
NHKで好評放送中の大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」。“江戸のメディア王”と呼ばれた“蔦重”こと蔦屋重三郎(横浜流星)の波乱万丈の生涯を描く物語は、快調に進行中。5月25日放送の第20回「寝惚(ぼ)けて候」で蔦重は、江戸で人気の“狂歌の会”に参加し、狂歌との運命的な出会いを果たした。その狂歌の会を夫の元木網(ジェームス小野田)と共に主宰し、天明狂歌をけん引する女性狂歌師・智恵内子を演じているのが、声優・アーティストとして活躍する水樹奈々。初出演となる大河ドラマの舞台裏や物語のカギとなる狂歌の印象を語ってくれた。
−大河ドラマ初出演だそうですが、オファーを受けた時のお気持ちはいかがでしたか。
大河ドラマどころか、テレビドラマ自体がデビュー直後に一度出演したきりだったので、マネジャーさんから「オファーが来ていますが…」と聞いたときは、あまりにも“青天の霹靂(へきれき)”すぎて、ドッキリかと思いました(笑)。
−そこから出演に至った経緯を教えてください。
その後、改めてお話を伺ったところ、「智恵内子は、江戸のポップカルチャーとなる狂歌をけん引する数少ない女性狂歌師の1人。言葉をしっかり伝えられる方に演じていただきたいので、歌と言葉にまつわる表現をされている水樹さんにぜひ」とのことでした。非常に恐縮しましたが、私も作詞をさせていただくなど、共通点も多く感じましたし、ちょうど今年は歌手デビュー25周年の節目ということもあり、このご縁も神様が与えてくださった新たなチャレンジの機会かもと考え、お受けしました。
−演じる上で、智恵内子をどんな人物と捉えましたか。
監督からまず伺ったのは、“ツンデレ”ではなく、“ツンツン”キャラということでした。当時は、女性は一歩下がって男性を立てるという時代ですが、智恵内子は芯のある女性で、夫の手綱をしっかり握っている。その上で、夫の元木網と一緒に湯屋を切り盛りしつつ、狂歌の会も仕切る。そんな頭の切れる人物なので、“ツンツン”でと。同時に、「羽目を外して宴会を楽しむ一面もあるので、キレのある人物として演じてほしい」というお話もありました。そのお話を踏まえた上で、夫の元木網との関係性を、ちょっとした仕草や表情で表現できたら…と考えています。
−クランクインの様子はいかがでしたか。
私のクランクインは宴会のシーンだったので、多くの方にごあいさつできたのはうれしかったです。当日はとても緊張しましたが、所作指導の練習から一緒だったジェームス小野田さんが気さくに話しかけて下さったおかげで、リラックスして臨むことができました。そのシーンでは、蔦重が突き飛ばされるお芝居もあったので、横浜流星さんがどうすれば激しく見えるか、受け身の取り方を何度も入念に検証されていたことが印象的でした。その体のキレのよさに驚くと同時に、限られた時間の中で皆さんが自分の持ち味を瞬時にアドリブで加えていく姿にも感動しました。
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−実写のお芝居に難しさを感じた部分はありますか。
声と動きの連動は、自分の中で大きなテーマになっています。声先行になりがちなので、どのように自分の動きとひも付けていけばいいのか、真っ先に考えました。実写のお芝居は目線の動きやまばたきの一つ一つ、すべてに意味が出るところが、とても難しくて。実は最初、せりふをしゃべりながら、無意識に何度もまばたきをしてしまったんです。終わった後で気付き、「やってしまった!」と。ただ、それはテストだったので、本番で修正できましたが、頭のてっぺんから足の先まで、一瞬たりとも気を抜くことができないことを痛感しました。


−水樹さんは声優としてもご活躍ですが、智恵内子の声については、どのような点を意識していますか。
声優として演じるとき、そのキャラクターがどんなふうにしゃべるのか、私は骨格からイメージを膨らませています。この骨格なら、こういう声帯で、こんな音の響き方で、こうしゃべるだろうと想像し、そこから導き出された声を当てるようにしています。ただ今回は、自分の肉体がそのキャラクターに当たるので、自分の動きに連動して出てくる音が正解と考え、声を作る、いい声で狂歌を詠む、といったことは意識せず、お芝居の中で自然に出てくる声をそのまま生かすようにしました。
−狂歌師役を演じて、狂歌の魅力をどのように感じましたか。
実は、撮影で最初に読んだ歌が百人一首のパロディーだったんです。私は小学生の頃、百人一首クラブに所属していたので、元ネタがわかってより楽しむことができました。そういう意味で狂歌は、知識や教養があるほど、深く楽しめるものだと感じました。しかも、「今回のお題は“うなぎに寄する恋”」と言われたら、みんな即興で読んでいく。同じお題でも人によって詠む歌が全く異なり、特に男性は下ネタになることもあったりして(笑)。詠み方も決まったものはなく、宴会の中でどんちゃん騒ぎながら詠むときもあれば、和歌のように格式張って詠むときもあり、本当に自由なんです。まるで現代のラップバトルです。
−第20回でもその自由な雰囲気は伝わってきました。
そういう格式張らない面白さが、ポップカルチャーとして庶民に親しまれるようになった理由なんでしょうね。ただその分、瞬発力や構成力、センスは知識量に左右されるので、智恵内子が、ものすごく教養のある方だったことにも気付かされました。
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−狂歌と現代のポップカルチャーの共通点を感じた部分はありますか。
今までにないものにお客さんが魅力を感じて話題になるのは、当時も今も変わらないんだなと。だからこそ、蔦重はアンテナを広く張り、面白いものをいち早く見つけ出していた。しかも、お金をかければヒットするというわけでもなく、どう売り出せばいいのか、アイデア勝負の面もあり、そこにはセンスが要求される。そういう点も現代と同じですよね。
−ご自身の声優・アーティストとしての活動との共通点を感じた部分はありますか。
私もライブの演出を自分で考えていますが、常に新しく面白いことに挑みたいと、普段からさまざまなものに触れるようにしています。蔦重の足元にも及びませんが、その点では少なからず近いものはある気がしています。また、声優としてオーディションを受ける時も、水樹奈々ならではの表現ができた時に合格することが多いので、そういった発想の転換やアプローチの仕方なども、共鳴するところが多いと感じます。
−江戸のポップカルチャーを描く作品の魅力をどのように感じていますか。
当時、どんなものが人々に愛され、芸術や文化がどのように発展していったのか、以前からとても興味がありました。それが人間ドラマを交えつつ描かれているところが、非常に魅力的です。中でも、女性としては瀬川(小芝風花)たち花魁の切ない恋やつらい日々を精いっぱい生き抜こうとする生きざまが胸に響き、思い切り感情移入しながら見ていました。
−今後の智恵内子の見どころを教えてください。
狂歌との出会いをきっかけに、蔦重はこれからさらにヒット作を世に送り出していくことになります。その火付け役として、智恵内子が登場する回は物語を大きく動かすカギになるので、ぜひご期待ください。しかも、緊迫感があり、胸が痛くなる展開も少なくない物語の中で、終始ふざけたことばかりしている狂歌の会は、笑えてホッと息がつけるシーンになると思います。楽しんでいただけたらうれしいです。
(取材・文/井上健一)
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