※画像はイメージです 相変わらず飛び込んでくる高齢者の運転による事故報道。平均寿命の伸びにより、まだまだ現役だと考えている高齢者ドライバーが増えていることも一因ではないでしょうか。
今回、とある輸入車ディーラーで起きたガラス突き破り事故について取材しました。
◆毎週来店する高齢者の正体
都内の輸入車ディーラーに勤める中村さん(仮名・35歳)のショールームには、毎週のように足を運ぶ加藤さん(仮名・88歳)という高齢の男性客がいます。
「加藤さんは、地元の元代議士で、地域にも顔が広く、ウチのディーラーが開業した50年前からのお得意さんなんです。とにかく車が大好きで、今まで10台以上の輸入車を当社から購入されています」
加藤さんの家業は地元の不動産屋で、地元でも有名な資産家だそうです。趣味は車で、気に入った車種が発売されるたびに買い換えるほどの車好きで、自宅には4台ものシャッター付き車庫が完備されているそうです。
◆愛車遍歴が半端ない資産家
加藤さんが最初に購入した輸入車はジャガーのXJ。当時の日本ではまだまだ希少な存在だったそうです。その後も、シトロエンのCXや、アルファロメオのジュリエッタなど、ヨーロッパ車を特に好んでいました。
「あの頃は、私の会社もいろんなメーカーの車種を直接輸入していました。なかでも、加藤さんが最初に指名したジャガーXJは、初代の社長が直接イギリスまで出向いて輸入の交渉をしたそうなので、私なんかよりこの会社と深い繋がりがあるんですよ」
さすがに88歳ともなれば新車の購入はしないそうですが、それでも数年前までは富士スピードウェイまで中村さんが付き添い、一緒に走ったそうです。
◆突然店内に鳴り響いた爆音
そんな加藤さんは、今でも毎週のようにショールームを訪れ、商談ルームの一番奥の特等席に座り、コーヒーを飲みながら車談義をしているそうです。
「もうスタッフ全員が顔見知りで、加藤さんは空気のような存在になっているんです。ただ、車に対する鋭い意見は今でも健在で、若いスタッフなんかは真剣なまなざしで加藤さんの講義を受けているほどです。さすがに、最近は徒歩か、息子さんの見送りでショールームに出向いているのですが、それもまだまだ元気いっぱいですね」
ただ、ある日とんでもない事故が発生します。いつものように来店していた加藤さんが、たまたま新車で展示を開始したアストンマーティンに一目惚れしてしまい、珍しく運転席に座りたいと言い出したそうです。中村さんは、他の客と同じように加藤さんに鍵を渡し、運転席に案内しました。
静かな機械音とともに、上品なエンジン音が続いて聞こえてきたかと思うと、少し興奮気味の加藤さんは中村さんに「少しフカしてもいいか?」と聞いてきたので、何のためらいもなく中村さんは首を縦に振りました。
次の瞬間、甲高い演じ音と共に、テロでも起きたかのような破壊音が店内に鳴り響きました。
◆幸い怪我人は出なかったが…
その破壊音は、加藤さんの操作ミスに他ならなかった。空ぶかしをしようと思った加藤さんは、間違ってギアを入れてしまったようだ。ブリティッシュグリーンのアストンマーティンはロケットのように前に突き進み、ショールームのウインドウを突き破ったのだ。
「即座に加藤さんを救い出そうと、頭半分突き出したアストンマーティンに駆け寄りましたが、ラッキーなことに加藤さんは擦り傷もなく元気な様子で『すまない』とだけ言って少し落ち込んだ様子でした。とりあえず、入口に備え付けてあった車椅子を持っていき、加藤さんを乗せ、その日は家族に来てもらいました」
ほとんど無口なまま、加藤さんは娘に来てもらい、その日は帰って行ったといいます。ショールームはガラス片が飛び散り、足の踏み場もないほど荒れ果てていましたが、1週間ほどで元通りになっていました。
「それより、その後の加藤さんが心配で一度ご自宅を訪問したんです。そしたら、元気そうな加藤さんが玄関先に現れ、私に一言『免許は返納しました。私は車に乗る資格がないし、もう語ることもやめようと思う』と、少し寂しそうに語りかけました」
TEXT/八木正規
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営