「アンパンマン」作者やなせたかしの壮絶な人生 海外にも波及…年間1500億円市場の秘密とは?

55

2025年05月23日 06:00  TBS NEWS DIG

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

TBS NEWS DIG

TBS NEWS DIG

2025年春にスタートしたNHK連続テレビ小説『あんぱん』は、人気絵本シリーズ「アンパンマン」を生み出したやなせたかしと妻・暢をモデルとした作品です。作者の壮絶な人生と、作品に込められた深いメッセージに関心が高まるなかで、「アンパンマン」はビジネス分野でも今改めて注目されています。

年間1500億円、累計6兆円ともいわれる市場規模を誇る「アンパンマン」。大人も唸る奥深い世界と、今後の海外展開の可能性とは? 「アンパンマン」の知られざる魅力と、その巨大な経済圏について、エンタメ社会学者の中山淳雄さんに聞きました。

<東京ビジネスハブ>
TBSラジオが制作する経済情報Podcast。注目すべきビジネストピックをナビゲーターの野村高文と、週替わりのプレゼンターが語り合います。今回は2025年4月27日の配信「お化けコンテンツ『アンパンマン』。今年ビジネス的にもアツい理由とは(中山淳雄)」を抜粋してお届けします。

年間1500億円!「アンパンマン経済」の驚異的な規模

野村:
今回のテーマは「アンパンマン」。今年改めてビジネス分野でも注目されているコンテンツ、『アンパンマン』について解説いただきます。

中山:
NHK連続テレビ小説もあるということで、1年ほど前にアンパンマンに関する記事を書いたのですが、「アンパンマン」の経済市場は年間1500億円で、累計では6兆円から7兆円にものぼっています。

野村:
すごい市場規模ですね。

中山:
キャラクターの認知度などを調査した結果では、「アンパンマン」の認知度は約98%というデータがあります。「ドラえもん」、「アンパンマン」、「クレヨンしんちゃん」といった国民的キャラクターは特に突出しています。逆に「知らない2%は誰なのか」と思うくらいです。特に0歳から2歳への浸透度が非常に高いんです。

その浸透度の高さを探っていくなかで、Podcastの「コテンラジオ」などでも取り上げられているのを知り、作者のやなせたかしさんの人生の歩みに感動して記事を書いた、という経緯です。

やなせさんが2013年に亡くなられてからも、「アンパンマン」は日本で浸透していますが、実は海外では最近になって広がっているんです。

野村:
海外にも進出しているんですね。

中山:
これまではあまり海外展開されていませんでしたが、ちょうど2023年ぐらいから動きがありました。

それが私も注目するきっかけだったのですが、中国で「ウルトラマン」などを手がけているSCLAという大きな会社がアンパンマンを中国で展開すると発表したんです。「ドラえもん」も「クレヨンしんちゃん」も「名探偵コナン」も人気だし、「次はアンパンマンではないか」という機運が高まっています。

こうしたビジネス的なきっかけもあり、2025年にはNHKでドラマが始まるというのが、この2、3年で一気に進んだ感じですね。

遅咲きの巨匠・やなせたかし氏とアンパンマン誕生前夜

野村:
やなせたかしさんとはどんな人物だったのでしょうか?

中山:
やなせさんはいわゆる遅咲きの天才でした。1919年生まれで、生涯本当に色々なことがあったなかで、1988年、69歳のときにアニメ化によって急に花開きます。

野村:
高齢になられてからだったんですね。それまではどういったことをされていた方なんですか?

中山:
戦争も体験され、いわゆる「マルチクリエイター」と呼べる方でした。今でいう糸井重里さんのような、コピーライトもするし、イラストも描くし、アニメも作るという。50〜60年代もすごく活躍されていて、ラジオ作家もやっていたんです。

あの頃のラジオ作家の仕事量はすごいんですよね。3週間分、つまり21本分を1日で収録するというようなことをやなせさんはされていたそうです。

野村:
無理じゃないですか、それって。

中山:
そうなんです。21回分の脚本のアイデアをわーっと出して書くというのをやられていたと。60年代後半ぐらい、そのラジオ作家の時に、アンパンマンの元になるネタや『やさしいライオン』などの作品を作られていました。

ただ、色々なことを手がけていましたが、1つの代表作というのがなかなかありませんでした。

野村:
主要作品がなかったわけですね。

中山:
そうなんです。この「主要作品」を手伝ったというのが、これまた巨匠の引き合いになりますが、手塚治虫さんとサンリオを創業した辻信太郎さんです。

やなせさんは、アンパンマンでもものすごい数のキャラクターを作った人なので、色々なバラエティのあるキャラクターを作りたいという思いがあったようです。そこで、手塚治虫さんが『千夜一夜物語』というアニメを作る時に、「うちのキャラクターデザインをやってくれないか」と依頼したんです。これが結構当たりまして、1968~69年で、当時としては2億、3億の興行収入で、アニメとしては成功しました。

