
ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。
それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。
そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。
【画像】ふわふわレバーと、しゃきしゃき野菜が絡み合うニラレバ
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先日、父の命日に墓参りに行った際、母が「今年でもう20年目よ」と言っていて驚いた。今も記憶に鮮明な、父を見送ったあの日から、生まれた子どもが成人するほどの月日が経っていたとは。早い。
幼いころ、父がよく僕を連れていってくれていた思い出の店がある。実家から歩いてすぐの場所にあった昔ながらの中華料理店「銀将」。休日の昼下がりなどにふたりで出かけていって、父は餃子にビール。僕は必ず「チャーシューワンタンメン」を食べていた。その静かでなんだか良い時間は、懐かしのラーメンの味とともに忘れがたい記憶となっている。
銀将は、僕が中学に上がる前に移転してしまい、それから長いこと、すっかり存在を忘れて過ごしてしまっていた。が、数年前にふと思い出して調べてみると、今僕の住む西武池袋線の石神井公園からたった3駅の、東久留米の街で今も営業中らしい。駅からは少し遠いようだけど、ぜんぜん行けない距離ではない。
というわけで、30数年ぶりに店を訪れて食べたラーメン。スープと麺を一緒にすすった瞬間に、記憶の扉をぶわっとこじあけられるようで、なかなかに衝撃的な体験だった。すっかり大人になってしまった僕だが、思いきって身分を明かすと、ご主人も女将さんも僕のことを覚えていて、再会をとても喜んでくれた。
と、いうようなことを以前エッセイに書き、その後に出版させてもらったエッセイ集に『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』というタイトルをつけさせてもらったほど、銀将は僕にとって特別な店だ。検索するとWEB上にまだ残っている同タイトルのエッセイも読めるので、もしご興味があれば。
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その後、ひとりで銀将へ行く機会は何度かあった。ただ、ひとつだけずっと念願でありつつ、まだ叶っていなかったことがある。家族で銀将へ行きたい。娘は今、小学校2年生で、まさに僕がいちばん通っていたころの年齢だ。女将さんにも店に行くたび「こんど家族を連れてきますので」と言いつつ、できていなかった。もし実現したら、僕にとって生まれて初めての"親子3代でお世話になった店"ということになる。
駅から20分くらいは歩く必要があるという場所的な事情もあって、なかなかそれができないでいたが、先日、家族で車で買いものへ行く際に、近くを通る機会があった。提案してみたら妻も大歓迎だと言う。ついに、家族で銀将へ!
入店し、ご主人と女将さんに挨拶する。ありがたいことにとても喜んでもらえて、僕も嬉しかった。女将さんはいつもの明るいテンションで娘に「今何年生?」「お名前は?」なんて話しかけてくれ、飲食店に入って店員さんがこんなにフレンドリーなことは珍しいので、娘はちょっと緊張したようだ。
近年の僕には、さすがに子ども時代ほどの食欲はない。食べきれるかが不安で、移転後の銀将でまだ、チャーシューワンタンメンを食べていなかった。が、今日は家族でシェアできるチャンス。昔より品数を絞ったとのことでメニューには載っていないけれど、「いつでも作るわよ」と言ってもらっていたので、ついに注文する。加えて「ニラレバー炒め」(税込900円)と、娘の好物の「オムライス」(900円)も注文。
僕はこれまで銀将で、ほぼラーメンしか食べてこなかった。ニラレバとオムライスは確実に初めてだ。よく考えたら失礼なことだが、それらの料理の美味しさに、とても驚いた。
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厚みがあってふわふわのレバーと、しゃきしゃきの野菜が絡み合うニラレバ。醤油漬けにしてあるのか、色の濃いしいたけの旨味も利いて、パンチがありつつも繊細な味わいだ。具だくさんでしっかり味のケチャップライスを玉子焼きで包んだ昔ながらのオムライスもたまらない。
一体どの料理についてきたのかが微妙にわからないけれど、大ボリュームのサラダもうまい。しそ風の和風ドレッシングサラダの上に、炒め野菜や豚肉、メンマがのっているのが珍しく、車でなければ絶対にこれをつまみにビールが飲みたかった。
そしてついに、30数年ぶりのチャーシューワンタンメンとご対面。特注なので値段がわからないけど、チャーシューメンが1000円だからプラス数百円くらいだろうか。
それにしても、大きなどんぶりを覆いつくすチャーシューとワンタンのインパクトがすごい。かきわけて、まずはスープ、それから麺をすする。シンプルながら一生飽きのこなそうな深みのある、醤油味のスープ。それをまとう、ぷりぷりの中細ちぢれ麺。あぁ、思い出の味。何度食べてもしみじみうまい。
ぎゅぎゅっと身と旨味が凝縮して、けれども絶妙に柔らかいチャーシューもうますぎる。食べても食べてもまだある量もすごい。ふわふわつるつるで、これまたたっぷりのワンタンも甲乙つけがたい嬉しさ。子供時代の僕は、こんなごちそうをたびたび食べていたのか。
家族も銀将の料理たちをとても喜んでくれた。特に娘が、小鉢にとってあげたチャーシューワンタンメンを夢中で食べている姿を見られたのは、ちょっと感慨深いものがあった。
かつて僕の実家の近くにあった銀将は、若いご夫婦で始めた新しめのお店だったと記憶している。計算してみれば、それから40年以上は経っているはずで、もはやすっかり老舗。その間に僕はこういう仕事をするようになり、数えきれないほどの飲食店を訪れたけど、あらためて客観的に見ても銀将は、ものすごい名店だと思う。
時間が昼どきだったため、店には常連と思われるお客さんが次々やってきて、女将さんと親しげに言葉を交わしている。場所を変えてもその土地できちんと愛されていることが、勝手になんだか嬉しかった。
取材・文・撮影/パリッコ