写真 こんにちは、コラムニストのおおしまりえです。
「子どもの3歳までをどう過ごすか」ーー。第一子の誕生とともにこの問いを抱き、2023年に千葉県から石川県加賀市にあるわずか10世帯の限界集落「今立町」へ移住した近藤さん一家。この4月には、念願だった自然体験型の古民家宿「古民家ゆうなぎ」をオープンさせました。
近藤家は、移住を決意してから約3年の間に、自宅購入・退職・引っ越し・転職・出産・起業と、人生の大きな決断が続いています。
現在の暮らしは理想そのものといいますが、これだけビッグイベントが詰まっていると、苦労も多かったのでは……これまでのインタビューでは、移住の経緯から準備、子育てへの影響などを聞いてきました。
最終回となる今回は、見知らぬ土地、それも限界集落で宿をオープンさせるまでの苦労や、これからの家族の目指す方向を夫の裕佑さん、妻のなぎ沙さんに聞きました。
◆限界集落で宿を開業!地域との壁をどう乗り越えたか
地方移住の課題のひとつは、地域社会に馴染めるかといった点だと思います。宿のオープンよりもう少し手前の話として、地域との繋がりをどのように築いていったか、教えてください。
裕佑さん「移住してからは、まずは地域に顔を出すことを大事にしました。作業や寄り合いにも参加して、『ここで暮らす者』として信頼を得るようにしました。とはいえ、宿をやることは集落にもインパクトがあり、不安に思われている方もいました。
『オーバーツーリズムになるのでは?』『乱開発されるのでは?』と、誤解もあったようです。そこで『どんな宿にしたいのか』といった説明会を開かせていただき、『地域にも良い影響をもたらす宿を目指していること』を伝えたり、心配事を具体的に聞き説明するきっかけができました。そこから、理解が進んだり、ぐっと距離が縮まった気がします」
2025年4月にオープンした古民家宿の「古民家ゆうなぎ」は、リフォームの多くを近藤さんたちの手でおこなっています。小さな赤ちゃんを連れてのオープン準備は大変だったと思いますが、なぜ自らの手を動かすにいたったのでしょう。
裕佑さん「古民家のDIYでは、漆塗りや障子の張り替え、床の張替えもできる限り自分たちで行いました。ほこりを誤って吸って体調を崩すこともありましたが、それも今となっては良い思い出です。DIYした経緯は、なるべく既にある古いものを活かしたかったからです。大工さんたちは古材を使った工事には対応していません。自分たちで解体して製材してと取り組んだら、ずいぶんと大掛かりなDIYになり、思いがこもった家ができ上がりました」
こだわりが詰まった「古民家ゆうなぎ」では、ただ古民家に泊まるだけでなく、農作業や川遊びなど、自然の中での体験ができる施設になっています。
◆宿開業や親の奮闘を見せることも、子どもにとっての教育のひとつ
ただここで気になることが……近藤さんは、地方移住にあたり、古民家の自宅を450万円で購入しています(※過去記事参照)。
そのお金は、妻のなぎ沙さんが貯金から出したそうですが、さらに宿となる古民家を購入した場合、資金や回転準備は、どのようにお金を工面したのでしょう。
裕佑さん「宿の開業には1000万円以上かかり、そのうち540万円は日本政策金融公庫から借りました。残りは親戚の支援や助成金で補い、妻の貯金もあわせて何とか工面しました。資金はギリギリだったので、寝具や備品をそろえるだけでも大きな出費で、シーツを何枚買うか相談するほど綿密にやりくりしていました。生活費はどうしているんだという話ですが、これは僕の中学校の支援員としての収入と、生活費にも使用して良いという助成金を利用しやりくりしています。
なぎ沙さん「地域理解、DIY、起業と、すべてに全力投球の中の育児だったので、正直子どもに寂しい思いをさせたかもしれません。でも息子にとっても、ビジネスのリアルを体験できる時間ではないかと思っています。
最近は長男が『お客様からお金もらったの?』と聞いてくれる場面がありました。『そうだよ。人の役に立つとお金をもらえるんだよ』と返します。あと、宿のコンセプトにもアイデアを出してくれたりするんです。商売の場に家族みんなが関わることは、私たちの目指す姿の一つでした。自然環境の中で育つことと合わせて、商売をやっている現場を見ることも、子どもにとって良い経験かなって思っています」
◆古民家宿のコンセプトは「人としての原点を体感できる場所」
そんな近藤さん一家の想いが詰まった「古民家ゆうなぎ」は、単なる旅行先ではなく、自然に触れた「人としての原点の暮らし」を体感できる場所にしていきたいと語ります。具体的にどういった体験ができるのでしょう。
裕佑さん「生活体験型の宿として、梅の収穫や川遊び、畑しごとなど、季節の暮らしにふれるプログラムの提供を予定しています。これらは、単に旅行のアクティビティとして経験するのではなく、『人としての原点の暮らしのお裾分け装置』として提供できたらと思っています。宿というより実家や別荘というふうにとらえていただけると良いと思うし、ゲストの方にとって“もう一つの生活の場所”、“人生の中での拠点の一つ”と思っていただけるととても嬉しく思います。そこに“親切なご近所さん”、“自然の中での暮らしを大切だと思う仲間”として僕たち家族が伴走できたらいいなと思います。