手塚治虫さんが、ご褒美というか報酬というか、感謝の気持ちを込めて「僕のポケットマネーで何でもしていいから、何がしたいですか」と聞いたら、やなせさんは「アニメを作りたい」となったそうです。それで、絵本で売れていた『やさしいライオン』をアニメ化したことが、やなせさんのアニメデビュー作です。

そしてサンリオ創業者の辻信太郎さんが、ハローキティなどを手がけるなかで、水森亜土さんなど有名なイラストレーターと組んでさまざまなキャラクターグッズを作っていた時に、やなせさんを見つけました。

「アンパンマン」は、フレーベル館が1973年に出版するまでは、実はサンリオで出版していた時期もありました。そのサンリオで、やなせさんは『詩とメルヘン』という雑誌を編集長として立ち上げることになり、自分の好きなものを出せるという環境にありました。

ついに誕生!絵本「アンパンマン」とアニメ化への道

中山:
そうして「アンパンマン」という絵本を1973年に出すのですが、売れ行きはそこそこという感じでした。

野村:
そこそこなんですね。

中山:
むしろ批判が多かったようです。「子供にあんぱんを食べさせる、自分の顔を食べさせて飛んで行って助けるなんて、完全にホラーだ」「これは何か問題があるのではないか」などと大人たちがバンバン文句を言っていたそうです。

しかし、70年代後半になると、やなせたかしさん自身も驚くほど、幼稚園などで「こんなに見られているのか」という状況になってきました。そして、ミュージカルにしようという動きが出てきます。そのミュージカルになって初めて、敵役が必要だということで「ばいきんまん」が出てくるんです。

野村:
そっか、最初の73年バージョンでは、ばいきんまんはまだいなかったんですね。

中山:
ばいきんまんがいなかったら、ここまでは売れなかったでしょうね。

でもこれもまだ前段階です。手塚治虫さんのお金でアニメを作り、『詩とメルヘン』の編集長をしながらアンパンマンの絵本も広げ、アンパンマンの絵本でミュージカルも作りました。でも、やなせさんの中では「僕は売れていない」という認識がずっとあったわけですよね。あの時は劇画ブームで、「ドラゴンボール」なども出てきたりする時代です。

野村:
もうそういう時期になるんですね。

中山:
なので、やなせさん的には「このぐらいで終わるのでは」という程度の手応えのようでした。そんななか、アニメ化の話が持ち上がります。そのアニメ化も日本テレビが手がけるのですが、実現までに2年ぐらいかかっているんですよね。色々なスポンサーから文句が来るんです。まず、「ばいきんまんを登場させるな」と。

野村:食品とバイキンだから、ということですか?

中山:
そうそう。食品メーカーとかパンメーカーが本当にスポンサーをしていたみたいで。「これを出すな」と言われたら、やなせさんはカンカンに怒って、「それならやりません」というようなことだったそうです。

こうして月曜日の夕方5時という、視聴率1〜2%程度の「絶対に売れない」といわれていたような枠で放送が始まりました。すると、視聴率が7%ぐらいいって、嬉しい誤算に。1990年代に放送枠は金曜の朝10時ぐらいに変わっていくのですが、子どもが「アンパンマン」を見始めて、認知が広がっていきました。

作品に投影されたやなせたかしの壮絶な人生

中山:
アンパンマンの本質というのは、やなせさんが人生のなかで大切な人を失ってきた物語が全てそこに詰まっているということです。

彼は1919年、大正時代に生まれました。お父さんは結構エリートで講談社に行ったり、朝日新聞に行ったりしていましたが、その後満州で亡くなられてしまうんです。

残されたのはお母さんと、そして弟さんでした。弟さんはすごくイケメンで勉強もできるスーパーマンみたいな子だったそうです。コンプレックスもあったそうですが、そんな弟さんは養子に出され、お母さんと2人になりました。

お母さんは綺麗で、おしゃれな人で、ドキンちゃんみたいな人だったらしいです。そのお母さんが再婚の時にいなくなってしまうんです。父親を4歳で亡くして、6歳の時にお母さんが、「あなた体が悪いから元気になったら戻ってくるよ」みたいな感じでいなくなってしまいました。おそらくあの当時、子どもがいたら再婚できなかったのでしょうね。

野村:
そういうことですね。

中山:
お母さんがいなくなった後に、弟さんが引き取られたおじさんに預けらましたが、やなせさんの名前はずっと「やなせ」のままなのです。彼だけやはり少し、外の養子のような感じだったと。それでもおじさんは「第2の父」のような存在になっていましたが、戦前に亡くなりました。

そして戦争が始まりました。1944年のこと、弟さんが戦死してしまいます。

自分も中国から帰ってきて、生き残った、腹が減った、アンパンはすごく美味しかったな、などの思い出を抱えながら、弟も亡くしている。親族は全員いない状態の中から身を立ててイラストレーターで生きてきました。

こうしたなか、高知新聞社で出会ったのが妻となる暢さんです。朝ドラ『あんぱん』で今田美桜さんが演じられている役のモデルですね。ただ、その妻はアニメで大成功したぞという後に、ガンで亡くなられてしまうんです。

