”日本SFの父”海野十三が拓いた「空想科学小説」というジャンル 『地球盗難』を読み解く

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2025年06月20日 08:00  リアルサウンド

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『地球盗難』(海野十三/春陽堂書店)

 「日本SFの父」と称される海野十三(うんのじゅうざ)が1936年に発表した『地球盗難』は、日本SF文学の原点とも言える作品。日本の科学技術が目覚ましく発展していた当時「ラヂオ科学」誌に連載された本作は、人々の好奇心と未来への夢を刺激し、大きな人気を博した。以後、幾度となく書籍化され、現代でも読み継がれている。


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 5月に新しく刊行された『地球盗難』(春陽堂書店)には、表題作のほか、1948年に少年向け冒険小説として刊行された『怪鳥艇』、さらに巻末資料として初刊本に掲載された「作者の言葉」など8篇が収録されており、作品世界を多角的に味わうことができる。また、SF研究家・日下三蔵による『地球盗難』覚え書きも掲載されており、作品の背景や意義をより深く知ることができる。


 1928年、探偵小説でデビューした海野十三は、戦前から戦後にかけて探偵小説、少年冒険小説、そして空想科学小説と幅広いジャンルで活躍した。「空想科学小説」という語を自ら用いたことで知られ、後の手塚治虫や星新一、小松左京ら、いわゆる“SF第一世代”にも多大な影響を与えた、まさに日本SFのパイオニアだ。


 タイトルにもなっている小説「地球盗難」は、魔の森と呼ばれるくぬぎ林で謎の巨大甲虫が発見される、不穏な現象から始まる。前半は「科学」要素はかなり薄く、妖怪譚のような不可思議な空気に包まれている。虫や妖怪が苦手な読者にとっては「このまま異界譚になるのでは」と非常に不安な展開であったのだが、物語はある転機を境に一気に加速し、突如としてロケットが登場、舞台は宇宙へと広がっていく。


 科学的な記述は決して多くなく、あくまで“雰囲気SF”とでも呼びたくなるような、非常にソフトな仕立てではあるものの、その大胆な飛躍と構想力には驚かされる。現代的なSF作品と比べれば、科学的整合性に欠ける部分も多く、完成度には賛否両論ある作品だが、当時の少年少女を夢中にさせた作品としては納得の物語である。


 続く「怪鳥艇」は、鳥型飛行機に乗った日本人青年3人とオウムのパー吉が繰り広げる冒険譚。実現不可能なほどに高い性能を持った飛行機と飛行機を操る日本人青年を追うアメリカ側とのスリリングな駆け引き。舞台はマニラからカリマタ島へと移り変わり、読者を次々と未知の世界へ導く。


 海野のアイデアは突拍子もなく斬新で実現可能性の枠を大きく飛び越えているが、それが本作の魅力でもある。むしろ、非常に読みやすい文体と相まってコミカルに描かれる物語は現代に生きる我々にとって新鮮な驚きを与えてくれるのだ。


 科学小説としては未完成に感じる部分がありながらも、冒険小説としては非常に読み応えがあり、繊細に展開が描かれているという印象を持つ。説明がつかない謎の現象が続いておこるものの読者にはその背景全く想像がつかず(あまりにも斬新で想像できるものではない)徐々に真相が明らかになっていく驚きの展開に、息つく暇もない。


 結局あのロケットの正体はなんだったのか、青年たちはなぜ怪鳥艇に乗っているのか、わからないまま物語は進んでいき最後まで明確な答えを持たない。それでもその未完の謎こそが、本作の最大の魅力だとも言える。想像の余地を残し、読後のモヤモヤ感を与えることが、読者の想像力を掻き立てている。


 現在、世田谷文学館で開催中の「海野十三と日本SF」展では、海野の軌跡を辿る小説原稿や関連資料のほか、手塚治虫、星新一、小松左京、筒井康隆、豊田有恒らSF第一世代の作品も紹介している。


 また、海野と同じく世田谷に住んだ横溝正史や、海野の住まいから徒歩15分ほどのところに住んでいた小栗虫太郎らとの交友を紹介している。海野と横溝正史の手紙などの資料が展示され、作家としての海野だけでなく、人間としての海野の姿にも触れることができる貴重な機会だ。


 ちなみに、本書の巻末にも小栗虫太郎との交友を伝える資料が収録されており、互いの深い交友を窺い知ることができる。


 「地球盗難」を書いた当日、海野は近い将来に科学小説時代が到来し、卓越した科学小説作家の作品を読み耽る日が来ることを待ち望んでいると述べている。しかし、科学的なリアリティを追求したハードSFが当時よりも増えた現代であっても、海野の科学小説が時代遅れになることはない。技術が進んだ今なお色褪せない、魅力が詰まった作品世界を改めて堪能してもらいたい。


(文=くどうあや)



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  • 少年少女向けの空想科学小説は同人誌のノリで書かれていたんだなぁ。海野十三…色白、碧眼、灰銀色の髪をポニーテールにした虚弱で善良そうな少女。(文ストより)
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