セクマイ、カードゲームやってみよう——『マジック:ザ・ギャザリング』から考えるマイノリティの表象

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2025年05月19日 18:10  CINRA.NET

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Text by 今川彩香
Text by 近藤銀河

私たちが日々触れている、映画や漫画、ゲームなどの作品。なかでも人にはそれぞれ、お気に入りのキャラクターがいるだろう。さて、いま思い浮かべたなかにセクシュアルマイノリティの側面があるキャラクターはいただろうか?

「世界でもっともよく遊ばれているトレーディングカードゲーム」としてギネス認定も受けている『マジック:ザ・ギャザリング』には、数々のセクシュアルマイノリティのキャラクターが登場する。カードの発売と同時に公開されるWeb小説では、メイン、サブを問わず、マイノリティのキャラクターが当たり前のように活躍している。それだけではなく、行動規範として明確に差別の禁止がうたわれ、公式のプライドイベント開催やチャリティーグッズの販売を行っている地域もあるという。

『マジック:ザ・ギャザリング』は、クィアコミュニティと親和性がめちゃくちゃ高いのでは? それなのに、日本では双方のコミュニティにつながりがない――そんな問題意識を抱いたのが、アーティストで美術史家の近藤銀河だ。昨年出版の著書『フェミニスト、ゲームやってる』(晶文社)では、フェミニズムやクィアの観点からさまざまなゲームを取り上げた。自らがパンセクシュアル(恋愛や性的な対象になる相手のジェンダーを問わない性的指向)であることを公表している近藤は、『マジック:ザ・ギャザリング』とクィアコミュニティをつなげたいという思いから、この春にイベントを企画した。

その名も、『セクマイ、カードゲームやってみよう クィアとコミュニティとゲームと表象とマジック:ザ・ギャザリング』。会場は新宿二丁目にあるHIV/エイズ啓発コミュニティスペース、新宿aktaだ。イベントではまず近藤を中心とした講演が行われ、セクシュアルマイノリティの表象が歴史的にどんな意味を持ってきたのか、そして『マジック:ザ・ギャザリング』がどんなふうにマイノリティを描いているのか、丁寧に語られた。そののち、参加者同士でゲームを体験したのだという。

今回は、近藤自身の目線で本イベントをレポートしてもらった。世界のなかで自分の似姿を見つけることが難しいセクシュアルマイノリティとってその表象は孤立を癒す可能性を秘めていることをはじめ、「場をつくる」というゲームの性質を利用したコミュニティづくりやその効果についても、語っていく。

『セクマイ、カードゲームやってみよう クィアとコミュニティとゲームと表象とマジック:ザ・ギャザリング」はタイトルの通り、セクシュアルマイノリティとカードゲームについてのイベントだ。タイトルにある「セクマイ」はセクシュアルマイノリティの略語で、LGBTQなどを指す。「クィア」は同様な意味を持つ言葉だが、もともと蔑称として扱われていたという過去がある。その状況を逆手に取り、当事者が社会的な差別や偏見に抗うためにあえて自称として使うようになった経緯があることから、よりポジティブで、より政治的な意味合いを含むものだ。

そして、『マジック:ザ・ギャザリング』(以下、『マジック』)は30年以上の歴史を持つ世界初のトレーディングカードゲームだ。長い歴史を持つ一方で、保守的ではなく、セクシュアルマイノリティにも親和的な側面を持っている 。

本イベントはそんな『マジック』を紹介しつつ、セクシュアルマイノリティのコミュニティ運営の方法や、セクシュアルマイノリティ表象の意義について考えるというもの。前半ではそうしたトピックについての講演が行われ、後半では実際にカードを使って遊ぶ体験会が開かれた。セクシュアルマイノリティのことに関心を持つ一方でカードゲームで遊んだことのない人々が、初めてカードゲームに触れる場面もみられ、熱気のこもった場となっていた。

実は、このイベントは筆者の近藤銀河自身が主催したものだ。数年前から『マジック』に触れ始めた筆者は、カードに描かれるキャラクターたちのなかに、たくさんのセクシュアルマイノリティのキャラが登場することを知っていった。『マジック』では、カードの発売と同時にWeb小説が公開されるのだけど、そうしたなかでメイン、サブを問わず、セクシュアルマイノリティのキャラクターが当たり前のように活躍することが少なくない。 

パンセクシュアルである筆者は、それがとてもうれしかった。自分と近しいキャラクターたちが活躍する姿を見ることはあまりないからだ。それを動機の一つとして筆者は『マジック』にのめり込んでいった。寝る前に『マジック』のWeb小説を読み漁ってそのまま朝を迎えたり……デジタル版の『マジック』を遊びすぎてまた朝を迎えたり……。その一方で残念ながら、『マジック』のようなゲームにそうしたキャラクターが出てくることについては、当事者のあいだでもあまり知られていない。「同じ仲間ともっと、ゲームに登場するセクシュアルマイノリティのキャラを話し合えたらいいのに……」。筆者はそんな思いをずっと抱えていた。

