
【動画】櫻井孝宏、夏油 傑の“変化”を語る 『劇場版総集編 呪術廻戦 懐玉・玉折』公開記念インタビュー
■交差する青春、すれ違う理想――夏油 傑の“はじまり”
――「懐玉・玉折」で描かれる夏油 傑は、後の“最悪の呪詛師”とは一線を画す人物です。演じるにあたって、どのような気持ちで収録に臨まれたのでしょうか?
櫻井:テレビシリーズ第1期があって、その後に『劇場版 呪術廻戦 0』が公開され、そしてテレビシリーズ第2期「懐玉・玉折」へと続いていく流れでしたが、個人的には取り組みやすかったです。描かれているのは、夏油の学生時代。いわば青春期にあたる部分で、私自身が最もやりたかったエピソードだったこともあり、この展開をずっと待っていました。
制作の順番としては、時間を巻き戻すような形になるわけですが、その中で「懐玉・玉折」の夏油をどう形づくるかによって、これまで自分が表現してきた彼の姿が繋がって見えてきたり、あるいは少し違って見えてきたりする。そういった意味でも、このエピソードは非常に重要な位置づけになると感じていました。そして物語はここから「渋谷事変」へと続いていく。アニメーションならではの構成であり、展開の妙だと思います。
収録にあたっては、大きく作り込まず、シンプルなポイントだけを押さえたうえで、共演の中村悠一さん(五条 悟役)や遠藤 綾さん(家入硝子役)たちとともに、その場で生まれる空気を感じながら、自然な流れに身を委ねるような形で芝居に臨んでいました。そういった意味では、“芝居を楽しむ”という感覚を大切にできた収録だったと思います。
――高専時代の五条との関係についてはどのように捉えていますか?
櫻井:夏油と五条は、いわゆる“ニコイチ”のような関係だったと思います。友達であり、親友と言っても差し支えない存在。ただ、関係性としては、少し危なっかしい五条を、常識的で優しい夏油が諭すような、そんな構図になっている部分もあると思います。
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五条を見つめながら、どこかでその姿をトレースするように。そんなふうにして、あの関係性が築かれていったのかなと感じています。だからこそ、「私達は最強なんだ」と思えるような、確かな絆がそこにはある。その関係性を、芝居を通して感じ取ってもらえたらいいなという思いで表現していました。
――そんな二人の関係に変化をもたらしたターニングポイントが、天内理子との出会いでした。彼女の存在は、夏油にとってどのような意味を持っていたのか、櫻井さんご自身の解釈をお聞かせください。
櫻井:理子ちゃんは、あの年齢でああいうふうに突っ張って生きていて、その彼女と一緒に過ごした時間は決して長くはありませんでしたが、その中で彼女の本音や、本心の部分、無邪気な姿も含めて、さまざまな面を見ることができたんです。
夏油の中には、術師としての責任感と、人としての感情、その両方がありました。彼女を助けたい、力になってあげたいという思いが自然と生まれていたと思いますし、それと同時に、どこか重なる部分を感じていたのではないかとも思います。
星漿体(せいしょうたい)として選ばれた理子ちゃんの人生は、ある意味でもう進むべき道が決められてしまっている。その運命の中で、彼女自身の人生を取り戻すことができる、たった一度の選択の瞬間が訪れた。その時、夏油と五条は、たとえそれが高専側から見れば“造反”に近い提案であっても、彼女に別の道を示そうとしていました。それは夏油の本心だったと思います。
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■最強の隣で見続けた現実と、心の段差
――物語の中では、“揺らぎ”や“境界の崩壊”を通して、夏油が変わっていく様子が描かれます。そうした中で、特に印象に残っている場面や、心情の変化を感じたセリフがあれば教えてください。
櫻井:彼の中で揺らぎが始まる場面は、作中にいくつも点在しています。もともと夏油には、「呪術は非術師を守るためにある」という強い信念がありました。覚悟をもってその道を生きていたはずなんですが、天内理子の件をきっかけに、少しずつその軸が傾いていき、五条との関係も噛み合わなくなっていく。彼自身が、どこか疲れていくような描写が、物語の途中からじわじわと現れてきます。
