
お笑いコンビ「ペナルティ」のワッキーが6月4日、千原せいじのYouTubeチャンネルに出演し、自身のがん闘病時に受けた支援や、そのとき感じた「芸人としての使命」を語った。
普段は明るく、ひょうきんなキャラクターで笑いを振りまくワッキーだが、この日ばかりは、5年前に患ったがんとの闘いを真剣に振り返り、視聴者からも「貴重な体験談ありがとうございます」「自分も手術なので勇気をもらいました」とのコメントが届いている。
がんの発生源がわからない「原発不明がん」
ワッキーが異変に気づいたのは48歳のとき。喉にできた2つのしこりを不審に思い、耳鼻科を受診したものの原因不明。紹介された大学病院で精密検査を受けた結果、「ウイルス性のがん」と告げられ、しかも「転移している」との宣告だったという。さらに判明したのは、「原発不明がん」だという事実。がんの発生源がわからないまま進行していたのだ。
夫婦でセカンドオピニオンを受けた結果、喉の奥深くにある「中咽頭がん」と診断される。しかも、その正体を突き止めたのは医師の触診によるもので、まさに“奇跡”だったという。
治療方法は大きく分けて手術か、放射線と抗がん剤の2択。後者の場合は95%の確率で治るものの、2つのリスクも。1つは唾液が出づらくなることと、もう1つは味覚を失われるということだった。
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「ワッキーは最終的に後者を選択しますが、現在も2つの後遺症は残り、『おいしい』という感覚が鈍ってしまっているそう。実際、復帰後には舞台にも出演していますが、大声を出すシーンでは唾液がほとんど出ないため、『5分ぐらい喋ると、喉がカラカラ。喋りづらくなって、よく噛んだりする。なのでちょっと不安。大声を張り上げたりするから』と不安も吐露していました」(お笑い関係者)
しかし、治療が順調であっても、その過程は決して楽ではなかった。声が出づらくなり、体重は激減。食事も喉を通らない日が続く中で、ワッキーはただの“患者”に留まらず、病棟でのある活動に打ち込んでいた。それは、同じ病棟に入院していた若者たちを笑わせること。満足に声が出せない状態でも、身振り手振りで笑わせる姿は、まさに芸人としての“本能”だった。
「俺は芸人としてこの病棟を明るくするために来た」と考えるようにし、患者たちに笑いを届ける活動をしていたというワッキーに、せいじも「初めてカッコええと思った」と真顔で称賛した。
仲間たちからのエール
そんなワッキー自身に力を与えていたのが、「仲間たちからのエール」だ。ワッキーは高校時代、名門・市立船橋高校サッカー部で活躍。芸能界でも屈指のサッカー通として知られ、Jリーグ関係者との交流も深い。そんな縁から、闘病中には数多くのサッカー選手が激励の声を届けてくれたという。
「特に感動的だったのが、浦和レッズの槙野智章による呼びかけで実現した応援動画。三浦知良から始まり、Jリーグのチーム単位でエールが送られています。最後にスター選手のイニエスタが、ワッキーのお株を奪うような『ジャッキーさん、頑張って』と名前を間違えるオチもつき、笑いを欲していたワッキーはかなり元気をもらったそう。このエピソードは入院当時にも報告されており、サッカーファンから拍手が送られていました」(スポーツ紙記者)
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そんな中、ワッキーが思わず号泣してしまったエピソードも披露された。
母校・市立船橋の現役生たちが、寄せ書き入りのユニフォームを贈ってくれたのだ。さらにライバル校である流通経済大学付属柏サッカー部からもエールの寄せ書きが届き、その“思いのバトン”にワッキーは涙が止まらなかったという。
現在は復帰し、再び舞台に立つワッキー。笑いの裏側にある“絆”の物語は、これからも多くの人の心に響き続けることだろう。