
2019年10月、サン・セバスティアン。筆者は当時レアル・ソシエダ(以下ラ・レアル)のセカンドチームを率いていたシャビ・アロンソ監督にインタビューした。現役時代にも、同じラ・レアルで二度インタビューしたことがあり、彼は歓待してくれた。彼の多岐にわたる人間関係などを考えれば、覚えていないはずだが、そこで相手に「覚えている」と伝え、親近感を持たせられる度量は、リーダーとしての生来的な魅力に映った。
取材者としては嬉しくないはずはない。配慮だとわかっていても、気分はよくなる。おそらく、そういうことができるのがリーダーの資質で、麾下選手やスタッフの「心を捉える」のだろう。
現役時代から、アロンソはチームで永世中立を保ちながら、選手からも監督からも、全幅の信頼を受けていた。誰かとべったりすることはないし、リーダー気取りもしなかったが、自然とチームの重石となった。最高の幹事役で、それは監督の資質にもつながっていた。
アロンソ監督は30代で古巣であるラ・レアルBを2部へ昇格させ、マルティン・スビメンディ、ベニャト・トゥリエンテス、ジョン・アンデル・オラサガスティなど、現役時代の彼と同じセンターハーフの選手を次々と輩出している。その指導力が高く評価され、ドイツのレバークーゼンを率いると、すぐにチームを降格圏から救い出し、次のシーズンにはブンデスリーガで無敗優勝をやってのけ、ヨーロッパリーグでもファイナリストになった。
そして、来季からは世界に冠たるレアル・マドリードで采配を振ることが決まっている。それは約束された風景だったかもしれない。アロンソのフットボールコンセプトはモダンで、スペクタクルで、オリジナルだが、その土台となるパーソナリティは監督を始めた時点で身についていたからだ。
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そのアロンソが当時、レアル・マドリードと契約し、マジョルカでプレーしていた久保建英について語っていた。
「すべての久保のプレーを見たわけじゃないから、詳しいことは言えない。マドリードでのプレシーズン、カスティージャの試合、そしてマジョルカの試合も少しだけ見たよ。『才能はあるか?』と聞かれたら、『間違いなくある』と答えるだろうね」
【アンチェロッティよりは強い興味】
彼は、そこで一拍を置いて続けた。
「ただ、戦える選手かどうかは、これからピッチに立って、久保自身が証明するしかない。チームを勝たせる貢献ができるか。そこがカギになる。でも、"違いを出せる選手"ではあるだろう。焦らず、じっくりと少しずつ前に進むべきだね。彼が持っている才能をピッチで出せるようになったら、自ずと結果は出るはずだ」
慧眼だった。戦いを重ねるなか、久保は大きく成長した。そこにはラ・レアルというボールプレーを大事にするクラブに恵まれたこともあった。
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現在、アロンソ・マドリードは6月のクラブW杯も見据えながら、急ピッチで補強を進めている。センターバック、左右サイドバック、そしてセンターハーフをリストアップ。ディーン・ハイセン(ボーンマス)、トレント・アレクサンダー=アーノルド(リバプール)、アルバロ・フェルナンデス・カレーラス(ベンフィカ)などとの契約が進行しつつある。アロンソのお眼鏡にかなった選手たちだ。
では、久保に食指を動かすことはあるのか?
ひとつ言えるのは、前任のカルロ・アンチェロッティ監督よりはアロンソのほうが久保に興味を感じている、ということだろう。それはプレースタイルの問題もある。アンチェロッティは"個の集合体"のようなプレーを好むが、アロンソは集団、組織の中で個が生きる展開を志向しているからだ。
久保は後者で、より力を発揮する。
現時点で「久保、レアル・マドリードへ?」という噂は出ていない。ひとつはチーム内にアタッカーが渋滞しているのと、ロドリゴ、ヴィニシウス・ジュニオールなど去就が注目されているアタッカーがいることもあるだろう。アスレティック・ビルバオのスペイン代表ニコ・ウィリアムスとの交渉が水面下で行なわれているようだが、彼を含めて右利きのアタッカーが多く、左利きの久保は"別枠"になる。
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仮に久保がマドリードに入団した場合、アルダ・ギュレル、もしくは完全な両利きのブライム・ディアスとの競争になるだろう。実力的には劣っていないし、むしろ実績は優り、突破力、ゴールへの迫力に関しては完全に凌駕している。
アロンソ監督は3−4−2−1のシステムを用いる印象が強くなった。各国の指導者が真似るほど、その完成度が高い。ただ、ラ・レアルB時代は4−3−3を主流にし、レバークーゼンでも相手や状況次第で4バックも用いていた。手持ちの選手を最大限に活かすため、柔軟にフォーメーションを組める指揮官だ。
その点、久保のように、サイドアタッカー、トップ下、シャドー、インサイドハーフもできるクレバーでテクニカルな選手にとっては、理想的な環境と言える......。
2019年当時、アロンソ監督は久保にこんな言葉を贈っていた。
「マドリードでプレーすることは簡単ではない。周りの要求はすごく高いし、他のクラブと違って、満足してもらえることなんてないからね。重い責任を背負い続けながらプレーできるか。そのメンタリティが必要だろう」
アロンソ、久保と、選手時代にラ・レアルで頭角を現わしたふたりが組むことがあれば――何か起こりそうな気配のある共演だ。