MyAnimeListによる世界のマンガファンが推薦する“読むべきマンガリスト” アニメやマンガは日本が誇るべき、世界で人気のコンテンツ――。そのように言われて久しいが、実はとくにマンガの場合、海外普及において多くの課題をはらんでいるという。近年ではwebtoonの台頭により、「横読みマンガは海外では読みにくい」とも言われるが、本当の問題はそこではないようだ。海外のマンガファンが選出する“読むべきマンガリスト”を発表した巨大コミュニティサイト・MyAnimeListに実態を聞いた。
【画像】意外?納得!? 世界のマンガファンが推薦する“読むべきマンガリスト” ■世界のアニメ・マンガファンが集う巨大サイト、“読むべき”マンガに『カグラバチ』など選出
先日発表された、世界のマンガファンが推薦する“読むべきマンガリスト”『You Should Read This Manga 2025』2025年度版。こちらは、240の国・地域のマンガファンが利用する巨大コミュニティサイト・MyAnimeList (以下、MAL)で開催されている、グローバルなマンガ推進プロジェクトだ。一般ユーザーのほか、MAL内のモデレーター(マンガをこよなく愛する有識者)によるノミネートや選考を経て、“究極のマンガリスト”を発表する一大イベントである。
今年は4部門77作品がリストアップされ、『カグラバチ』や『ガチアクタ』、『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』、『ホタルの嫁入り』など、日本人のマンガファンも唸らせる人気作品がずらり。日本のマンガの世界的な広がりを証明する意味でも、貴重な資料と言えるだろう。
「今年の傾向としては、『気になっている人が男じゃなかった』や『女の園の星』など、女性に人気のマンガも数多く選出されたこと。MALの利用者も数年前までは圧倒的に男性が多かったのですが、近年は女性がユーザーの3〜4割を占めるようになっています」(MyAnimeList CEO・溝口敦さん)
MALは、12億件以上の視聴・読書ビッグデータを持つ世界最大級の日本アニメ・マンガのコミュニティ&データベースなのだが、海外利用率が99%であり、日本で知っている人は少ない。もともと2004年にアメリカ人の若者が創設したもので、“大好きな日本のアニメの情報を、世界中のユーザーとシェアできるサイトがあれば”という思いから立ち上げたとのこと。現在の会員登録数は1,950万人だが、会員登録せずにタイトルの評価や感想を見に訪れる人のほうが多く、潜在ユーザーはその数十倍にもなるという。訪問者の約90%が18〜34歳と若いのも特徴だ。
そんな巨大コミュニティサイト・MALでも、近年はユーザー層に大きな変化がみられるという。
「2020年のコロナ禍以降は、ユーザー数が急激に伸びています。要因は、Netflixなどで日本のアニメに触れる人が増えたこと。『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』といったグローバルヒットも生まれ、かつて海外で根強かった日本アニメファン=Geek(オタク)というスティグマもすっかりなくなりました」(溝口さん)
リストにはアニメ化されていない作品も多いが、海外の日本のマンガのファンも増えているのだろうか。
「まだ一部ではありますが、電子コミックの普及により、裾野は確実に広がっています。マンガの醍醐味の1つは、同期性と共感性にあります。同じタイミングで読み、友だちと感想を語り合うことで楽しさが何倍にもなるわけですね。かつてマンガの翻訳版は、日本で出版されてからかなりの時間を経て現地で出版されていたため、日本マンガファンは一部のコア層にとどまっていました。しかし今は、電子コミック配信サービスにより、日本とタイムラグなく読める作品が増加。さらにSNSで感想を共有し合うなど、部室でマンガを回し読みするような感覚がグローバルで起きつつあるんです」(溝口さん)
■海外では「日本の“横読み”マンガは読みづらい」ってホント? 意外な実態
ただ、デジタルでマンガを読む人が増えた今、「海外ユーザーにとっては日本の“横読み”マンガは読みづらい。ゆえに“縦読み”のwebtoonがシェアを伸ばしている」──と語られることも増えた。横読みであることが、本当にグローバル化を阻む原因になっているのだろうか。
「たしかに近年は、『俺だけレベルアップな件』などwebtoonのグローバルヒットも生まれています。しかし実は海外のマンガファンは、今もPCで楽しんでいる人が多いんです。MALのユーザーに関して言えば、PCとスマホがほぼ半々。『俺レベ』がヒットした理由は“webtoon=読みやすい”ではなく、あくまで作品として優れていたからではないでしょうか」(溝口さん)
実際、MALのコミュニティからも、「海外ではDCやマーベルのコミックは非常に人気があり、これらは横読みされている。また、マンガが出版され始めたごく初期には、ライセンサーがマンガを鏡像にしたり、左右反転させて読むことを選択することを行っていたが、すぐになくなっている。このような背景からも海外の読者にとって右から左に読むことも難しいことではないし、横読みマンガよりwebtoonのほうが読みやすいというユーザーがいるとすれば、それはスマートフォンで読んでいる時のことだ」との指摘があるという。
