
2022年6月、れいわ新選組から参議院議員選挙に立候補することになった芸人の水道橋博士。弟子や元マネージャー、仲間の芸人たちがサポートする「素人チーム」とともに選挙を戦い、奇跡的に当選を勝ち取った。しかし、国会初登院から3カ月後、鬱病により休職。翌年には辞任を余儀なくされる。その顛末を映したドキュメンタリー映画『選挙と鬱』が、参院選公示直前の2025年6月28日に公開される。あの熱い夏、選挙カーに乗り込んで「狂騒の日々」に密着した青柳拓監督に話を聞いた。
ゲーム感覚で“レベルアップ”していく楽しさを選挙に見出した
ーー『選挙と鬱』を製作するまで、監督ご自身は特に政治に強い関心があるわけではなかったとうかがいました。
青柳拓監督(以下、青柳) 選挙には行くけれども、選挙が終わってしまったら政治のことは忘れるというレベルだったので、手探りでの撮影スタートでした。でも博士はもちろんスタッフも「はじめての選挙」だったので、チーム全体が同レベルの手探り状態。その対等な感じが良かったんだと思います。堅苦しいものじゃなくて、いろいろ間違いながら、怒られながら進んでいくという。
実際、チームのみんなが「国民のために」と思っていたかはわからないけど、レベルアップしていく楽しさは感じていたと思います。「有権者に訴えていくには」「こうやればみんなが反応してくれる」というノウハウを日々発見して、作戦を練って、経験値を貯めていく。ドラクエみたいな感覚で選挙を楽しんでいました。応援演説に立った芸人の三又又三さんなんか、イデオロギーは一切ないんで(笑)。
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ーーゲーム的演出が生み出す「とっつきやすさ」が、どんな人にも観やすい作りになっていると感じました。
青柳 博士が街頭演説で桃太郎電鉄のキーワードを言っていたんです。不景気がずっと続いていることを「日本は25年間、キングボンビーがついてるんです」と。れいわが掲げる政策「奨学金チャラ」は桃鉄でいえば「徳政令カード」(借金によるペナルティを免れることができるカード)ですよね。さらに博士は桃太郎発祥の地・岡山県出身ですし、「これ完全に桃太郎電鉄じゃん!」っていう。演出もスーパーファミコンのピコピコ感を出して、コミカルに見せていけるんじゃないかと。
「僕はずっと博士のやってることは芸だと思っています」
ーー『東京自転車節』(2021年公開・青柳拓監督作品)は全編iPhoneとGoProで撮ったとおっしゃっていましたが、今回は?
青柳 今回はデジタルビデオカメラをメインで使ってます。最初はLUMIX DC-GH5という動画も撮れるデジカメを使っていたんですが、繊細なカメラなので勢いについてこられないんですよね。選挙戦の熱狂に合わせて、途中からCanonのiVis HF G20という、ぶん回しても耐えうるカメラに変えました。
ーー芸人としての出発点である浅草での街頭演説で、水道橋博士が「お笑いと政治の両立をやっていきます」と言っていたのが印象的でした。
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青柳 でも、その直前に赴いた博士の地元・岡山で有権者に「政治家として出たいのか、それとも芸人として出るのか」と詰められて、「芸のことよりも、国会議員としてやります」と言っていたりするんですよ。選挙戦序盤は博士も迷っていたんだと思います。迷いながら手探りで進みながら、自分が言ったことを自分の中にだんだんと落とし込んでいった。
僕はずっと博士のやってることは芸だと思っています。博士に対して訴訟を起こした“渦中”の松井一郎さんや、麻生太郎さんなど大物政治家に突撃して、博士の話術で面白い映像を撮ってくる。選挙戦の模様を「博士の悪童日記(note)」で毎日リポートする。こうしたことは、まさしく昔からの博士のあり方だし、「芸」ですよね。そのスタンスは国会でも通用すると思うんです。「水道橋博士なら永田町でも何かやってくれるんじゃないか」という期待がありました。
選挙の面白さと同時に、そのしくみ自体に怖さも感じた