印象的だったのは、たとえば灰原の死。その死を前にして、七海が「もうあの人一人で良くないですか」と言うセリフ。あるいは、伏黒甚爾との戦いの中で「恵まれたオマエらが呪術も使えねぇ俺みたいな猿に負けた」と言われたこと。さらに、九十九 由基の言葉が、結果として夏油の背中を押すような形になってしまったこと。そうした一つひとつの出来事や言葉が、彼の中で揺らぎのきっかけになっていったんだと思います。
決して、一つの要因で彼が変わったわけではありません。五条から見れば、夏油は“突然”まったく違う道に行ってしまったように見えたかもしれない。でも、夏油自身にとっては“徐々に”だったんです。その「徐々に」と「突然」の間にある段差のようなものが、彼らの認識の違いとして存在していると思います。
ただ、夏油の根本的な考え方は、大きく変わっていないのではないかと感じています。弱いものを守りたいという気持ち、術師が守るべき存在とは誰なのかという問い……。そこには、むしろ彼なりの一貫した信念があるように思えるんです。だから、私自身は“闇落ち”という言葉をあまり使いたくありません。覚悟をもって生きてきた人が、選んだ先に違う生き方があった。ただそれだけのことだと、私は思っています。
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「懐玉・玉折」を通して彼の物語をなぞることで、彼の中で何が重なり、何が崩れていったのか。その静かで複雑な変化が、より鮮明に見えてきたように思います。
――あの別れの瞬間に込めた夏油の感情を、どのように受け止め、表現されましたか?
櫻井:あの場面で、夏油には“ここで殺されるかもしれない”という覚悟もあったと思います。ただ、その覚悟は、そもそも術師として生きることを選んだ時点で、すでに持っていたものでもあるとも感じていて。それでも、五条と真正面から袂を分かつような場面になる……。そういう覚悟も同時に持っていたんじゃないかと思います。
五条の言葉は、夏油の耳には届いているんですよ。でも、それが“心には響いていない”という感覚がありました。かつて夏油自身が語っていたことを、今度は五条が彼に向けて必死にぶつけてくる。でも、それはもう届かない。夏油は、すでに生き方を決めていて、その意思を伝えるために、わざわざ家入と五条のもとを訪れる。その行動そのものが、彼の覚悟の表れだったんだと思います。
あの場で夏油が告げた「生き方は決めた」という一言は、まさに彼の真実そのものだと感じました。傍から見れば、彼の選択は“間違っている”“良くない方向に進んでいる”と捉えられるかもしれません。けれど、夏油の中では、それもすべて織り込み済みなんです。そうしたすべてを受け入れた上での決断。それがあの静かな別れの場面に、静かだけど揺るぎのない力で表れていたと思います。
■「いい人」だった――櫻井孝宏が語る、夏油 傑の本質
――夏油 傑というキャラクターに、いま改めて感じる魅力は?
櫻井:夏油には、うまくいかなかったことへの切なさ、そういう感情が常に付きまとっている気がします。それはもう、彼がこの物語の中で担う役割の構造的な部分でもあるので、どうしても避けられない“被害”のようなものとして感じるところがあります。でも、やっぱり“いい人”なんですよね。とても優しくて、常識もあって。その根底にある優しさは、きっと五条の存在があったからこそ、より強く引き出されていたんだと思います。
五条に対してかける言葉って、自分自身にも向けているようなものが多くて。「呪術は非術師を守るためにある」という信念も、彼が自分に言い聞かせてきた言葉のひとつなんじゃないかと感じています。表に見せている部分と、見せていない部分。その“裏側”が、ずっと彼の中にはあったんじゃないかと思います。そういう部分に触れると、改めて彼の中にある柔らかく優しい一面が見えてくる気がします。
そして、本人にはあまり自覚がないかもしれませんが、どこか“色気”もあるんですよね。見た目の印象もあると思うんですが、それだけではなくて、彼の発想の源や、考え方の筋道、そういう人間的な部分にも、ふと感じる色気のようなものがある。それが、彼というキャラクターに惹きつけられる理由の一つでもあるように思います。
――ご自身と共鳴する部分はありますか?
