
プロ40年目のシーズンがこの日、幕を開けた。
JFLのアトレチコ鈴鹿に所属する「カズ」こと三浦知良が、6月15日に行なわれたY.S.C.C.横浜とのアウェーゲームで途中出場を飾った。3試合連続のメンバー入りで、今シーズン初出場を果たしたのだった。
2-0とリードした80分過ぎ、鈴鹿の背番号11がメインスタンド側のピッチサイド中央に立つ。またたく間にざわめきが駆け巡り、すぐに興奮へと変わる。
鈴鹿がCKの場面を迎えているのに、観衆の視線は登場を待つカズに注がれる。スマートフォンが向けられる。交代までに少し時間があったため、カズは観衆の声援に応えて小さく手を振った。横浜FC在籍時に選手とスタッフの関係だったY.S.C.C.の長嶺寛明監督には、笑顔で会釈をした。
鈴鹿の山本富士雄監督からは、「点を取ってくれ」と送り出された。4-2-3-1の1トップの立ち位置だが、長身FW福元友哉との2トップのようにも、トップ下のようにもプレーしていく。
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ホームで2点のビハインドを背負う相手は、カズの出場と同じタイミングで2枚替えを行ない、攻撃の勢いを強めていた。カズは両手を大きく広げて、上から下へ下げる。「落ち着こう」というシグナルだ。
その直後に左サイドでボールを受けると、シンプルに味方へつなげてリターンパスをもらう。ボールを保持しながらゲームを進めていこうとのメッセージを込めてプレーするが、89分に失点を喫してしまう。
ここからは、2-1で終わらせることに注力した。
「ボールをもっとしっかり運んで、ゴール前までいければよかったんですけど、1点取られてからはもう割りきろうということで、逃げきろうと(ピッチの)中でも話していました。ホントならゼロで抑えなきゃいけない。最後のところの戦い方は、もう少し考えないといけないですね」
今シーズンは1月に負傷し、5月まで独自の調整が続いた。コンディションについて問われると、表情を変えることなく答える。
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「少しずつ試合に出ていけば、調子は上がるのかなと思いますけれど。ホントに特別いいわけでもなく、特別悪いわけでもない、という感じですかね」
【思い出の三ツ沢でカズの気持ちは...】
試合会場となったニッパツ三ツ沢球技場は、かつて所属していた横浜FCのホームスタジアムである。さかのぼればJリーグ開幕以前から、三ツ沢ではプレーしている。ブラジルから凱旋帰国して読売クラブに加入したシーズンの日本リーグ開幕戦も、このサッカー専用スタジアムで開催された。
カズ自身は感傷的な気持ちと遠いところにいた。
「横浜FCでプレーしていた当時を思い出しながらとか、昔のことを思い出すという気持ちでここに入ってこなかったので。今日のこの試合、鈴鹿の選手として勝つ、ということだけで。自分はこういう場面で出るんだろうな、ということを考えていたので、過去のことを思いながらというのはなかったですね」
スタジアムについて触れたのは、ピッチコンディションである。
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「芝生の状態もよかったですし、お客さんもたくさん声援を送ってくれたんでね。もう少しね、自分たちが攻撃の形を作れればよかったんですけど」
最初のひと言は、実は聞き逃せない。
JFLで使用されるスタジアムは、サッカー専用や球技専用ではなく、運動公園の陸上競技場などが多い。多目的に使用されるため、時にはデコボコが目立つこともあるのだ。
この日の勝利で3戦負けなしとした鈴鹿は、5勝3分4敗の白星先行で16チーム中6位につけている。首位のラインメール青森、2位の沖縄SVとは勝ち点7差だ。リーグ全体の順位が詰まっているため、連勝すれば一気に順位を上げていくこともできる。
「順位を少しでも上げていきたいですし、連勝していければね、気がついたら上にいるっていう感じになると思うんですけど。1試合勝つのはホントに大変なので、それを積み重ねていくだけなので。あまり先のことよりも、ホントに目の前の試合に集中してやっていきたいなと思います」
ピッチに立つたびに、最年長出場記録が更新されていく。今回は58歳109日での出場となった。
【カズはロマンを追い求めていない】
年齢について聞かれるカズの表情に、特別な感情が浮かぶことはない。声のトーンが上がることもない。それまでの質問と何も変わることなく答える。
「年齢に関してはあまりないです、ホントに。今までの積み重ねで、ピッチに立っていると思います。今日もいつもと変わらない感じで入りましたので、いつもと変わらずに自分にとって大切な試合のひとつだったかなと思います。まだまだ試合で、もっと自分らしさを発揮したいですね」
カズのフットボールキャリアは、驚くほどのロマンにあふれている。誰も経験したことのない前人未到の領域へ、たったひとりで突き進んでいる。
ただ、彼自身はロマンを追い求めていない。プロフェッショナルのフットボーラーとして、チームの勝利と自信の成長を追求する日々を過ごす。「サッカーがうまくなりたい」というピュアな渇望を、決してあきらめない心が支える。
「みんなに支えられて、トレーナーも含めてチームメイトみんなに助けてもらいながらここまできて、今日も試合に出ることができた。
ここからまた、さらに少しずつギアを上げて、やっていけたらなと思います。今までと変わらずに、元気よくみんなと競い合いながら、楽しく厳しくやっていけたら」
6月22日に行なわれる次節は、3位のヴェルスパ大分をホームに迎える。上位へ食い込んでいくためには、負けられない一戦だ。
ペナルティエリア内でのクオリティは、今も研ぎ澄まされている。チャンスが巡ってくれば、決めきる力はある。
チームのために。ファンのために。自身が納得できるプレーをするために。
カズは今週も、厳しいルーティンを自らに課す。