『時には懺悔を』公式サイトより この2025年6月に公開予定だったが、監督の過去作品における性加害の報道を受け、製作委員会の自主判断により2026年に延期となった映画がある。それは同名小説を原作とした『時には懺悔を』(中島哲也監督)だ。
まず、筆者個人としては、公開を延期したことと、製作委員会が公開延期の声明の中で「この問題をさらに詳しく調査、検証すべき」という姿勢を示したことそのものは、支持したい。後述するが、『時には懺悔を』という作品には直接的な関わりがなくとも、今回は同様の問題が起こらない制作体制だったとしても、また中島哲也監督からの謝罪の言葉があったとしても、決してうやむやにはしてはいけない問題があるからだ。
だが、当初の公開決定、さらに2025年4月製作委員会からの公開延期の発表後の対応は、被害を訴えた元女優・A子さんが6月6日に改めてnoteで表明した言葉からもわかる通り、残念ながらやはりまだ不誠実で、多くの問題が多く残っていると言わざるを得ない。まずは時系列でまとめてから、今後の希望についても記しておく。
◆ヌード強要の問題、監督の謝罪、そして「勝手に幕引き」への批判
元女優・A子さんが『週刊文春』および、2022年5月19日にnoteで告発したのは、2014年の映画『渇き。』での「ヌード強要」問題だ。
A子さんは事務所との間で「バストトップが露出されるヌード」のある作品には出演しないという契約を交わしていはずだったが、撮影当日に不本意な形での性暴力シーンの撮影に応じるしかなく、中島監督からの「不都合なシーンは申し出てくれればカットする」の約束も反故にされ、ゼロ号(関係者向け)試写が行われた。その後A子さんは自殺未遂にまで追い込まれた。
2025年1月1日に『時には懺悔を』が発表された際には「中島監督の過去の性加害問題に対して何も声明を出さないまま新作の告知をすること」への批判が相次いだ。1月3日の『週刊文春』の公式Xの投稿にある「質問状を送付すると、事務所が『中島監督の指示通り、御社からのメールは未読のまま破棄いたしました』とした」という中島監督の姿勢も猛批判を浴びていた。
1月21日、中島監督はnoteを開設し、謝罪文と取れる長文のコメントを掲載。その中には「(コメントをしなかったのは)今から考えれば浅はかで呆れるほど甘く身勝手な考え」「A子さんに対し、深くお詫び申し上げます」などとつづられた。
同時に、『時には懺悔を』の公式サイトでは、「当該事案や本作品の内容等も踏まえた上で協議」し実施している取り組みとして「1. 出演者とのコミュニケーションについて」「2.障がいがあるお子さまへの配慮について」「3. ハラスメント講習の実施」がまとめられた文章が掲載された。
4月29日には『時には懺悔を』の公開延期が発表された。その後の6月6日に、A子さんはnoteで新たに声明を発表し、その中では「少なくとも私は今日までこのような事態になっていることを全く知りませんでしたのでとても困惑しています」「今になってもまた、私の知らないところで一方的に謝罪され、勝手に幕引きをされようとしていることに深く深く失望しています」とつづり、一連の対応に対し強い違和感と抗議の意を示した。
◆疑問へ具体的に答える義務がある
ひとまず、筆者が『時には懺悔を』製作委員会に求めるのは、A子さんが新たにnoteに書いた以下の疑問に、具体的に答えることだ。
「監督の記事内に書かれていることが事実であれば、私の認識と異なる部分がありますので、是非、どの段階で誰の責任であのような自体が起きたのか、言葉を選ばずに言ってしまえば、誰が嘘をついているのか、当事者として真実が知りたいです」
「『現在、当時の関係者へのヒアリングを中心に調査を進めております』とありますが、関係者とはどなたの事でしょうか」
『時には懺悔を』の製作委員会が「当時の関係者へのヒアリングを中心に調査を進めている」と発表したとしても、それから1ヶ月以上が経ってもなお、A子さんへの連絡がなく、十分な説明責任を果たしていないという現状は、第三者からしてもとても不誠実なものに思える。
何よりの問題は、A子さんが指摘しているように「一方的に謝罪され、勝手に幕引きをされようとしている」ように見えることだ。もちろんA子さんへの直接的な謝罪、情報の提示は、彼女への二次加害にならないよう慎重を期する必要がある。そうだとしても、対応が遅きに失している印象を抱いてしまう。まずは、「被害を訴えた方の疑問に答える」という義務を果たしてほしい。
◆被害者の声が黙殺されない社会になってきた
本件は、望まないヌード強要が撮影現場で行われていたという、個人の人権をないがしろにした、大きな問題である。A子さんがnoteに「これが性被害を受けるということなのです」と断言したこと、「社会全体における性加害への認識が甘く、加害者が罪を認識していないという問題」とつづったことも、とても重い。