櫻井:夏油が少しずつ傾いていってしまう気持ちというのは、どこか分かってしまうところがあります。彼は、どうしても“力”を求めてしまうんですよね。かつては、五条とともに「私達は最強なんだ」と言えていた関係だったのに、いつしか“五条 悟が最強”になっていく。その変化の中で、いろいろなことが少しずつ、悪い方向へ傾いていってしまう。彼の中で、そんな風にして“力を求める思い”が膨らんでいったのだと思います。
そこに、ある種の切なさや、美しさのようなものを感じることもあります。まっすぐであるがゆえに、壊れていってしまう。その姿に、何か胸を打たれる瞬間があるんです。自分と重なるかどうかで言えば、正直に言うと“似ている”とは思っていません。でも、彼の気持ちに触れたとき、間違っていた部分もあっただろうなとは思いながらも、「分かるな」と感じてしまうことがある。
だから、“共鳴”というより、“どこか理解できてしまう”という感覚に近いかもしれません。完全には重ならないけれど、そっと寄り添ってしまうような。そんな距離感で、彼を見ている気がします。
――夏油 傑という人物を一言で表すと、どんな言葉がしっくりきますか?
櫻井:これは本当に難しいんですけど……一言で表すなら、「少し悲しい人」かなと思います。やっぱり彼の優しさが、いろいろな行動の根っこにあるんですよね。その優しさゆえに、力を求めてしまった部分もあると思いますし。
そして、彼は“意義”や“意味”を求め続ける人間です。作中でも何度もそういう言葉を口にしていますが、そもそもそうやって「生きる理由」や「行動の根拠」を問い続けるような人なんですよね。だからこそ、彼の言葉や選択が、傍から見ると少し切なく映る。その純粋さや一途さが、どこか物悲しく見えてしまう瞬間があるんです。
思えば、夏油という人は、どこか“かすかな悲しみ”を漂わせている存在だと思います。それが彼の魅力であり、そして同時に、彼という人物の影でもあるのかもしれません。
――夏油自身にも、「自分を理解してほしい」という思いがあった?
櫻井:そうですね。夏油の能力って、ギフトのようでいて、本人にとってはある種の呪いでもあったと思うんです。だからこそ、その力に苛まれていた部分もきっとあって、それを「自分でコントロールできるようにしたい」という気持ちはあったでしょうし、あるいは、そこに“別の理由”を上乗せするようなこともしていたのかもしれません。
「呪術は非術師を守るためにある」そんな高潔で美しい信念を掲げることで、自分の中にある辛さや苦しさに蓋をする。つまり、「そういう自分であろう」とすることで、自分自身の本当の思いから少し距離をとっていたのではないかと。
だからこそ、周囲の人たちは、夏油のことを“美しく誤解してしまっていた”ように感じるんです。彼の行動を理想や信念に基づいたものだと思い込んでいたけれど、実際には、もっと内側にくすぶっていた感情や現実があって。それは、夏油本人にしかわからないものだったと思います。
周囲から見れば、彼が突然姿を変えたように映るかもしれません。でも、夏油にとっては、ずっと少しずつ、じわじわと何かが積み重なっていた。そして、唯一それを理解できたかもしれないのが五条だった。夏油にとって、五条の存在は、彼自身を保つための支えのようなものでもあったのかもしれません。
でも、その五条が変わっていってしまった。その変化が、二人の間にあったバランスを崩してしまったのではないかと思います。
――最後にファンのみなさんへメッセージをお願いします。
櫻井:テレビシリーズをご覧になった方にも、ぜひ劇場で本作を観ていただけたらと思っています。
一つの作品としてまとまることで、これまで気づけなかった部分や、見逃していた感情の流れに触れられるのではないかと感じています。
私自身、改めて今回の劇場版総集編を観たとき、冒頭の夏油の独白から始まる“アニメーションならではの演出”がとても印象的でした。その表現が、劇場という環境だからこそ、より深く心に響いてくるんです。
夏油の心情に寄り添いやすい構成になっているのはもちろんですが、それだけでなく、彼らの青春、学生時代の大切な時間が丁寧に描かれています。ぜひ、映画館という素晴らしい環境で、その空気ごと感じながら観ていただけたら嬉しいです。
(取材・文・写真:吉野庫之介)
『劇場版総集編 呪術廻戦 懐玉・玉折』は、5月30日公開。