近藤銀河 (こんどう ぎんが)
1992年生まれ。アーティスト、美術史家、パンセクシュアル。中学の頃にME/CFSという病気を発症、以降車いすで生活。2023年から東京芸術大学・先端芸術表現科博士課程在籍。主に「女性同性愛と美術の関係」のテーマを研究し、ゲームエンジンやCGを用いた作品を発表する。ついたあだ名が「車いすの上の哲学者」。ライターとしても精力的に活動し、雑誌では『現代思想』『SFマガジン』『エトセトラ』、書籍では『われらはすでに共にある──反トランス差別ブックレット』『インディ・ゲーム新世紀ディープ・ガイド──ゲームの沼』など寄稿多数。初の単著として刊行されたのが『フェミニスト、ゲームやってる』。

ゲームについてセクシュアルマイノリティと語り合う機会はそれほどない一方で、セクシュアルマイノリティとゲームの距離は決して遠くない。実のところ、セクシュアルマイノリティのコミュニティスペースでは、ゲームが遊ばれることも多い。コミュニティスペースで開かれる定期的な交流会ではゲームがコミュニケーションの中心になることがあるのだ。今回のイベントが開催された新宿・コミュニティセンターaktaもそういった場の一つである。そういうところで、『マジック』のようにセクシュアルマイノリティに親和的なカードゲームが遊ばれたら楽しいだろう、とも思っていた。

カードゲームにも、場を必要とする側面がある。カードで遊ぶためには相手やコミュニティが必要だからだ。カードゲーマーたちは店などが提供する対戦スペースに集うだけではなく、例えば公民館のような公共施設を使った自主的な対戦会も積極的に企画している。

カードゲームにおける対面のコミュニティづくりの方法は、セクシュアルマイノリティのコミュニティづくりにおいても参考にできるかもしれない。セクシュアルマイノリティは孤立しがちだし、いつでも安心していられる場所は乏しい。そういった場所はどれだけあっても足りない。また逆に、カードゲームコミュニティの側もマイノリティを包摂することを真剣に考え知る必要もある。

マイノリティが安心して集まれるゲームのコミュニティを求める声を何度も聞くことがあった。筆者は2024年に『フェミニスト、ゲームやってる』というフェミニズムの観点から見て面白いゲームを語る本を晶文社から出したのだけど、寄せられた反響のなかでも多かったのは、そうした声だった。

なにか、ゲームに関するイベントを開きたい! 筆者の中で、そんな思いが高まっていた。

「そんなに『マジック』にはまっているなら、私も『マジック』やるからイベントやったらどう? 手伝うし、講演もするなら聞き手をやるよ」。友人で、レズビアン活動家である「つっちー」こと土屋ゆきさんにそう言われたのは、そんなときだった。

土屋さんは、レズビアン雑誌の編集をはじめ、プライドパレード運営にも参加したことがある古参の活動家だ。一人ではできないことも、ともにやってくれる仲間がいればできる。それはゲームでもイベントでも同じかもしれない。

会場は土屋さんの提案もあって新宿・コミュニティセンターakta(以下、akta)を選んだ。aktaはHIV/エイズをはじめとしたセクシュアルヘルスの情報センターで、セクシュアルマイノリティのコミュニティにより自主企画の受け付けもしている。まさに今回実現したい企画にピッタリの場だった。

加えて、『マジック』に詳しいアライ(セクシュアルマイノリティを支援する人)の知人にも声をかけ、イベント後半には『マジック』体験会を担当してもらう運びに。aktaさんにもドキドキしながら連絡したところ、快諾、さらに親身に相談に乗っていただき、やりたいことがトントン拍子に叶っていった。イベントの実現において、大事なのは人の力を借りていくこと。

そうして迎えたイベント当日。あいにくの雨だったけど、たくさんの人に集まってもらえた。セクシュアルマイノリティの話題に興味はあるけど『マジック』を知らない人、知っているけどセクシュアルマイノリティの側面は意識していなかった人、参加者のバックグラウンドはさまざまだった。

イベントは、筆者自身の経緯説明から始まった。なぜ『マジック』とセクシュアルマイノリティというテーマを組み合わせようと思ったのか。先に述べたような経緯を語りつつ、まず聞き手の土屋さんと話したのは、「セクシュアルマイノリティの表象がなぜ必要か」というベーシックな話だった。

