苦労人たちの逆襲【白球つれづれ】

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2025年05月19日 19:40  ベースボールキング

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中日・山本泰寛 (C)Kyodo News
◆ 白球つれづれ2025・第20回



「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」とは、ヤクルトや阪神などで名将として鳴らした野村克也氏の残した野球にまつわる名言だ。



 18日に東京ドームで行われた巨人vs中日戦は、まさにこの格言を証明するような結末に終わった。



 試合後の指揮官の言葉にそれは表れている。



「盆と正月にクリスマスまでやって来た!」と中日の井上一樹監督が破顔一笑なら、敗れた巨人・阿部慎之助監督は「私の継投ミスでございます」と吐き捨てた。



「不思議な勝ち」をもたらしたのは山本泰寛と板山祐太郎両選手だ。



「7番・左翼」で先発出場した山本が5回と7回に連続アーチを放つと、さらに代打の板山が1号逆転2ラン。勢いに乗った昇竜は新助っ人のジェイソン・ボスラーにも一発が飛び出して快勝。試合前まで両リーグで最も本塁打が少なかったチームが1試合4発で、東京ドームの連敗を9でストップ。信じられない働きを見せた山本と板山は、23年オフに揃って阪神から戦力外通告を受けて中日に拾われた同期生コンビだから、指揮官が小躍りするのもうなずける。



 伏兵たちに痛打されたのは昨年の新人王、船迫大雅投手。阿部監督にとって大きな計算違いとなった。この回を乗り切れば大勢、R・マルティネスの必勝リレーも可能だった。勝ちパターンからの悪夢は継投ミスと言う必然があった。



 瀬戸際を生きる男たちの心情を板山はこう表現する。



「ヤス(山本)が打つと僕の出番は減る。でも、ヤスが打ったら僕も嬉しい」



 活躍すれば、出場のチャンスは増える。だが、好機を生かせなければファーム落ちが待っている。その先には再び戦力外の危機が現実のものとなって来る。



 3年連続最下位の屈辱から巻き返しを狙う中日には“窓際族”と呼んでもおかしくない選手たちが多い。



 今では3番打者としてレギュラーの座を掴んだ上林誠知選手も2年前のオフにソフトバンクから戦力外通告を受けた。元々20本塁打以上を記録するなど走攻守三拍子揃った大型外野手だったが、アキレス腱断裂の大けがや打撃不振に陥って退団に至った。投手では同じくソフトバンク戦力外から育成契約で中日入りした三浦瑞樹投手が5月1日の阪神戦手で現役登録されて即初先発初勝利している。



 中日の場合、なぜこうした復活ドラマが数多く生まれるのだろうか?



 最大の要因は若返り策の失敗にある。近年、大島洋平や高橋周平選手ら実績を残した実力派が衰えて打線の強化がクローズアップされた。



 そこで中田翔をトレードで獲得、現役ドラフトで細川成也、さらに生え抜きでは石川昂弥選手を4番で育成する計画を立てたが、いずれも未完成。特に今季は細川を故障で欠き、石川はファームで再調整中。これだけ中心選手が欠けては「二次戦力」に頼るしかない。



 今年はソフトバンクやヤクルトなども開幕から故障者続出。その分、皮肉にも日頃レギュラーではない男たちの活躍も目立つ。ソフトバンクでは川瀬晃や野村勇選手らが、ヤクルトでは楽天から移籍の茂木栄五郎選手が主砲・村上宗隆選手の穴を埋めている。



 近年、野球界はファーム組織の充実とドライな契約社会が推進されてきた。



 前者で言えば、ソフトバンクは三軍どころか四軍まで編成して、支配下選手65人に対して育成契約選手が54人に上る。巨人の育成も42選手だ。(いずれも開幕時)これだけの“予備戦力”があれば、実力次第で一軍登用の道も開けるが、一方では戦力外と言う切り捨ても次々と行われる。



 第二に、FAの時代に突入したことで、選手側の要求が強くなれば、球団側も長い目で面倒を見ると言った余裕は生まれない。全体の人件費などを考えれば費用対効果の少ないベテランは、居場所を失っていく傾向にある。



 加えて中日の井上監督が山本や板井を思い切って起用するように、西武の西口文也監督も2番に球界最小兵(164センチ)の滝澤夏央を抜擢すれば大活躍。両指揮官とも二軍監督出身で、苦労人たちの強みも知っている。



 スター選手や大物ルーキーの輝きは不可欠だが、一年前には戦力外通告を受けたり、選手生命の危機に直面していた男たちの逆襲も見応えがある。



「一発屋」で終わることなく、これをきっかけに新たな野球人生が開かれることを願う。今こそ「不思議な勝ち」でない力を証明する時だ。







文=荒川和夫(あらかわ・かずお)

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