そこから20年生きたやなせさんは、「失った物語」を抱え、そして正義と悪のようなものをずっと戦争でまざまざと見てきた。本当に厳しい軍隊の中で生きて戻ってきたら、国はアメリカ万歳になっている、みたいな。だから、アンパンマンは正義と悪が混在する物語というか、悪を懲らしめない。ばいきんまんを殺さないですもんね。

野村:
そうなんですよね。

中山:
あとやはりアンパンマンは弱りながら助けると。助けるということは何かを与えなければいけないから、自分がどんどん失われていく。正義はやはり何かを犠牲にして、余裕のある人間しかできないのだとか。善悪ではないんですよね。

「アンパンマン」には、いろんなものをカビらせてしまう「かびるんるん」とかもいるじゃないですか。面白いなと思ったのは、パンは菌がないとできないんですよね。

野村:
そうですね。

中山:
だから、アンパンマンにしてもかびるんるんにしても、ばいきんまんも生態系のひとつで、共に生きてきたものだし、悪いことをしたらその行いは懲らしめるけれど、徹底的にやり込めない。

アンパン自体が外側は洋風のパンで、中身はアンコで日本人。ここで西洋と日本のアナロジーとか、戦争で正義と悪が逆転した瞬間とか、家族を失ったこととか、彼の中の人生のモヤモヤが全部詰まっているなと。

野村:
アンパンマンというキャラクターの歴史の長さを改めて感じました。

アンパンマンが日本で圧倒的に支持される理由

野村:
アンパンマンはなぜこんなに大きな市場を作り出したのですか?

中山:
他の子ども向けコンテンツでも共通するのですが、日本では大人が本気で子ども向けを作っています。特にやなせさんは容赦ないですよね。「子どもはこんなものだろう」というのは一切ない。

そして『アンパンマンのマーチ』の詩ですよね。全国民に覚えてほしいぐらいのものですが、あの詩も全部やなせさんが作っています。やなせさんは『手のひらを太陽に』なども作詞されていますが、やはり戦争体験とか、善悪とは何かということも、込められています。大正、昭和、平成、そして令和まで含めた100年の日本が詰まっている。

その言葉通りに子どもに浸透しているわけではないと思いますが、その深さが長く愛される理由なのではないかなと思っています。一時的な流行には収まらないぐらい思想と人生が詰まっています。

野村:
なるほど。アンパンマンのキャラクターの親しみやすさ、ストーリーも分かりやすいですが、掘れば掘るほど、大人も唸るような思想というのが裏側にあるということですよね。

中山:
そうですね。子どもしか見られないから逆に5分10分でまとめなければいけないし、短い時間でやっていますが、そういうリクリエーションの中に何か思想がこもっていて、大人を魅了する部分があります。

そして私がポイントだと思う点ですね。イギリス、オーストラリアや中国などのいろんな子ども向けコンテンツを見ましたが、これだけ出色の出来というか。こんな作り方をしたものは見たことがないなと思っています。

アンパンマン、世界へ羽ばたくか?海外展開の可能性

野村:
これから日本のコンテンツをどんどん海外に輸出をしていきたいというムーブメントがある中で、まさしくアンパンマンというのは日本的思想を持っていて、餡とパンという和洋折衷的なところも少し日本っぽいなと感じがします。そういった点も含め、世界に打って出れるキャラクターということなんですね。

中山:
そうですね。日本のキャラクターでやはりポケモンがあって、ハローキティがあって、次ぐらいにアンパンマンが来ますが、世界トップ20ぐらいの中で、母国での認知率98%なのはアンパンマンだけです。

野村:
なるほど。

中山:
どう見てもここにしかブルーオーシャンはないというか、なぜこのキャラクターだけ海外で広がっていないのか、逆に不思議なぐらいで。よく「顔を食べさせるのはキリスト教的にありえない」などといわれますが、ちゃんと調べたことがあるわけではないんですよね。実際、中国とか他の国では浸透し始めて、色々な展開もされているわけだから、やっていなかっただけ、ということなのです。

野村:
ひょっとしたらそのキリスト教圏には受け入れにくいものかもしれませんが、やった結果どうなるかわからないですし、あとはアジアは全然また違う価値観だと思うので、そこから行くという手もありますよね。

中山:
そうですね。

野村:
ありがとうございます。中山さんのご著書ではないのですが、中山さんが登場されている、柳瀬博一さんの著書『アンパンマンと日本人』も3月に刊行されましたので、ぜひご興味ある方は手に取っていただければと思います。

<聞き手・野村高文>
Podcastプロデューサー・編集者。PHP研究所、ボストン・コンサルティング・グループ、NewsPicksを経て独立し、現在はPodcast Studio Chronicle代表。毎週月曜日の朝6時に配信しているTBS Podcast「東京ビジネスハブ」のパーソナリティを務める。

このニュースに関するつぶやき

  • そんな清濁を併せ呑んだ人生だから、晩年のやなせ先生の「死にたくねえよ、こんなに面白いのになんで死ななきゃいけねえんだよ」という92年の生涯を全力で楽しんだ言葉が重い。
    • イイネ!7
    • コメント 2件

つぶやき一覧へ(29件)

ニュース設定