ーー水道橋博士も含めた「手探り」のチームが、選挙アドバイザーから「まず伝えるべきは候補者と政党」という初歩の初歩からノウハウを学んで、どんどんレベルアップしていく。その模様を映した後に、テロップで「確立された選挙技術に怖さも感じた」とありました。その「怖さ」の正体とは何なのでしょうか。
青柳 ここのニュアンスは難しかったんですけど、「選挙のしくみってこうなってるんだ」という発見の面白さはありながら、「これだけでいいのか」という思いも芽生えてきて。「システマチックに名前を連呼して、認知さえされればいい」ということが固定化している恐ろしさ、と言いますか。
ーー「テクニックだけでいけちゃうのか」という。
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青柳 思いとか本質の部分、この国を良くしようとするための「政策的な問い」は二の次なんだ…って。これはもう、選挙のしくみ自体に怖さを感じました。だって、真夏のクソ暑い中で、演説するほうも聞くほうも頭おかしくなってるし、少なくともきちんと議論する場ではないですよね。「これが常識になってる世界って、怖えな」と思いました。
民主主義の根幹を揺るがす大事件。その日チームは……
ーー投開票の2日前の2022年7月8日、安倍元首相が銃撃された日のチームの様子も映像に収められています。
青柳 総理大臣暗殺って、めちゃめちゃ重大な事件ですよね。その日、現場はもう大混乱で、博士はずっと顔がこわばっていました。自分もいつ演説中に狙われるかわからないわけですから。民主主義の根幹が暴力によって壊されてしまう恐ろしさを感じました。その後、弔い合戦で日本の色々な状況が変わるのかと思いきや、何かが大きく変容したとは言いがたい。まるで忘れ去られてしまったかのようにも見える現状が怖いと思いました。
有権者の「声」が博士の中で積み重なり、溜まっていった
ーー1カ月間の選挙戦を経て2022年7月10日、第26回参議院議員通常選挙で水道橋博士は当選するわけですが、青柳監督はこの結果を予想していましたか?
青柳 本当に奇跡的でしたね。立候補当初は、正直なところ「この感じでいったらダメだろうな」と思っていました。序盤は博士が本気なのかどうなのかわからないところがあったんです。僕も映画を撮っていながら何なのですが、いち有権者としてはあまり応援する気になれなかった。けれど、中盤からどんどん博士が選挙技術を獲得していって、同時に自身を開いて、見せてくれた。
ーー選挙戦の途中で、博士の中でスイッチが入ったような感じはありましたか?
青柳 ありましたね。やっぱり有権者の人たちと直接触れ合って変わっていたように思います。街頭演説を聞きにきた人たちが「お前に懸かってるんだよ!」という並々ならぬ気迫で語りかけてくるのを、最初のほうは「はいはいはい」って「ちくわ耳」で聞き流していたようなところもあったんですが(笑)。だんだんその「声」が博士の中で積み重なり、溜まっていって、自らの責任というものに真面目に向き合うようになった。「遊説先でこんな人に会った、こんなことを言われた」という、朝から晩までの記録を毎日日記に書き続けているうちに、博士の発する言葉の重みが変わっていくのを感じました。
ーー当選の報せを受けた水道橋博士が全然嬉しそうじゃないのが、驚きでした。
青柳 やっぱり11万票の重みと自覚が一気に押し寄せたんじゃないですかね。僕みたいに「選挙戦までの帯同」という約束だった人間は「お疲れ様でした! やりましたね!」って、つい「終わった感」で聞いてしまうんですけど、博士からしたら「いや俺、これからなんだけど」っていう。「誰もわかってくれない」みたいなギャップがあったのかもしれません。
想定外の内容変更で「もうひとつの映画」が新たに立ち上がった
ーー本作は「選挙編」と「鬱編」に分かれています。でも製作開始当初は「選挙編」のみの予定だったわけですよね。当初の仕上がりイメージやタイトルはどんな感じだったのでしょうか。
青柳 タイトルは『水道橋博士の選挙クエスト』の予定で進めていました。2022年7月10日の投票結果をクライマックスに、その年のうちに公開しようと思っていたんです。選挙戦の熱狂とドタバタ珍道中、安倍首相暗殺事件を含めた混乱と戸惑いの青春映画みたいなイメージで。
