なぜ「映画祭」は開催されるのか 文化、経済、国の思惑

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2025年06月08日 09:21  ITmedia ビジネスオンライン

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米アカデミー賞とカンヌの違いは?

 映画賞なるものは国内外に数多くありますが、有名な世界三大映画祭のカンヌ、ヴェネチア、ベルリンを筆頭に、映画の祭典である国際映画祭のコンペティション部門などに正式出品、特別招待上映された作品は注目度、期待度ともに高く、世界に向けた初披露の場となるわけです。


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 コンペ部門でグランプリ、作品賞、監督賞、俳優賞、審査員特別賞などの主要賞を受賞することができれば、お墨付きをもらえるわけで、作品の質が保証され、強力な宣伝ポイントとなり、興行価値も上がります。


 映画祭とはそもそもなぜ開催されるようになったのでしょうか。国や地域によって事情は異なりますが、理由のひとつは、国の文化力をアピールするためで、公的機関が共催していることが多いです。


 例えばカンヌ国際映画祭は、1930年代後半にファシスト政府の介入を受けて次第に政治色を強めたヴェネチア国際映画祭に対抗するため、フランス政府の援助を受けて開催されることになったと言われています。


 また、新しい映画作家や作品に光を当てることで、新たなビジネスが生まれ、開催地域に経済効果をもたらすことも大きな理由でした。各映画祭について見てみましょう。


●カンヌ国際映画祭


 1946年にフランス政府が開催してから毎年5月にフランス南部のコート・ダジュール沿いの都市カンヌで開催されている(1948年、1950年は中止)、世界で最も有名な映画祭のひとつ。審査員を著名な映画人や文化人が務めることも特徴です。


 国際映画見本市が併設され、ミラノ国際映画見本市、アメリカン・フィルム・マーケットと並んで世界三大マーケットのひとつでもあります。マーケットには例年数百社、数千人の映画製作者やバイヤー、俳優らが参加し、世界各国から集まる新作映画を売り込む場となっています。世界三大映画祭と世界三大マーケットが同時開催されるのはカンヌだけなので、世界中のマスメディアから毎回大きな注目を集めます。


 日本映画では、パルムドール(最高賞)を衣笠貞之助(きぬがさていのすけ)監督『地獄門』(第7回)、黒澤明監督『影武者』(第33回)、今村昌平(いまむらしょうへい)監督『楢山節考(ならやまぶしこう)』(第36回)、『うなぎ』(第50回)、是枝裕和監督『万引き家族』(第71回)が受賞しています。


●ヴェネチア国際映画祭


 イタリアの国際美術展であるヴェネチア・ビエンナーレの第18回(1932年)に映画部門としてスタートし、最初の国際映画祭とも言われています。第二次世界大戦により40年から42年は参加作品が減り、戦後も低迷しましたが、50年代に黒澤監督の『羅生門』『七人の侍』、溝口健二(みぞぐちけんじ)監督の『雨月物語』『山椒大夫』、稲垣浩(いながきひろし)監督の『無法松の一生』などの日本映画を世界に紹介したことでも有名です。


 また、1997年には北野武監督が『HANA-BI』で金獅子賞、2003年に『座頭市』で銀獅子賞、2005年に宮崎駿監督が栄誉金獅子賞、2020年に黒沢清監督が『スパイの妻』で銀獅子賞、2022年に是枝監督がロベール・ブレッソン賞を受賞するなど、近年も日本映画が受賞しています。


 長い間マーケット部門がなく、売買よりも芸術の映画祭として続いてきましたが、2002年にマーケット部門が新設されるなど、商業映画の比重は高まっています。毎年8月末から9月初旬に開催しています。


●ベルリン国際映画祭


 1951年に映画史家がディレクターとなって開催されたのがはじまりとされています。第二次世界大戦前はドイツ、ベルリンの西側の拠点で、東側の中にある当時の西ベルリンで西側の芸術文化をアピールするという政治的意図があり、当初は東側の作品が除かれていました。


 1976年に第2代のディレクターが就任すると、夏開催から2月開催に変更。1980年に第3代ディレクターが就任すると、ハリウッド映画に重点を置く選定が行われました。しかし、1994年に映画にも波及した関税と貿易に関する一般協定(GATT)の対立で、米国側が映画祭をボイコットする騒ぎとなり、ハリウッド重視の方針に影響を与えました。


 カンヌ、ヴェネチアと比べ社会派の作品が集まる傾向があり、近年は新人監督の発掘に力を注いでいます。最高賞は作品賞にあたる金熊賞で、同賞の名は熊がベルリン市の紋章であることにちなんでいます。


 日本映画では、1959年に黒澤監督が『隠し砦の三悪人』で銀熊賞(監督賞)、1963年に今井正(いまいただし)監督が『武士道残酷物語』で金熊賞を受賞。近年では宮崎監督の『千と千尋の神隠し』が金熊賞、濱口竜介監督の『偶然と想像』が銀熊賞(審査員グランプリ)を受賞するなど、多くの日本映画が紹介され、受賞しています。


●米アカデミー賞


 最も一般的に知られているのが米国のアカデミー賞でしょう。1927年に設立された「映画芸術科学アカデミー」の夕食会の一環として授賞式がはじまったとされています。第1回は1929年5月16日にロサンゼルスにあるルーズベルトホテルで行われた夕食会で賞を授与。当初はオスカー像(裸の男性の像)ではなく、同様のデザインを施した楯が贈られていたようです。


 第2回から地元ラジオ局により実況がスタートし、第17回から全国放送されました。エンタメ色が色濃くなったのは、米国が第二次世界大戦に参戦した1942年以降で、前線にいた兵士たちを喜ばせるためだったとも言われています。


 「米国映画の祭典」と言われることから、基本的には自国の映画を対象とした映画賞で、選考対象も「1年以内にロサンゼルス地区で上映された作品」とされています。毎年1月にノミネート作品を発表し、映画芸術科学アカデミー会員の投票が行われ、2月の最終日曜もしくは3月の第一日曜に授賞式が行われることが多くなっています。


 世界三大映画祭よりも古い歴史と知名度を持つ賞であることから、マーケットへの影響力は国際映画祭の各賞以上に大きく、受賞結果が各国の興行成績に大きな影響を与えます。世界三大映画祭ではグランプリ、米アカデミー賞では作品賞の受賞が興収アップに直結すると言えるでしょう。映画に携わる者の夢の舞台、憧れの場でもあります。


 なお、2025年に第48回を迎えた、日本アカデミー賞の最優秀賞を決める授賞式は毎年3月に開催されています。映画ファンと共に、映画界に従事する映画人と前年の総決算として互いを称え合う式典となっていて、最優秀作品賞など主要賞を受賞した作品は再上映されたりします。


※この記事は『映画ビジネス』(和田隆/クロスメディア・パブリッシング)に掲載された内容に、編集を加えて転載したものです。


(和田隆、映画ジャーナリスト、プロデューサー)



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