"報道されなかった現場"のリアル コロナ禍のダイヤモンド・プリンセス号で何があったのか

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2025年06月26日 18:10  BOOK STAND

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『フロントライン』増本 淳 サンマーク出版
 2020年2月、横浜港に停泊したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」。10人の新型コロナウイルス感染者を乗せたこの船は、瞬く間に"感染の象徴"となり、およそ3700人の乗員・乗客が、未知のウイルスと逃げ場のない閉鎖空間の中で向き合う日々を送りました。あれから5年――いまだにあの船内で何が起きていたのかを、正確に知る人は少ないのではないでしょうか。

 小説『フロントライン』(著:増本 淳)は、その"報道されなかった現場"に真正面から向き合った一冊です。災害派遣医療チーム「DMAT(ディーマット)」が、未知のウイルスとどう闘い、いかにして乗客たちを救おうと奔走したのか。報道では語られなかった医療従事者の葛藤や決断が、事実に基づく物語として描かれます。

 当初のDMATの決断に対して批判の声があったことを覚えていますか。DMATは命の危険がある重症者を優先して病院に搬送したものの、軽症のコロナ陽性者は下船させずに船内へ留めました。同書ではそのときの決断の意図が明かされています。

「感染を広げたくないから陽性者を優先的に下ろそう、というのは全く論理的でないことがわかりませんか? 現段階で陽性と判明している人を下ろしたところで、明日も明後日も船内で陽性者は発生します、次々と。いいですか、今日の陽性者をすべて下船させたところでウイルスを持った人間が船内からいなくなることはないんですよ。潜伏期間である二週間程度、陽性者は出続けると考えるべきでしょう。一方で、すでに船内は隔離が済んでいて乗客同士の接触はありません。元気な陽性者が部屋の外の人々に感染を広げることはないはずです。であれば、優先して病院に搬送すべきは命の危険のある重症者です。軽症の陽性者は後回しでいい」(同書より)

 しかしこの判断はメディアで"ずさんな対応"と断じられ、「人権侵害だ」といった声が上がりました。

「『なんでこんなに時間がかかってるんでしょうか?』
 司会者が質問を振った。いや、質問というより、批判を促すための前振りと言っていい。陽性者を下ろすだけなのだから、すぐにできるだろう、という意図が言外に込められていた。コメンテーターは少し間を取ってから話し始めた。
『本当にそこです。こういった災害ではですね、まずは感染者と非感染者を接触させないということが基本といいますか、大前提なわけですから、そのためにはですね、さっさと全員にPCR検査して陽性者を特定して、船から下ろして入院させればいいわけです。なぜそれができないのでしょうかね?』
 司会者が相槌を打つ。
『そうですよね。現在、船内で感染が拡大していっていますが、こういった不手際が関係してるんですかね』
 不手際と決めつけたコメントだった。それに『船内で感染が拡大していっている』というのもかなりの決めつけだ。検疫やDMATが乗船する以前にすでに拡大してしまった感染が、潜伏期間を終え、この数日で顕在化してきたので増えているように見える、という可能性を無視している」(同書より)

 報道だけでは見えなかった部分が、同書を読むことで明確になります。それと同時に、報道を鵜呑みにすることが、いかに危ういことであるかを改めて痛感させられます。

 こうした批判の中にあっても、DMATは懸命に人々を救おうと奮闘しました。乗客には日本人だけでなく、さまざまな国籍の人がおり、言語の壁が立ちはだかる場面も少なくありません。また、初めて遭遇するウイルスへの恐怖は、救う側である医療従事者にも重くのしかかっていました。

 船上という閉鎖空間での判断の難しさ、限られた人員と物資、思うようにいかない厚生労働省との連携、そして報道側の思惑と世論......。さまざまな制約の中、船内では誰が、どのように、どんな決断を下していたのか。現場で交わされた一つひとつの言葉に、強いリアリティがあります。

 同書は映画化され、2025年6月13日より全国公開されています。小栗 旬、松坂桃李、池松壮亮、窪塚洋介ら豪華キャストが演じることで、より多くの人にこの"知られざる物語"が届くことになるでしょう。目の前の命のために身を削った人々がいたという事実を忘れないためにも、そばに置いておきたくなる一冊です。

[文・春夏冬つかさ]



『フロントライン』
著者:増本 淳
出版社:サンマーク出版
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