ところが国会初当院の後、博士が毎日のようにアップしていた日記の更新が滞り始めて、しまいには連絡がつかなくなってしまった。10月に入って議員休職の報道が出る直前にご家族から連絡があり、博士が鬱病であることを知らされました。そこで僕はいったん映画をあきらめたんです。映像は初当院のシーンで終わっていて、「その後」を撮れないとなると、公開する意味がない。明けて2023年の1月には、議員辞職が発表されました。
ーー「鬱編」が加わることで、まったく違う仕上がりになりましたね。
青柳 そこからもうひとつの映画が立ち上がったような感じですね。これが選挙戦だけだったら「祭」で終わっていたところでした。それまで、「みんなのために自分が代表者になる」と奔走していた博士が鬱病になって、議員の道を諦めざるを得なくなり、「みんなのため」どころか、一時は自分のためにさえ何もできなくなってしまう。
けれど、鬱という病と、「どうにか自分のためにだけにでも生きよう」と思えるまでの姿を開示することで、同じような悩みを抱えて苦しむ人たちの心が、少しでも救われるかもしれない。そうした前向きな視点を、博士が示してくれたんです。一度は映画を諦めかけたけれど、「この筋道でいけるかもしれない」と思い、選挙から1年以上が経ったところで、もう一度カメラを回させてもらいました。
「Me,We」が別の意味を持ちだした
ーー水道橋博士は選挙演説で、モハメド・アリの名言「Me,We(私はあなたたちだ。あなたたちは私だ)」を引用して政策を掲げていました。後から「鬱編」が加わったことで「Me,We」という言葉が違う意味で響いてくる構成が見事でした。
青柳 鬱のときって「We」とか認識できないんですよね。だけど、鬱という病気に苦しむ「Me」がこの国にはたくさんいて。みんなそれぞれ大変ないきさつで鬱になるんだけれど、水道橋博士という人間を通して「あなたは一人じゃない」ということを発信できたら、と思いました。
ぜひセットで観てほしい『選挙と鬱』と『東京自転車節』
ーーネタバレになるので詳しく触れることは避けますが、『選挙と鬱』と『東京自転車節』、それぞれの起結が対になっていますよね。
青柳 いや、本当にそうなんです。そもそも『選挙と鬱』は、『東京自転車節』を観て気に入ってくださった映画評論家の町山智浩さんが僕に声をかけてくれたことに端を発するのですが、『東京自転車節』のラストシーンがなければ僕は呼ばれていなかったかもしれません。この2つの作品が円環構造になっているというか。『選挙と鬱』をご覧になった後でもいいし、先に観てもいいし、『東京自転車節』とセットで観ていただくと、さらに面白いと思います。
ーー『選挙と鬱』のラストシーンで、還暦を過ぎた水道橋博士が「ある人」にめちゃめちゃ怒られるシーンが面白かったです。
青柳 僕もあんな場面に遭遇したのは初めてでした(笑)。本当に博士は“持って”ますよね。あのシーンがあることで、映画の結末が「晴々しいもの」じゃなくなった。単なる「再起の映画」にならなかったのが良かったと思います。「外に出て、鬱が回復して、良かったね」というような簡単なことじゃないんですよね。鬱って、常に隣にあるもので、これからもそうした博士の日常は続いていくわけですから。
ーー2つの作品を通じて、「個人の日常」と「社会問題」と「政治」は常に地続きにあるのだと思わされました。
青柳 両作品とも、社会的な枠組というものを個人の視点で見ていくことによって、そのつながりをより身近に感じられるのではないかと思います。6月28日、まさに参院選が始まる直前に『選挙と鬱』は公開されます。それが楽しみである一方、ちょっと怖くもありますが。これは決して、れいわ新選組を応援する映画ではないんです。けれど、とにかく選挙や政治にコミットした作品なので、「選挙って楽しいんだ」ということを感じてもらえたら嬉しいです。三又又三さんのように、もっと遊んでいいし、面白がっていいんだと思っていただけたら(笑)。
『選挙と鬱』 6月28日よりユーロスペースほか全国公開
(まいどなニュース特約・佐野 華英)