
NHKで好評放送中の連続テレビ小説「あんぱん」。『アンパンマン』を生み出したやなせたかしと妻・暢の夫婦をモデルに、何者でもなかった朝田のぶ(今田美桜)と柳井嵩(北村匠海)の2人が、数々の荒波を乗り越え、“逆転しない正義”を体現した『アンパンマン』にたどり着くまでを描く愛と勇気の物語だ。5月21日に放送された第38回では、出征した原豪(細田佳央太)の戦死の報せが届き、結婚の約束をしていたのぶの妹・蘭子が悲しみに沈む一幕があった。蘭子を演じる河合優実が、役や作品に対する思いを語ってくれた。
−第38回、豪の戦死を知った蘭子が「戦死して立派だというのはうそっぱちだ」とのぶに悲しみをぶつけるシーンは印象的でした。どんなお気持ちで演じましたか。
とても大切なせりふだと思ったので、きちんと伝えることを何よりも大事にしました。世の中がのぶの言うような「御国のために、命をかけて戦うべき」という思想にどんどん傾いていく中、もはや何も言えない豪ちゃんの代わりに、強い気持ちで私がこれを伝えなければ、という思いでした。
−出征する豪の壮行会が開かれた第29回は、結果的に豪と蘭子の最後の対面となりました。細田さんとのお芝居はいかがでしたか。
細田さんとの共演は今回が3度目なので、役や1つ1つのシーンに真っすぐに取り組んでくれるという信頼感がありました。どんなふうに心を通わせればいいのか、テストの段階からお互いに探るようなところもあり、演じていて自然と背筋が伸び、いい時間を過ごすことができました。壮行会で蘭子たちが「よさこい節」を歌うときは、言葉を交わさずとも、目を合わせたまま交感している感覚があり、私がニコっと笑ったら、ほほ笑み返してくれたことが強く印象に残っています。
−脚本家の中園ミホさんは「戦後80年」を強く意識しているそうですが、その点について、どのような気持ちで取り組んでいますか。
中園さんから直接伺ったわけではありませんが、そういう思いは台本からもはっきりと伝わってきました。しかも、現実に世界で戦争が起きていることを考えても、今こそ皆さんがご覧になるこの作品を通して、伝えられることがあると思っていたので、蘭子という役を通して私が反戦の役割を担わせていただけたことは、ありがたかったです。その分、大切に演じなければ…と思いながら、台本を読んでいました。ご覧になった皆さんが、少しでも戦争について考えるきっかけになればと思います。
−「あんぱん」という作品の魅力をどのように感じていますか。
やなせ夫妻をモデルにしているだけでなく、作品全体にやなせさんの考えや『アンパンマン』の要素がちりばめられている点が楽しく、大きな魅力になっています。命の尊さを真っすぐに描いている点にも、思いの切実さと強さを感じました。
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−この作品を通して、やなせ作品の魅力を発見した部分はありますか。
台本ややなせさんご自身が遺された言葉を読み、やなせさんの作品の根底にある哲学は、戦争や幼少期の体験から生まれたものだと実感しました。「逆転しない正義とは、飢えた人にパンをあげることだ」という言葉が出てくるのは、身をもって体感された方だからこそです。そこから『アンパンマン』が生まれたことを考えると、うそのない思いの強さを感じます。
−河合さんご自身の『アンパンマン』に関する思い出を教えてください。
『アンパンマン』は、誰もが子どもの頃に接する作品で、私も同じようにいつの間にかおもちゃや絵本で親しんでいました。さらに今回、「あんぱん」に参加して、蘭子のモチーフになっているロールパンナが大好きになりました。子ども向けのキャラクターなのに、正義と悪の心を併せ持つ人間味のある設定が魅力的で、孤高の存在という点もかっこいいです。


−河合さんご自身もこれまで、りりしい孤高の人物を演じる印象が強く、蘭子のように温かな家族に囲まれている役は、見ていて新鮮に感じます。演じる上で、今までと違いはありますか。
お芝居についての基本的な考えは変わりません。さまざまなシーンがある中で、のぶや豪ちゃんなど、それぞれの人物に対する気持ちが一本につながるように心がけています。ただ、家族の一員ということで、食事の席などみんなが集まるシーンが多く、そういうところで言葉に頼らない表現が重なっていくのは、初めての経験です。だから、少しずつ紡いでいきながら、半年間を通して蘭子を表現できればと考えています。
−蘭子の鮮やかな青い着物も印象的ですが、衣装に対する思いをお聞かせください。
一貫して青い衣装を着ているおかげで、長期間にわたるドラマの中でキャラクターのイメージとして定着していく点がすてきです。しかも、時代が進むと着物からモンペ、スカートと変わっていくので、それを体感できることも、何十年ものスパンでお芝居をする上で大きな助けになっています。
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−着物の所作などのご苦労はありましたか。
映像で自分の姿を見て、現代人の体の使い方だと感じることも多いのですが、裾の整え方や袖のさばき方をはじめ、着物を着ることで自然に出るしぐさや姿勢があり、着物の力の大きさを実感しています。今までも着物でお芝居をした経験はありますが、今回は食事をしたり、立ったり、座ったりという日常生活のシーンが多く、最初のうちは着物で生活感を出すことに苦労しました。初めての経験ばかりでしたが、とても勉強になりました。
−のぶ役の今田さんの印象について教えてください。
「あんぱん」の現場が柔らかく、楽しい雰囲気なのは、今田さんのおかげです。今田さんは、私には想像もつかないほどご苦労されているはずですが、そういうところは一切見せず、現場では毎日、無理なく自然に、楽しそうに過ごされているんです。そういう気分は間違いなくスタッフ、キャストの皆さんに伝わるので、とてもポジティブな影響を与えてくださっています。素晴らしい座長とご一緒させていただき、本当にありがたく思っています。
−それでは最後に、今後の蘭子役への意気込みをお聞かせください。
蘭子は気持ちを言葉に表すタイプではありませんが、強い信念を内に秘め、今後は反戦の思いを貫き、皆さんが意外に思うほど人とぶつかり合う場面も出てきます。私自身にとっても、1人の人物を長く演じることは朝ドラならではの貴重な機会なので、大きなハードルであると同時に、将来の糧になる経験でもあると思っています。これから、年齢を重ねた蘭子を探していけることが楽しみです。
(取材・文/井上健一)

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