「webtoonはスマートフォンで読むことを前提に作られていて、マンガは物理的なボリュームで読むようにデザインされており、細長いスマホの画面にはうまく収まらないこともあります。テキストを読んだり、細部をよく見たりするためにズームインやズームアウトをするのは、単にスクロールダウンするよりも、スマートフォンの読者にとって大きな労力を必要とする、との声もありますね」(溝口さん)
日本のマンガのグローバル展開を阻んでいるのは、“横読み”という構造ではない。そのことを明確に証明する、ややネガティブな実態もあった。
「実は、海外のマンガファンに多く利用されているプラットフォームは海賊版なんです。つまり公式で翻訳出版・配信されていない日本のマンガも含めて、“横読みの状態のまま”楽しんでいるようです。この実態からも、海外のマンガファンが横読みをまったく課題視していないことが推測されます」(MyAnimeList ゼネラルマネージャー・田中裕美さん)
たしかに、海外では海賊版がはびこっているイメージがあるが、近年は日本の出版社やプラットフォーマーも海外向けのマンガ配信プラットフォームを続々と展開している。受容の実態はどうなのか。
「国産で多く利用されているのは集英社のMANGA Plusや講談社のK MANGAです。いずれも日本とタイムラグなく配信され、かつ最新話が無料で読めるのが好評です。女性向け作品が充実しているMangaPlazaも着実にシェアを伸ばしているのではないでしょうか。また、NTTドコモが始めたMANGA MIRAIなどもあり、プラットフォームの裾野は確実に広がっていると感じています」(田中さん)
ちなみに国産を除けば、公式で最も利用されているのはKindleだという。
「とはいえ、Kindleはマンガに特化したプラットフォームではないため、『極めて“ユーザーフレンドリー”』かつ、作品が『いちばん網羅されているから』などという理由で、よくないことだとわかっていながらも海賊版を利用しているユーザーは少なくはないと感じています」(田中さん)
海外向けの国産プラットフォームは増えているものの、日本のようなあらゆる出版社の作品を網羅した総合型のマンガに特化したプラットフォームは、まだ十分に整っているとは言い難い。逆説的に、最も作品が充実した海賊版にユーザーが流れてしまっている──というのが実態のようだ。
■海外で正しくマンガが読まれるために必要なのは?「翻訳作品数と早さ、総合的なサービスを作ることに尽きる」
かつて日本でも、海賊版マンガ配信サイトが大きな問題となったが、出版社やプラットフォーマーの努力により、今では公式で読む人が大多数となった。今後、海外で正しくマンガが読まれるためには、どのような取り組みが必要だろうか。
「まず、翻訳作品数を充実させることです。日本で配信されている電子コミックは50万冊以上あると思いますが、そのうち英語版だけでも翻訳されているものは数%と推察されます。ただ、マンガのローカライズは単に吹き出しの中を翻訳すればいいだけではなく、擬音などや絵そのものをローカライズする必要があります。大手では自社で費用負担をして翻訳しているものもありますが、ほとんどの作品が海外出版社とのライセンス契約によって翻訳出版・配信されています。ですが、このように翻訳出版されるものは、海外出版社によって選ばれた作品に限られています。海外出版社からすると、こうした労力やコストは多くの作品には割けないため作品数がどうしても限定されるというのが実情かもしれません」(溝口さん)
ちなみに、海賊版サイトで翻訳を担っているのは、“マンガ愛”に溢れた一般ユーザーであり、「このマンガを多くの人に読んでもらいたい」といった推し活のような感覚で違法行為に手を染めているようだ。
「しかし彼らにも意外に道義的なところがあり、公式で翻訳出版・配信された作品はサイトから削除することもあります。だから許される行為という訳では決してありませんが、彼らにも作家や出版社へのリスペクトの気持ちはあるのだと思います。海賊版対策にはさまざまなハードルがありますが、決め手はやはり、日本が一丸となって翻訳作品数とその早さを充実させ、日本と同じような多くのマンガが揃った総合的なサービスを作ることに尽きるのではないでしょうか」(溝口さん)
なお、かつて日本のアニメ業界も違法の字幕動画に悩まされた時代があった。しかし近年は16言語の字幕・12言語の吹き替え版で展開するアニメ配信プラットフォーム・Crunchyroll(ソニーグループ)が世界的に躍進。海賊版サイトの駆逐にも功を奏しているようだ。
昨年10月には経団連が日本のコンテンツを基幹事業と位置付け、国に対して集中的な支援を提言している。今こそ日本のマンガ業界が協同し、名実ともに国際競争力の要へと成長していくことに期待したい。
(文:児玉澄子)