土岡―[振り返れば青学落研]―
YouTubeチャンネル登録者数180万人を突破した「バキ童チャンネル」。
唯一無二の企画とキャラクターを活かした動画が支持される一方で、中心メンバーのお笑いコンビ、春とヒコーキが出会った青山学院大学・落語研究会についてのエピソード動画も強い人気を集めている。
そんな「青学落研の話」を、チャンネル出演者であり、青学落研出身者であり、春とヒコーキの学生時代からの友人でもある芸人・町田が振り返る。
第12回は、町田の同期であり、現在は芸人春とヒコーキとして活躍する土岡について。
◆関東落研連合総長だった土岡
青学落研に同期で入部した私が一番、土岡の凄さを知っていると言えるだろう。
土岡は大学生活のほぼ全てを落研に捧げていたと思う。土岡から、バイト先や学部の友人についての話などは今だかつて聞いたことはない。
土岡本人に大学時代を尋ねてみたとしても、落研の思い出か、映画を観てたかのどちらかではないだろうか。
土岡が青学落研に入部してなかったら、かなり青学落研はかなり危なかったはずだ。
まずもって土岡以外の同期の責任能力はほとんどなく、部の運営をしていくという点ではからっきし使いものにならなかった。
特に私などはもってのほか、論外の存在であった。
規律、規範、道徳、モラルetc…そう言った人間として非常に大切な面を重んじる土岡が青学落研の会長になったことで部の秩序は保たれ、ぐんぴぃや私などはのびのびと落研ライフを過ごすことができたのだ。
土岡の落研にフルコンタクトする姿勢は、青学のみならず他大学の落研にも影響を及ぼしていた。
土岡は関東落研連合という、非常にものものしい名前の関東の落語研究会の代表である総長にも就任し、大学同士の落研の横の繋がりも取り仕切っていた。どんだけ落研好きだったんだ。
そしてなんといっても、土岡は学生落語の大会で全国で準優勝を飾っている。その全国大会の決勝は一対一のトーナメント方式であり、最終的には3本の持ちネタが必要だった。
客席は出演した各大学の落研部員たちが大半であり、審査員はプロの落語家の真打ちという、ストロングな大会だった。
そんなトーナメントにおいて土岡は、かなり独自色の強いネタ3本で文句なしにウケて、落語家の審査員も唸らした。惜しくも優勝こそ逃しはしたものの、とても見事であった。
そんな実力者、土岡の落語のマニアともいえる熱烈なファンも存在していた。
土岡が落語をやる時には必ず最前の真ん中に位置してとろけるような顔で土岡の高座を見守る青年で「土岡の落語のDVDボックスを僕は欲しいんですよ」と聞いてもないのに熱く語っていた彼は、後に落語家になった。
◆落語が上手い学生の就活
そんな順風満帆な落研スター、土岡も一つの壁にぶち当たった。
就活である。
青学落研のみならず、全国的に落語の上手い学生はプロの落語家に弟子入りをするパターンを除くと、人前で話すことに慣れているし自己PRに長けていてめちゃくちゃに就活が強かった。
当然、土岡も良い会社に就職するもんだと周囲に思われていたが、土岡は就活がぜんぜんダメダメであった。
それはなぜか。
土岡の落語はただただ面白すぎて、一般社会からは隔絶したものだったからだ。
すごいお喋りの上手な明るく元気な落研の大学生とかであれば就活も上手くいくのだが、土岡はただの”キモいくらい面白いやつ”でしかなかった。あと、普通にコミュ力とかもぜんぜんなかった。
就活が上手くいかなかった土岡は、就職留年をするために必修の科目の単位をわざと落とそうと必要な提出物を出さなかったのだが、うっかり教授の温情で卒業が決まってしまった。
土岡はプロの落語家になるわけでもなく、落研での活動を就職などに活かすわけでもなく、ただ落語の面白かったやつとしてニートになったのである。
◆ニートの土岡から突然呼び出された日
全国的な落研のカリスマ的存在だった土岡がなんか変な扱いに変わっていった。土岡本人もニートをしている間、何で俺はこうなった?という気持ちであっただろう。
そんなニート期間中も、我々はちょくちょくと遊んでいた。卒業してから1年か2年ほど経ったある日、
「話したいことがあります」
と私とぐんぴぃが突然、まだまだ絶賛ニート中の土岡宅に招集された。
夕方5時くらいに集まった私たち。何だ?話したいことって、と問うてみても何やらモゴモゴと一向に話さない土岡。
まあいいやとグダグダと過ごしていてもう22時23時と夜遅い時間になったため、私もぐんぴぃも電車のあるうちに帰ると言うと土岡は引き止める。
何やら本当に私たちに伝えたいことがあるのかと、私とぐんぴぃは終電を逃して土岡に付き合うことに決めた。
そして夜中の2時頃になり、土岡がひとしきり黙ったかと思えば、
「あの…僕、婚前交渉はしないってルールを決めていたと思うんですけど、これからは婚前交渉をすることにしました…!」
そう私たちに強く宣言した。はてなであった。
「それは、そういうことがあって童貞を卒業したってこと?」
「いや、そういうわけじゃなくてこれからは婚前交渉をするって決めたんだ」
「彼女ができたりそういうことの目処が立ったりしたの?」
「いや、全く目処はないけどこれからは婚前交渉をすることにしようと思う」
「それが俺たちに伝えたかったこと?」
「そう」
勝手にしろよ、そう思った。
何でこんなことを聞くために終電まで逃さねばならんのだ。今でもそう思う。
◆自分ルールを破った覚悟
土岡は学生時代、例え彼女ができても婚前交渉はしないという自分ルールを定めていた。実際に土岡には大学時代彼女がいたのだが、そういうことはなかった。
土岡は、自分が定めたルールを守ることに喜びを感じると以前から話していた。
しかし、そんな土岡が自分の定めたルールを破る覚悟を決めましたというこの発言、これは実は大変に重大なものだったのではないかと思えてきた。
これは単なる婚前交渉をしたいということではなく、自分のルールの外で生きる覚悟、芸人として自分の人生を自分で動かしていくんだという覚悟を話してくれたのではないだろうか。
だから、土岡が婚前交渉をしないという誓いを解いたあの日の決断は、土岡にとって非常に大きなものであったのである。
ただ、私とぐんぴぃは全くその意図を汲み取ることはできず、何だこいつと普通に引いていた。
土岡にとってはそれで構わなかった。土岡は自分がそうと決めて宣言することが大事だから。
あの日以降、徐々に面白くてカッコよかった土岡が戻っていった。
―[振り返れば青学落研]―
【町田】
ぐんぴぃの友人。芸人としての活動もしている。@saisaisai4126