
闇バイト事件に対抗して、警察庁は「仮装身分捜査」の実施要領を今年1月に制定。そんな期待の新捜査法の運用をスタートしていたことが、先月22日に明らかになった。そもそもどんな捜査法か? 果たしてトクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)の摘発に効果はあるのか?
■指示役まで到達することを目的としているが......
昨年の夏頃に世間を大きく騒がせた「闇バイト強盗」。それ以降も増える事件件数に対して警察庁はさまざまな対策を講じてきたが、その中でも力を入れてきたのが「雇われたふり作戦」とも呼ばれる「仮装身分捜査」の導入だ。
捜査員が偽の身分証を提示して犯罪グループ内部に潜入するこの捜査手法について、4月22日の記者会見で一部の都道府県警で運用が開始されたと発表された。今年1月に警察庁が実施要領を制定して以降、仮装身分捜査の開始が判明したのは初めてとなる。
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仮装身分捜査の具体的な内容とは? 龍谷大学嘱託研究員で闇バイト事件に詳しい廣末登氏はこう説明する。
「一般の人にも聞きなじみのある捜査手法として『おとり捜査』がありますが、仮装身分捜査がおとり捜査と違う点は、偽造した身分証を用意して犯罪グループの内部に潜入することです。おとり捜査は、身分証の偽造までは行ないません。
また、おとり捜査は薬物の売買現場などに立ち会って、売買をしようとする人に働きかけ実行に至った段階で摘発することが多いです。
一方で、仮装身分捜査はそのような犯罪行為の働きかけはせず、あくまで犯罪グループの内部に潜入して、末端から上の指示役までを摘発することを目的とする『突き上げ捜査』が基本となります」
捜査員は犯罪グループとどのように接触を持つ?
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「基本的には犯罪グループが投稿するSNS上の闇バイト募集に応募して、初めはインターネット上で接触を持つことになります。その際、応募者側から身分証の提示を確実に求められますが、そこで捜査員は偽造した身分証を提示します。
この偽の身分証を作る違法行為は、捜査上必要な行為として違法性が阻却(否定)される『正当業務』と判断するというのが警察側の主張です。
先日の開始以降、捜査への支障が出ることを気にして警察庁は具体的な実施場所や実施内容については明らかにしていません。今まさに、捜査員が犯罪グループの内部に潜入している最中なのだと専門家は理解しています」
■リスクを考えて運用すべき理由
仮装身分捜査の導入で、トクリュウを一斉に摘発することはできるのか? 廣末氏は、そう簡単にはいかないのではないかと推測する。
「結局のところ、SNS上の闇バイト募集から応募できるのは末端の実行役です。捜査員がうまく犯罪現場に潜入できたとしても、周りにいるのは実行役だけで、本当に捕まえたい上の統括役や指示役は『テレグラム』など秘匿性の高い通信アプリを使って、顔も見せずに下と接触します。
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捜査員が潜入することで、指示役から強盗に行けと言われた際に実行役と一緒に強盗に行き、犯行の一歩手前で彼らを逮捕して被害を防ぐことなどはできるかもしれませんが、『突き上げ捜査』で指示役まで到達することは難しいと思います。
指示役と接触するには犯罪グループ内で犯行を繰り返して信頼を勝ち取る必要がありますが、警察官である捜査員が実際の犯罪に手を染めることはもちろんできません。となると、現実的に仮装身分捜査で接触できるのは末端の実行役か、その少し上のリクルーター(勧誘役)に限られるのではないかと考えられます。
また、このように成果が少なくなってしまう可能性が高いにもかかわらず、捜査員への負担が非常に大きいことも問題だと感じています」
具体的にはどういった問題が?
「闇バイトというのは、実行役が犯行を行なう際には周囲に見張り役がついていて、ちゃんと犯罪を遂行しているかを監視しているのです。そして、見張り役は犯行時以外にも実行役の行動に目を光らせている。
そのため、捜査の期間中は捜査員が親きょうだいや友人、子供などとの接触を断たれてしまい、公私共に別人格の人間として生活しなければならなくなります。
このような生活を一定期間続けることが、選出された捜査員に過度な心理的負担を負わせることはないのか、彼らのメンタルケアも含めてさまざまなリスクを検討する必要があります。
また、この捜査法は裁判所が発布する令状を必要とせず、警察内独自のルールで運用されるため、『令状主義の例外』であると言えます。
そのため、捜査の適用範囲が拡大解釈されてしまい、捜査対象が市民活動の監視などにも及んで一般の市民も巻き込まれてしまう危険性があります。そうした事態を防ぐためにも、捜査の適用範囲につき、司法によるコントロールをかける必要があると考えます。
昨年12月に与党で議論されてから数ヵ月後には捜査が始まっているため、非常に短い期間で実行に移されており、運用方法やその他のリスクへの対処に関して、政府や警察は走りながら考えるという拙速な印象を受けてしまいます」
さらに、仮装身分捜査が導入されても、トクリュウが海外に拠点を移して捜査の手が及ばなくなる可能性があると廣末氏は指摘する。
「『かけ場』に捜査が及ぶと、だましの熟練者である貴重なかけ子が逮捕されてしまいます。そのリスクを恐れた犯罪グループが続々と海外に逃げ、日本の警察の捜査が及ばなくなってしまうことを危惧しています。
リゾートバイトなどとうたって高収入を提示する海外バイトに参加したら、それが中国マフィアなど海外の犯罪組織へとつながる『地獄への片道切符』である危険があるので、若者にはあらためて注意を呼びかける必要があるでしょう」
期待を集める新捜査法だが、課題は山積みなのが現状だ。
写真/時事通信社