筆者が最初に話したのは、1969年にアメリカで起きた「ストーンウォールの反乱」を語った。セクシュアルマイノリティの集まるバー「ストーンウォール・イン」への警察の差別的な捜査に対して、当事者の怒りが吹き出した事件だ。以降、セクシュアルマイノリティのコミュニティが社会へと積極的に権利を求める動きにつながっていく。LGBTQの歴史において、大きな転換点となった事件だ。

セクシュアルマイノリティが自らの姿を表に出すことが増えていくなか、そうした人々の表現もまたコミュニティの発展とともに増えていった。筆者がそんな歴史を説明すると、「自分がうまれたのはちょうどその年なんだよねだ」と土屋さん。さらに土屋さんが新宿二丁目のコミュニティにデビューしたのが、筆者が生まれた1992年だったというエピソードも語られ、図らずも奇妙な時代のつながりが現れた。

そして「ストーンウォールの反乱」のあと、もう一つの転機となるのが「エイズ・アクティビズム」だ。1980年代にアメリカでエイズ禍が深刻化するなか、政府はエイズをゲイやセックスワーカーといったマイノリティの病として支援を放置してしまう。それに対して、見捨てられたかたちとなった人々と支援者によって始まった。

アクティビストとアーティストが一体となって集まり、自分たちの存在、エイズ禍のなかで生きるマイノリティの姿を知らしめていく過程で、表象することや存在を語るというその行為が、生を求めることになっていったのだった。

マイノリティを表現することには、社会のなかでプレゼンテーションを増やしていくことが、そのまま差別されない社会をつくることにつながるという意味が歴史的にあった。では、ゲームではマイノリティの表象はどんなふうに機能するのだろうか。

マイノリティの側からみれば、それは孤立を癒やすものである。マイノリティはこの世界で自分の似姿を見つけることがとても難しく、そのためにマイノリティの表象は大きな意味を持つ。またそれはゲームのコミュニティ、少なくともゲームの作り手がマイノリティの存在を認識し、客として迎え入れているというメッセージにもなる。

『マジック』では単にキャラクターとしてマイノリティを登場させるだけではなく、公式にプライドイベントやチャリティーグッズの販売も行っている(残念ながらアジア圏では開催されない)。

近藤はここで『マジック』公式サイトで説明されている「ゲームデザインでダイバーシティが重要な理由」を紹介した。記事のなかで『マジック』の主席デザイナーであるマーク・ローズウォーターは、こう語っている。

「異質感の副次効果の1つは、娯楽などの中にあるものの中で自身が反映されたものを見ることはめったにないことである。そのため、それが起こったなら、理想的にはすでにいくらかのつながりを持つその形の娯楽の中で存在が受け入れられたと感じ、非常に強い感情的繋がりを作ることがありうるのだ」

マイノリティがエンターテイメントのなかに自分のアイデンティティにつながるものを見出しにくいことを指摘しつつ、ゲームをつくる側の視点から、それを実現させることができればマイノリティにとって強い効果を発揮できることを指摘している。当事者にとってマイノリティ表象は、ゲームとのあいだに感情的な強い結びつきを生み出すのだ。

実際『マジック』では、世界大会でノンバイナリーや女性の選手を見かけることがある。近藤はこうしたローズウォーターの姿勢はどちらかといえば商業的で、人権というものとは違う物差しを含んでいることに対しては立場が違うと感じるが、作り手の側からのこうした見解が表明されていることは重要なものだ、と語った。

対して、土屋さんが「推しポイントです!」として語ったのが『マジック』の販売元、ウィザーズ・オブ・ザ・コーストが掲示しているプレイヤーの行動規範だ。

ここでは「軽蔑的、中傷的、露悪的、差別的言動はあらゆるウィザーズコミュニティから除外・追放されるものとします」というように明確な差別の禁止が示され、同時にプレイヤーに対して、多様なバックグラウンドのプレイヤーがいることを意識するように要請されている。こうした規範があることで、マイノリティが入りやすい環境をつくってるのかもしれない。

そのあと、トークは二人が好きなキャラクターの話題に移っていく。

筆者はまず、「チャンドラ」というキャラクターを紹介する。チャンドラは『マジック』のストーリーに10年以上登場し続けている人気キャラで、バイセクシュアルでもある。最近のストーリーでは同性のキャラクター「ニッサ」と恋人同士になった姿が描かれた。個人的にはストーリーで、このカップルの衝突や考え方の違いがしっかりと描かれるところが好きである。

土屋さんはチャンドラが、映画『ゴーストバスターズ』(2016年)に登場する「ホルツマン」に風貌やファッションが似ていると指摘。ホルツマンもクィアなキャラクターとして知られている。もしかすると、チャンドラが影響を与えているのかもしれない。

