている僕が、茨城に4年以上もいる時点で『それって、言っていることとやっていることが違くない?』と言われたら、そのとおりかもしれない。苦しい状況に置かれた時こそ、そのゲームを楽しもうというマインドセットにいかに切り替えられるか。思い込みはネガティブを促進させると思うので、自分自身にゲームチェンジを起こせるかがすごく大事だと思います」
色川氏は某MLB球団の日本担当スカウトを務める予定で、新たな道を開拓していくという。成果を出した先に見据えるのが、NPB球団でのGM職だ。
壮大な夢だが、35歳の大いなる挑戦を楽しみに見ていきたい。