なお、A子さんは6月6日に公開した新たなnoteに「10年前には黙認されていたことが、今でははっきりと、いけないこととして世の中に認知されている」「10年前には黙殺されていた被害者の声が世の中に届くようになった、被害者が声を挙げられる世の中になった」「次の被害を生まない社会に近付いているのではないかと思います」「それこそが私が望んでいたことであり、2022年に記事を書いた動機であり目的でしたので、わたしのした事に意味はあったのだと思うこともできましょう」と記している。
その言葉通り、昨今でさまざまな性加害の問題が明るみに出て、被害者が声をあげられるようになったことは社会の大きな変化であり、A子さんの告発もそのひとつだろう。
その上で、『時には懺悔を』の製作委員会が「今後も決して同様のことが起きないよう万全の対策を取るべき」という言葉通りの対応をするのであれば、さらなる性加害やハラスメントを防ぐための大きな変化へと繋がるという希望がある。だが、現状で発表されている情報では、それにはほど遠いと言わざるを得ない。
◆過去作品にも疑惑。徹底した調査と検証が必要
また、2006年公開の『嫌われ松子の一生』では、中島監督からの主演の中谷美紀さんへのパワハラが問題視されている。中谷さんは2015年放送の『A-Studio』(TBSテレビ)で、中島監督から怒鳴られ続け、「辞めろ」「殺してやる」などと毎日言われていたため涙が止まらなくなり撮影を放棄したこともあった、睡眠時間が1日1時間の日が続いていたことも明かしていた。
さらには『告白』制作中の2009年に、22歳の制作進行スタッフが撮影現場からスタジオまで制作トラックを運転して帰る途中での事故で亡くなっている。その亡くなったスタッフの、映画専門学校時代の友人を名乗る映画関係者は、2015年にブログで事故の原因は過労によるものであろうとつづっている。『渇き。』での問題だけではなく、これらにも十分な調査と検証をしていただきたい。
◆『時には懺悔を』試写を鑑賞して
筆者個人としては、映画『渇き。』におけるA子さんへのヌード強要は、園子温監督や榊英雄監督らが告発された「権力勾配を利用した自身の欲望を満たすための性加害」とは本質が異なる問題でもあり、そちらと完全に同一視するべきではないとも考える。
また、『時には懺悔を』製作委員会が問題を詳しく調査、検証する姿勢を発表した以上、その結果しだいでは、ある程度の信頼を得る可能性もある。少なくとも現状では「公開を中止する」などといった対応は時期尚早だろう。
作品の良し悪しで問題を判断するべきではないことは重々承知の上だが、筆者は3月に試写会で『時には懺悔を』を鑑賞しており、とても素晴らしい作品だと思えたことも記しておきたい。実際の障がい児が出演する、極めてセンシティブな題材であるのだが、綺麗事からも欺瞞からも逃げずに向き合ったことが、豪華キャストの熱演や、先が気になるエンターテインメント性もある物語から、大いに伝わったのだ。
同試写会では中島監督の他、プロデューサーの前田利洋さん、理学療法士でスペシャルニーズスーパーバイザーを務める安田一貴さんが登壇しており、それぞれが実際の障がい児へ真摯に向き合う意志が伝わった(そのレポートは公式のtumblrやXで読むことができる)。
1月21日の公式サイトに掲載された文章では、インティマシーコーディネーターの起用、重度の障がいがある子どものケアに精通している専門家や、救急救命士の資格を持つスタッフの撮影現場の常駐、ハラスメントが発生しないように徹底した注意喚起が行われるなど、中島監督の過去の問題と同様のことが起こらない、出演者の負担にならない制作体制が敷かれていたこともわかる。
◆信頼を取り戻すことは容易ではない
だが、やはり現状では、いかに作品が素晴らしくとも、万全の制作体制を敷いていたとしても、その他の多くの対応が不誠実だったと言わざるを得ない。『時には懺悔を』を発表する前に、中島監督の過去の問題の調査と検証、A子さんへの謝罪と説明が行われていたら……と「もしも」を想像してしまう。
特に「監督の過去の性加害に向き合わずに新作を発表した」ことの問題はとても重く、その結果としてA子さんと観客と関係者の信頼を大きく失ってしまった。その信頼を取り戻すことは容易ではないし、ここまでの長期の公開延期は、商業上でも大きなマイナスになるだろう。
だからこそ、『時には懺悔を』制作委員会の「この問題をさらに詳しく調査、検証すべき」という声明を、今は信じたい。中島監督と関係者が、A子さんの認識と異なる部分も含めて擦り合わせ、一方的ではない改めての謝罪と説明があってほしいと願うしかない。多くの人が納得できる形になることを、祈っている。
<文/ヒナタカ>
【ヒナタカ】
WEB媒体「All About ニュース」「ねとらぼ」「CINEMAS+」、紙媒体『月刊総務』などで記事を執筆中の映画ライター。Xアカウント:@HinatakaJeF