続けて筆者は、「アリーシャ」と「ニコ・アリス」について語った。アリーシャは2015年に登場したトランスジェンダー女性で、ニコ・アリスは2020年に登場したノンバイナリーのキャラクターだ。アリーシャは『マジック』において、オープンなクィアとしては最初期のキャラクターだ。

彼女が登場する物語では、自身の性自認を特殊能力で認めさせるストーリーが展開されたが、のちに登場するニコ・アリスの物語では「英雄となることを神々から運命づけられたニコが自身の生まれに抗うために失敗する」という能力主義と違う観点の物語になっていた。

「神々に決定づけられた生まれへの反抗」というファンタジー的な展開と、出生時に決められる性からの移行という2つの要素が絡み合うストーリーが、筆者は好きだ。話題はそれら小説の書き手にも及んだ。マイノリティが登場する『マジック』のストーリーでは、キャラクターに近い属性の作家が書いていることが少なくない。『マジック』のストーリーは、日本でまだ紹介されていないようなヤングアダルト系のファンタジー/SFの小説家を知る良いチャンスでもあるのだ。

筆者が注目したのは、マーガレット・キルジョイという作家。キルジョイといえばサラ・アーメッドの『フェミニスト・キルジョイ: フェミニズムを生きるということ』(飯田麻結訳、人文書院、2022年)など、フェミニズムでよく使われる、社会に水を差すフェミニストという意味の言葉である。それをそのまま自分の名前にするような作家が書いている点も『マジック』の面白いところだ。

土屋さんはお気に入りキャラクターである「リリアナ」を紹介。リリアナはゾンビを操る力を持つキャラクターで、主人公であると同時に悪役的な面も併せ持つ。そんなリリアナにキャンプ(セクシュアルマイノリティのドラァグと呼ばれる女装文化に見られる過剰で誇張された豪華でチープな感覚のこと)な魅力を土屋さんは感じるのだという。筆者はリリアナの悪ぶった振る舞いをしつつ人々に力を貸す姿に、最近人気の悪役令嬢に近いかっこよさを感じている。

講演の最後に、話題はお互いの好きなカードについて及んだ。

筆者が「結ばれた者、ハラナとアレイナ」というカードを紹介すると、土屋さんが「近藤さんのその話は聞き飽きた」と笑う。このカードは、ハラナとアレイナという女性の同性カップルが一枚のカードになったもので、使うたびに勇気づけられるカードだ。好きすぎていろんな所でいろんな人に話してしまっている。

土屋さんが紹介したのは、「一生の絆の二人組」というカード。これについているテキストが好きなのだという。

「何であなたは頭を下にして食べているの?」鳥はたずねた。「何で君は頭を上にして食べているの?」コウモリは応えた。 - 土屋さんはこのテキストについて、自身の経験を振り返りながら、こう語った。「マイノリティとして生きる私には、すごく響く1枚で。『それが常識でしょ?」と言われたときに『なんでそれが常識なの?私の常識はこれだよ』って言っているんですよね」。

お互いの違いを認識しつつ尊重すること。それがただ平等な質問になる世界が、はやく来てほしい。

イベントはその講演のあと、実際にゲームを体験する交流会に移った。いろいろな方に手伝ってもらえたこともあって、初めてカードゲームに触れるという人々にも楽しんでもらえた。

セクシュアルマイノリティのコミュニティスペースで、クィアとゲームについて話し合い、そうしたことに関心がある人たちと『マジック』を遊べたことに、じんわりと胸が熱くなった。マイノリティにとって、いきなり知らない場所に飛び込むことはハードルが高いケースも多い。どこにどんな差別があるかわからないからだ。マイノリティは、あまりにも傷つくことに慣れすぎている。

そんなふうに行動範囲が狭まってしまいがちだからこそ、今回のようなかたちで新たなコミュニティや遊びとの接点を提供できたことは、うれしかった。実際、参加者の方からも「セクシュアルマイノリティについて語り合うことのできるゲームイベントをずっと求めていた」という感想もいただいた。

ゲームを中心としたコミュニケーションは、ゲームという共通の話題があることで、良い意味で相手に立ち入りすぎない、緩やかなつながりを生み出す。頭を下に向けていても、上にあげてていても、ゲームのルールを尊重することで、自然とコミュニケーションが生まれるのだ。

今回のイベントが実現できたことは、まだ小さな一歩かもしれない。しかし、この小さなつながりから、また新しい場が連鎖的に生まれていくことを、心から願っている。

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  • スィートベイビーもそうだが、そうやって特定の分野を後から乗っ取ろうとするから余計嫌われる、といい加減学習しろ(呆)
    • イイネ!8
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