TVアニメ『ONE PIECE』の放送25周年を記念して2024年10月に放送された『ONE PIECE FAN LETTER』。7月30日にBlu-rayとDVDが発売になるこの作品を、まるごと1冊で紹介する『ONE PIECE magazine 別冊 Focus on “ONE PIECE FAN LETTER”』(集英社)が登場した。これが凄い。ストーリーやキャラクターの紹介と演じたキャストへのインタビューだけでもファンには嬉しい上に、アニメがどのようにして作られているかを制作スタッフの言葉や豊富な図版から学べる1冊だからだ。
参考:【写真】圧倒的な迫力! 『ONE PIECE』尾田栄一郎先生の生原稿
■『ONE PIECE』世界にいる普通の人たちの日常
モンキー・D・ルフィと麦わらの一味による大冒険を描く『ONE PIECE』シリーズにあって、尾田栄一郎の漫画には登場しないエピソードが描かれているのが大崎知仁の『ONE PIECE novel 麦わらストーリーズ』(集英社)だ。普通の人たちの日常が短編の連作として綴られたこの本を元に、『ONE PIECE FAN LETTER』は作られた。
シャボンディ諸島に暮らしていて、麦わらの一味のナミに強い憧れを抱いている少女がナミにファンレターを渡そうとするメインストーリーの中に、同じ海兵になっていながら愚直で出世もままならない兄と、世渡り上手の弟の複雑な関係や、無骨な顔をしながらトニートニー・チョッパーが大好きな海軍本部中佐、ソウルキングことブルックの大ファンという書店のアルバイト女性らの物語を交錯させて、麦わらの一味に様々な思いを抱いている人たちが大勢いることを見せていく。
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結果として、麦わらの一味の強い影響力が浮かび上がってくるという味わい深いストーリーを持つこの企画が、どのように決まっていったかがガイドブック『ONE PIECE magazine 別冊 Focus on “ONE PIECE FAN LETTER”』で紹介されている。鍵となったのは、監督で絵コンテや演出、脚本協力も手がけた䂖谷恵、絵コンテと脚本協力、そしてキャラクターデザインも手がけた森佳祐、脚本の豊田百香の3人だ。
ガイドブックの鼎談によれば、東映アニメーションで同期入社だった3人で以前から企画として錬っていたところに、ラインプロデューサーからTVアニメ25周年企画の話が来て本格的に始動したものだという。TVシリーズの新作放送がいったん止まり、「魚人島編」の再編集版が放送されることになって、そこに繋がる話としてシャボンディ諸島が舞台のエピソードがハマると考え、「会に行ける航海士(一日限定)に会いに言ってきた!」を中心にした。
小説では少年だった主人公を少女に変えたのは、恋愛感情抜きの純粋な憧れからファンレターを渡すという目に見える行動に向かう少女を軸にしたストーリーにしたかったから。原作と映像化の間で時に生まれるギャップが問題になることもあるが、この作品では集英社の『ONE PIECE』担当から打開策として示されたもの。良いものにしたいと誰もが考えていることが伺える話だ。
そこから、ガイドブックは「アイディア出し」「箱書き」「脚本」「絵コンテ」といった流れで、ストーリーを詰めていく様子が紹介されている。脚本では、少女がウソップと出会って言葉を交わすシーンで、始めて『ONE PIECE』に関わる豊田がウソップらしさを出せているかを心配したり、何縞も重ねて調整していったりしたことが紹介されていている。
森佳祐の言葉からわかる"アニメーターの心得"
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アニメを映像として見せる上で設計図になる絵コンテについては、森が「䂖谷さんはコンテを切る時、キャラ表(設定画)をあんまり見ていないよね。それもいいことなんです」と言っているところが興味深い。コンテでガチガチに固めてしまうとアニメーターが縛られてしまう可能性が伺えるからだ。
巧いアニメーターが揃っているからこそ、現場に任せられるということもあるだけに、すべてのアニメ制作でコンテはユルく描かれるべきとは限らない。それでも、森の「表情豊かなアニメにするには、いかにキャラ表から外れるかが大事」という言葉からは、その場面で何を見せたいのかを理解して描くアニメーターの心得のようなものが伺える。
そんな作画については、森の他に作画監督の林祐己、メインアニメーターの柏熊信と齋藤浩登が参加したページから詳細に語られていく。絵コンテではラフに描かれていたカットが、より丁寧なレイアウトとして描かれ、それを作画監督が修正したものを元にアニメーターが原画を描く。ここで、レイアウトから作画までの間でも、表情や角度に変化が付けられてることが分かる。
酒場で少女がウソップに言われたとおりに「とりあえず水」というシーンが、実際の作画とレイアウトとでは違っている。本屋のアルバイトがしゃがんでいる場面は、レイアウトではやや斜めからだったキャラが、正面で下から煽られるような絵になっている。さらに、画面には映らない下半身まで作画されていて、それが自然さに繋がっていることが指摘されている。1枚の画面、1つのカットにさまざまな試行錯誤があるということだ。
「演出」という、絵を描くアニメーターとは違った担当についてもしっかりとページが使われていて、「映像のクオリティを守る”最後の砦”」という言い方でその役割が紹介されている。レイアウトをチェックして作監修正に回すのも演出なら、場面に合った涙や汗の表現を決めたり背景をスライドさせてスピード感を出すようにしたりするのも演出の仕事。アニメーターたちによる最高の素材を調理して出す最高のシェフとも言えそうだ。
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『ONE PIECE FAN LETTER』は、いつものTVシリーズとは少し違った雰囲気のキャラクターデザインも話題になった。担当は森だが、どのようなキャラにするかは䂖谷が任天堂のゲームで使われる自画像的なキャラクターの「Mii」をそれぞれに作成して、原型案として示した。そこから大きく変わったキャラもいれば、目つきなどのニュアンスが残っているキャラもいるが、最初に方向性を見せたからこそその後の展開がある。ひとつのアプローチ方法として参考になるやり方だ。
方向性が固まってからも、様々な表情や角度の顔、そして仕草が描かれ服装の設定も検討されていって、最終的な形になることもしっかりと分かる。実に膨大な作業の上に、視聴者が見ているアニメにたどり着いたと思うと、そのキャラを見る目も前とは変わってくるだろう。
ほかにも撮影や美術、音楽などアニメ制作の各工程におけるそれぞれの作業について、『ONE PIECE FAN LETTER』を題材に語られてる。ストーリーの紹介とキャストへのインタビューで物語としての楽しみ方を知り、制作に関連した情報を読んでどうしてそのような見せ方やセリフになったのかを知ってからアニメを見返すと、それまでの何倍も楽しめるはずだ。
(文=タニグチリウイチ)
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