
5月18日(現地時間)、レアレ・アレーナ。レアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)はホーム最終戦で、ジローナを3−2で下している。
「イマノル、アノエタに勝利でお別れ」
現地のスポーツ各紙は、いっせいにそう見出しを打っている。チームを率いて7シーズンになるイマノル・アルグアシル監督は退任が決まっていて、最後のホームゲームだった。アノエタとは旧スタジアム名だが、いまだに現地では(その一帯をアノエタと呼ぶこともあり)アノエタが本拠地の通称としてとおっているのだ。
アルグアシルを送り出すホーム最後の試合、久保建英はいつものようにチームを引っ張っている。序盤にPKを奪う突破を見せ、大きく勝利に貢献。存在そのものがスペクタクルだった。高く上がった浮き球をエリア外から左足ボレーで狙ったシーンなど、GKの神がかったセービングで得点にはならなかったが、観衆の喝采を浴びた。
なぜ、久保はレアレ・アレーナで輝くことができたのか? 3年目になる久保が、かの地で才能を開花させられた経緯を振り返る。
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久保が入団2年目のシーズン開幕まもなくというタイミングで、筆者は現地取材を敢行している。
ラ・レアルで強化部長やセカンドチーム監督などで20年も働き、地元の名士と言えるミケル・エチャリのおかげで、関係者しか入れないゾーンにまで入ることができた。アルグアシルを含め、コーチングスタッフもエチャリの教え子たちだけに歓待してくれた。その一点からも、このクラブがどれほど人のつながりが深いクラブか、伝わるだろうか。
「Solidaridad」
クラブの眼目は「団結、結束」であり、それぞれが助け合い、力が引き出される環境が作られている。整然としているが、厳粛というわけではなく、血が通っていて、知らない者同士でも挨拶を交わし、縁を結ぶ。当然のコミュニケーションかもしれないが、実利性を目指すと置き去りになりがちな習慣だ。
久保がデビューシーズンから、天才ダビド・シルバを中心とするコンビネーションのなかに迎えられ、まばゆい輝きを放つようになったのは偶然ではない。確かにチームに左利きで技術、戦術レベルの高い選手が揃っていたことは大きかった。しかし、すべての源泉はクラブの健全さにあるのだ。
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【久保が受け入れられた土地柄】
練習場があるスビエタ(下部組織の施設もすべて集まっている)でランチタイムを過ごした。そこはラ・レアルのユースや女子チームの選手でごった返していた。その日の関係者用のランチセットはAlubias(インゲン豆とチョリソの煮込み)、Arroz a la cubana(キューバ風ライス)、Patata con Bacalao(バカラオとポテトのスープ)やGuisante con ternera(牛肉とえんどう豆の煮込み),Pollo frito(チキンフライ)などから二皿を選ぶ形だった。デザートにはバスク地方の名物であるチーズケーキやプリン、ヨーグルトなど。食後にはエスプレッソやCortado(エスプレッソにミルクを垂らしたもの)だ。
久保が所属するトップチームは、もうひとつの施設で昼食をとることになっているが、仕入れの関係でメニューは似ているという。
ラ・レアルは食事を重視し、専属の料理人を雇い、レアレ・アレーナの地下にも食堂があった。試合の時間帯によっては、試合前にパスタやチキンなどを食べてから臨むこともあるという。お膝元のサン・セバスティアンは「世界一の美食の町」と言われるだけに食の意識は高いのだが、食は大事なコミュニケーションの場でもあるのだ。
久保が受け入れられたクラブ、土地はそういうところだった。
久保にとって、ラ・レアルは"約束の地"だったと言える。「ボールを大事にする」というコンセプトが何より合っていた。1年目の活躍によって、2年目はエースとなる自信を得て、チャンピオンズリーグベスト16に導いた(日本代表としてアジアカップなどに招集されなければ、後半戦の状況は変わっていたはずだ)。3年目、数字的には満足できないかもしれないが、彼がラ・レアルを救っていた。
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その価値は、今やレアレ・アレーナで誰もが認めるものだ。
当時、レアレ・アレーナの目の前にあるホテルのカフェで、久保のチームメイトであるマルティン・スビメンディ(スペイン代表)の父親と会った。
「息子のマルティンはタケとすごく仲良しなんだ」
スビメンディ父はそう言って笑いながら、こう続けた。
「ふたりは子どもの頃からライバルで、戦っていたんだよ。ラ・レアルの選手とバルサの選手としてね。東京五輪でも、スペイン代表と日本代表で対戦した。五輪前の試合で、マルティンがタケに引き倒されて、そのままゴールを決められたことがあって、『あれはファウル』『違う』って、チームメイトになって盛り上がったらしいよ(笑)」
久保はチームメイトに受け入れられ、家族のひとりになった。それは小さくない勲章だ。
はたして、ジローナ戦が久保にとってもホームラストマッチになるのか。移籍の噂は絶えない。ひとつ言えるのは、久保がレアレ・アレーナで愛された、という事実だ。
「タケ」
その名前が呼ばれる時、スタジアムに集った人々の愛情が沸き返った。その情動が、久保を突き動かした。その結びつきこそが、輝きに至る回路なのだ。