寺尾聰、「昔を振り返ることはあまりしない」 長年のキャリアを通じて見つめてきた“本質”とは?

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2025年06月06日 14:40  クランクイン!

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寺尾聰  クランクイン! 写真:高野広美
 2016年、イギリスでアルツハイマーの父と息子の1本の動画がSNSに投稿され、世界中で話題に。そんな実話をもとに作られた映画『父と僕の終わらない歌』で主演を務めた寺尾聰にインタビューを敢行した。本作は、音楽を通じて父と息子が絆を深めていく姿を描いた感動のヒューマンドラマだが、寺尾にとって出演の決め手は、実は松坂桃李との共演だったと言う。そこにはどんな思いが? 約50年にわたり俳優、ミュージシャンとして第一線を走ってきた寺尾が、長年のキャリアを通じて、「語ること」「見せること」の本質について、そして“言葉”と“心”の距離について静かに、しかし熱を持って語ってくれた。

【写真】インタビューに答える姿も絵になる! 寺尾聰、撮りおろしショット

◆芝居を観て、心で感じてもらう――それが全て

 インタビューが始まってすぐ、レコーダー(録音機)を出すと、「こんなもん、やめようよ」と寺尾聰は呟いた。いわく、「面白かったら面白いって書けばいい。つまらなかったらつまらないって書けばいい」と。

 しかし、そこには、長年映画という“嘘”を“本物”として伝えてきた人間ならではの、揺るぎない信念がある。

 「映画っていうのは、ドキュメンタリーじゃない。いかに嘘を“本物”にするか。それが僕らの仕事。取材も宣伝も、その延長線上にある。だからこそ、忖度とか“擦り合わせ”なんてやっていたら、ろくなもん作れないと思うんだよね」

 本作のポスタービジュアルも、そんな哲学の上で撮られている。

 「“こっち向いて”とか“ポーズとって”とか、やめてくれ。本番中でもいいから、好きなところから自由に撮って」

 そして出来上がったスナップの中から、寺尾自ら「これだ」と選び抜いた1枚は、演技中でもなければ、打ち合わせ中でもない、親子の自然体を感じさせる瞬間を捉えていた。

 「俺と松坂(桃李)くんが、どれだけ自然に“親子”を作れたかがその写真に出ている。ナチュラルな表情って、演技じゃなかなか出ないからね。あれは本当にいい写真だったよ」

 今回、寺尾が演じたのは、音楽とユーモアをこよなく愛し、生まれ育った横須賀で楽器店を営む間宮哲太。そんな彼がアルツハイマー型認知症を患い、徐々に全てを忘れていく中、つなぎとめたのは、松坂桃李扮するイラストレーターの息子・雄太と、松坂慶子扮するチャーミングで茶目っ気ある妻・律子、深い絆で結ばれた仲間、そして愛する音楽だった。
 
 その姿は実にリアルだが、実は寺尾自身も経験があるという。

 「母が僕を認識できなくなったとき、やっぱり悲しかったし、辛かった。でもね、それって普通の“悲しさ”とは違うんだよ。包んでるのは、やっぱり“愛情”。言葉にするとたった二文字だけど、それを“感じてもらう”ことが僕らの仕事なんだよ。ポスターや宣伝、インタビューでいくら言葉を並べても意味はない。芝居を観て、心で感じてもらう。それが全てだと思っている」

◆“明るいけど切ない”っていうのが一番キュンとする


 本作のもう一つの大きな魅力に、寺尾自身が歌う名曲たちがある。

 例えば、チャールズ・チャップリン作曲の「SMILE」。その選曲には、彼自身の過去の演奏歴やプロデューサーとのやりとり、そして映画そのものに通底するテーマが深く関わっている。

 「最初、SMILEを歌うって話が出たとき、『あ、これは永遠のテーマだな』と思ったんだよね。メロディーを聴いた瞬間に、『これをちゃんと歌うのは、実は一番難しいかもしれない』って感じた。でもさ、別に構えてやってるわけじゃないんだよ。今回に限って言えば、“役が歌うから歌う”。ただそれだけのことなんだ」

 本人にとって“特別に”という意識はないという。しかし一方で、この楽曲が持つ背景や、映画の中で響かせるべき感情には、明確な共鳴がある。

 「チャップリンの映画は、全部観たよ。彼はアメリカをほとんど追放されるような形で去った人物だけど、どの作品にも“愛情”がある。痛みがあっても、全部愛で包んでる。それがすごく伝わってくる。SMILEにも、それがあるんだよ」

 劇中で使用される楽曲は、「SMILE」だけではない。実はこれらの曲の多くは、寺尾自身が長年にわたりライブで歌ってきたスタンダードナンバーの中から選ばれたという。

 「ライブでは、200曲ぐらいスタンダードをやってきてるから。その中から、監督やプロデューサーが“これがいい”とか“これはちょっと違うかな”ってピックアップしてくれて。最終的に残った曲たちを、映画の中で使ってるんだ」

 選曲の基準は、「どんなに明るくても、どこかに切なさがある」こと。そうした“明るさの中にある陰影”こそが、彼が映画や音楽に求める「感情の奥行き」にもつながっている。

 「なんかさ、“明るいけど切ない”っていうのが一番キュンとするんだよね。人生って、そういうもんじゃない? 笑ってても、どこかに悲しみがあるし、逆に泣いてても、愛情がある。俺、そういう“キュンとする”仕上がりの作品が好きなんだよね。観る側としても、作る側としても」