例えば地方移住って、興味はあるけど状況的に難しい方もいますよね。でも子どもには自然体験をさせてあげたい。そんな方には、年に数回『古民家ゆうなぎ』に泊まりに来ていただければ、四季を感じながら、その時々の原点の暮らしを体験できます。そういう経験の中で、本格的に移住したいなと思う方がいたら、今度は僕たちがなにかサポートができたらと思っています」
なぎ沙さん「あとは、お母さん同士が深くつながれるコミュニティも、古民家宿を拠点に作りたいと思っています。イベントではなく、週1回ふらっと来て話せるような場所のイメージです。子育てって、『お母さんが幸せでいることが子どもの幸せ』だと本当に思います。じゃあお母さんの幸せって何かなって考えると、『周りの人と繋がって幸せを感じられているか』だと思うんです。
子育てをしてると、『今誰かいてくれたらいいのに〜』って思う瞬間があります。大人と喋りたい瞬間があります。そんな時の場所として、『古民家ゆうなぎ』が繋がれる場になって、話ができる場になれば、それだけで子育てはもっとラクになるんじゃないかなと感じます。
◆子どもが“家族の一員”として生きる場を作る
育児に宿の運営にと、理想とする自然の中での暮らしである一方で、今後の構想もいろいろあるようです。
また、古民家の運営や今の生活は、“子どもに役割をもたせる”という教えも担っていると語ります。それは単にお手伝いをさせるとか、労働力として期待するといった話ではないといいます。近藤さんの教育方針を聞きました。
裕佑さん「子育てって、いろんな考えがありますが、近年の傾向として、子どもが『家族での生活を成り立たせるための一員』ではなくなっているように思います。本来の家族って、『全員が何かしらの役割を持っている組織』だと思うんです。でも、今の社会での子どもって、”学校行って塾行って、ゲームして終わり”になっていたりします。それって、家族の中での役割を持っているようで持っていない気がするんです(少なくとも短期的には)。そしてそれが本人の家庭内での存在感、ひいては自己肯定感を低下させているのではと思うんです。
こんな話があります。モンゴルの遊牧民は、引っ越しの際に3歳の子どもでも、ちゃんと役割があるそうです。やかん1つを運ぶとか、そういうレベルの役割ですが、誰しもが役割を持ち、家族と関わることは存在感を見出していくためにも、とても大事だなと感じます。田舎での暮らしは、家族が必然的に”群れ”になります。僕はこの古民家運営や地方移住の生活では、子どもをちゃんと家族の仲間にしたいと思っています。だから、『家族のためにやれることはやろうね』って常に言っています。
また、それを具現化するチャンスが、今の生活にはたくさんあります。宿のお客様を迎え入れるとか、雪かきを一緒にするとか。畑仕事をするとか。実際、長男は宿の土間を箒で掃いたり、お部屋に飾る花を採って生けたり、山菜の採り方もお客様に伝えてくれたりしています。もちろんスキルはまだ足りませんが、やろうってマインドは芽生え始めているかなと思います。こうした感覚的な経験も、宿に来ていただければ育むことができるんじゃないでしょうか」
宿は2025年4月にオープンしたばかり。限界集落は“閉じた場所”というイメージがありますが、近藤さん一家のように宿をオープンしなくても、そこでの生活で自らが“つながりを生むハブ”になるよう、暮らしを育て、居場所を築いていくことは可能です。今後も近藤さん一家のチャレンジと、自然とともにある生活は続きます。
都会で虫を探すのもひと苦労な暮らしの中でこの話を聞いた筆者は、まずは子どもにどんな役割を持たせられるかを、考えていくところから始めたいと思ったのでした。
【近藤裕佑】
赤ちゃんから楽しめる一棟貸しの宿「古民家ゆうなぎ」・自然体験活動団体「かが杜の学び舎ゆうなぎ」代表。自然体験活動指導者や教員としての経験を活かし、「原点教育(人間の古くからの生活や自然に触れ、これからの生き方を考える教育)」を主軸に自然・文化体験活動を提供する。YouTube:@kont_juniorhighschool_societyでは歴史の講義通しての知識面からの原点教育を試みる。
【近藤なぎ沙】
「古民家ゆうなぎ」「かが杜の学び舎ゆうなぎ」副代表。元学童保育支援員。保育士・幼稚園・小学校教諭免許を活かし「つながる子育て」をモットーに、自然・母親・親子がつながる居場所づくりや、「親子向け里山里海ステイ」の受け入れも構想中。木育インストラクター、おもちゃコンサルタントとしても、木のおもちゃの魅力発信や木育活動を行う。
<取材・文/おおしまりえ>
【おおしまりえ】
コラムニスト・恋愛ジャーナリスト・キャリアコンサルタント。「働き方と愛し方を知る者は豊かな人生を送ることができる」をモットーに、女性の働き方と幸せな恋愛を主なテーマに発信を行う。2024年からオンラインの恋愛コーチングサービスも展開中。X:@utena0518