 だからこそ、「狙って感動させるようなもの」は、自分の中では意味をなさないという。

 「“ここで泣いて下さい”みたいな映画ってあるでしょ? 俺、ああいうの、あんまり好きじゃない。人によって感動のポイントなんて違って当然だし、自分で感じて、自分で涙が出るような、そういうのがいいんだよ。『SMILE』もそう。押しつけじゃなくて、“響くかどうかは、あなた次第”。それでいいんだよね」

 役が“歌手”という設定だったから、歌うことになった。だから構えていない──そう語りながらも、そこには、役者・寺尾聰としての覚悟が自然とにじみ出ている。それはおそらく雄太を演じる松坂桃李にも伝わったのだろう。

 ラストシーンで松坂桃李が「本気泣き」を見せた。それも事前に打ち合わせは一切していなかったという。

 「言わなくても分かると思ってた。あいつ、頭いいからさ。感度も俺と近いんだと思う。信頼してたし、あの場面で100%理解して、見事な芝居してくれた。あれは“演じた”んじゃなくて、“そこにいた”って感じだったな」

 その瞬間、親子という“嘘”は、たしかに“本物”としてスクリーンに立ち上がった。

◆父・宇野重吉からの言葉を黒澤明監督の現場で実感


 松坂桃李に対して絶大な信頼を寄せる寺尾は、「まだあの若さであんなに見事な芝居ができるんだからさ。羨ましいよ」とつぶやく。自身は今の松坂桃李くらいの頃、どんなことを考え、どんな夢を抱いていたのだろうかと問うと。

 「全然覚えてないなあ。昔を振り返るってこと、あんまりしないんだよね。楽しかったことを思い出すことはあるかもしれないけど、基本的には“今”しか見てない。よくさ、人生の中で“一回くらいは振り返ることがある”っていうじゃない? でも俺、多分一回もないかも」

 しかし、自分が受け継いだものを振り返ったとき、自然と父の話が出てきた。

 「今の自分があるのは、全部、親父からもらったもの。俳優としても、人間としても。俺はその十分の一も受け継げなかったけど」

 寺尾聰の父、宇野重吉。新劇の名優にして演出家だったその存在は、息子にとって何よりも大きな“存在”だった。

 「でも、何も教わった記憶はないよ。今にしてみれば、もっと近くで教わればよかったって思う。でも、その頃は役者になろうなんて思ってなかった。不良だったからさ(笑)。それでも、奈良岡朋子さんから言われた言葉が心に残っているんだよ。『あんた、他に行っても何も学ぶことないよ。あんたはもう全部持ってる』って。最初は何言ってんだ?って思ったけど、今思えばその通りだったな。全部もうもらってた。子供の頃からずっと演技が生活の中にあったんだと思う」

 映画と舞台の違いを問うたとき、父はこう答えたという。

 「映画はさ、カメラが360度どこからでも撮れるから、どこからでも芝居を見られるでしょ。でも舞台は、そうはいかない。基本的に正面にしか観客はいないから。でもな、そこに1000人がいたとして、その全員の目を一瞬で引き寄せる芝居って、やっぱり作れるんだよ」

 その言葉を、自身も黒澤明監督の現場で実感することになる。

 「黒澤さんは監督としては天才だった。アップを撮る時でも、普通に近づくんじゃなくて、ロングレンズで撮る。その画がもう全然違う。そりゃそうだよ、天才だもん」

 父・宇野重吉のこと、黒澤明のことを懐かしそうに語る寺尾は、不意に目の前の筆者に「あなたは過去を振り返ることある? 何かやり直したいことってある?」と尋ねた。

 そこから、筆者が夫婦でフリーランスのライター業をやりくりしながら、子どもが幼い頃には取材・打ち合わせは先に入れた者勝ちで、駅で子どもを引き渡していた、仕事ばかりしすぎたという話をすると、寺尾は優しく笑った。

 「他人には理解されないかもしれないけど、それもひとつの“愛情”の形だよ。その夫婦の中では、きっとすごく意味のある育て方だったんだと思う。俺、人の話を聞くのが好きなんだよ。俺より、あなたの話のほうが面白かったな。映画になるんじゃない?」

 飾り気なく、演じることの本質を知る男の言葉には、嘘がない。だからこそ、彼が“本物”として伝える愛や痛みは、深く、静かに心に沁みるのだ。

 最後に、「演技をする上で、大事にしていることは?」と尋ねると、寺尾はふっと笑って答えた。

 「それは企業秘密。言っちゃったら、みんな同じになっちゃう。ヒントもないよ(笑)」

 しかし、演技に対しては確固たる持論を持っている。

 「日本には演技論を学ぶ“場”がまだまだ少ない。アメリカにはニューヨーク・アクターズ・スタジオがある。マーロン・ブランドも、ロバート・デ・ニーロも、みんなそこ出身だよ。俳優だけじゃなく、カメラマンも一緒に学ぶような場所が日本にも必要だよね。本当は、そういうところでじっくり基礎を学ぶべきだと思うんだ」

 どこまでも静かに、しかし確かな熱を宿して。寺尾聰という俳優は、今日も“本物”を届けようとしている。(取材・文:田幸和歌子 写真:高野広美)

 映画『父と僕の終わらない歌』は公開中。
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